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: 3p.

夕方、喫茶店はちょうど客がおらず、ジャズの曲調が店内に雰囲気を醸し出す。


パルマーは、カウンターに相変わらず無愛想な表情でジッとしている。


ドアベルが鳴り、自然と視線を向けると、若干目が見開いた。


「どうも…」


来客者は最近よくここに訪れる若者ベンと、見るに耐えない格好した少女だった。


「…」


パルマーは、少女の姿に目が離せず固まってしまう。


目にはサングラス、汚れで暗い茶色に染まったワンピース。


この寒い時期に靴を履いておらず、泥が乾燥して足にこびりついている。


そして、何より2人とも鼻が曲がるほどの便所の匂いを発していた。


「悪いんだけど、シャワーを貸してくれない?」


ベンが顔色を伺いながら、ぎこちない笑みを浮かべる。




――従業員用のシャワールームに案内され、そこで2人は大腸菌まみれの体を洗い流し、パルマーが用意した服に着替えた。


ベンは、従業員用のワイシャツと黒ズボンに革ジャンを羽織り、ローラにはタートルネックにズボン、少し大きめのウールコートで店内に戻ってきた。


艾肯眼を晒せば、さすがに周りがパニックになるので、ローラには、道中買ったサングラスをかけてもらうよう事前に伝えている。


「悪いな、服まで用意してもらって…」


カウンターに立つパルマーに礼を言うが、彼は黙々と料理をトレイに盛り付け、テーブルに置く。


出されたものは、お子様ランチだった。


ベンは呆然と立ちすくみ、ローラもよだれを垂らしているうちに、続いてコーヒーとホットミルクも出された。


「冷めるぞ」


「 いや、でも…」


寡黙な彼が口を開き、ベンが躊躇っていると、ローラが早速と席に座ってフォークを手にした。


「いただきますッ」


彼女が夢中になって料理を頬張る様子に、パルマーは、一瞬目つきが優しくなった。


普段、強面な彼の意外な一面を垣間見たベンは、ローラの隣に座り、苦手なブラックコーヒーを口にする。


「オッサン、もしかして…」


「ローラだろ?」


浮上した疑惑を即答される。


「いつ気付いた?」


「店に入った時、この子を見て驚いたところから気になってはいたよ。

まあ、あんな姿をした子供を見たら、当然の反応なんだろうけど…。

服といい、お子様ランチ(これ)といい、ひょっとして前にも会ったことがあるのかなって思ってさ。

確信はなかったけど…」


ベンが話している間、彼の視線は、ずっとローラに向いていた。




――2ヶ月ほど前。


リアムが連れてきて、よく飯を食わせたんだ。


よく食べる子でな。


俺が作った料理を美味しそうに食べるもんだから、つい嬉しくなっちまってな。


いつの間にか、毎日ローラが来るのを楽しみにしている自分がいたんだ。


だが、先月あたりからリアムがローラを連れて来なくなってな。


体調が悪くなったのかと心配していたら、お前が来た。




「――なるほどな。

だから初めて会った時…」


「なんだ?」


「いや、別に…」


初対面の印象が、あまりにも怖かったとは、さすがに言えなかったようだ。


「お前達が店に入ってきた時、一瞬、見間違いかと思ったが…、あのワンピースは、間違いようがなかった」


ローラが微笑みながら食べる様子をじっと見つめている。


「あのワンピースは、娘のお下がりだったんだ。

プレゼントした時なんて、すごく喜んでくれてな…。

なのに、あんなに元気だったローラが、どうしてこんなやつれた姿になって…」


パルマーは、一旦背を向け、再会した少女のあられもない姿に衝撃が強すぎてしまい、感情が高ぶって言葉が詰まる。


「おじちゃんッ」


ローラに声をかけられ、振り返るパルマー。


「美味しいッ」


無邪気な笑顔によって、パルマーの心は染み渡り、浄化されていった。


「ああ…、ああッ! デザートもあるからなッ」


これを機に、パルマーへの印象が一気に変わった。


ベンの目に映る彼は、人相の悪い店長でも、武器商人でもない、ただの娘思いの父親だった。




「――餞別だ、持ってけ」


パルマーから差し出されたのは、グロックとマガジン。


まるで、この後何が起こるのか想定しているかのようだった。


「いいのか?」


「ああ」


ベンは有り難く受け取り、上着の裏ポケットにしまう。


その間、パルマーは食事を終えた2人の食器を下げ、洗面台へと運んでいった。


「最後に、何であいつに直接聞かなかったんだ?

ローラのことを気にしてたんなら――」


「ここは“霧の都(ロンドン)”、わかるだろ」


パルマーの返事に全てが詰まっていた。


「他人のプライベートに深入りは命取り、詮索しすぎれば身を滅ぼす。

この町で生きていくには、境界線を見極めなくちゃならない。

武器商人なら尚更だ。

武器を売れば、あとは客の自由。

使用用途まで商人が口を出すことはできない。

例え護身用であれ、狩りであってもな」


犯罪都市であるこの街では当たり前であり、日常茶飯事。


面倒事に少しでも関与すれば、自分の身も危い。


手を差し伸べれば巻き込まれるため、目の前に起こっている出来事を視界から消し、平然と日々を過ごさなくてはならない。


「そんな目で見るな」


パルマーに指摘され、ベンは軽く動揺する。


どうやら無意識で軽蔑の視線を送っていたようだ。


「悪い…」


ベンは謝り、パルマーは呆きれて溜息を吐く。


ベン自身もこのロンドンの暗黙のルールに従って生きてきたため、言われて当然である。


「…そろそろ行った方がいいんじゃないのか?

お互いのためにもな」


パルマーが店の外を見て言うと、いつの間にか辺りは暗く、街灯が光っていた。


このまま長居すれば、いずれリアムと鉢合わせになり、ベン達だけでなくパルマーも巻き込まれてしまう。


「そう、だな…、 それじゃ――」


気まずい空気から逃れるため、ベンが席を立つと、ローラも高い椅子からぴょんと身軽に降りた。


「ローラ」


「?」


ローラを呼び止め、パルマーがカウンターから出てきては、彼女の前に屈み込む。


「手を出せ」


言われた通りに両手を差し出すと、小さな飴玉を手渡された。


「駄賃だ」


「ありがとう、おじちゃんッ」


飴玉を握り、礼を言うローラ。


パルマーは、サングラス越しに見える艾肯眼には一切触れず、彼女に微笑む。


常に眉間にシを寄せていた鋭い目つきが柔らかくなり、 ふとローラの頭に右手を伸ばすが、寸前で思い留まる。


彼の中で葛藤が起こり、震える手をゆっくり下ろした。


「…行こうか」


ベンがドアベルを鳴らし、時間切れだと伝える。


ローラは彼に背を向け、ベンと共に夜の街へと消えていった。


気が緩んで鼻をすすり、息を震わせるパルマーを残して――。




店から離れ、人気の少ない夜道を歩く2人。


感傷に浸り、しばらく静寂の中をひたすら進む。


「良かったのか? これで…」


「うん、だって――」


ドスッ。


その時、ローラが立ち止まり、呆然と遠くを見つめ始めた。


「どうし――ッ!?」


それは、あまりにも突然の出来事だった。


一瞬、薄暗くて状況が把握できなかったが、よく見ると彼女の右胸部から1本の矢が突き出ていたのだ。


ローラは、ゆっくり胸の状態を確認すると、矢の周りが赤く染まって生地がにじんでいく。


次第に口から血が垂れて行き、膝が地についた。


「ローラッ!!」


ベンは慌ててローラに寄ると、背中に瞬速で何かが通過していった感覚があった。


暗闇から狙撃され、身の危険を悟ると疳之虫が反応し、失われし右腕から黒旗が顕現した。


黒生地が拡大され、盾を展開し、半身になって守る。


しかし、追撃の矢がそれを突き刺し、そのうちの1本が貫通して、ベンの鼻筋をかすっていった。


やがて矢の雨は止み、足音がこちらに近づいてきた。


「ご機嫌よう、ベン」


元凶が、彼らの前に姿を現したのだった。




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