4話 青天の霹靂
「信繁様、お願いがあります…。」
「…なんだ…?」
徳が真剣な表情で改まって発した言葉に、信繁は珍しく驚いた表情で目をぱちぱちと瞬たかせて返事を返した。
「私と刀で勝負をしてくれませんか?」
「…は?」
昨夜、夜更かしをして話し込んでいた徳らだったが、翌朝は皆普段通りに起きていた。信繁や佐助、千代はいつも早起きなのだが、朝寝坊をよくしてしまう徳もいつも通りに目が覚めた。それが来客者が居るからか、昨夜の妖の本質の話でよく眠れなかったからかはよく分からないが、涼しい空気に強い太陽の日差しで起きることが出来たのだ。そして朝食を摂った後、一度部屋で休憩をと皆が移動し始めた際、徳は信繁を引き留めた。
「…突拍子もなく、今度はなんだ…?」
「信繁様と実戦形式で刀を交えてみたのです!」
「あんたは馬鹿か。」
徳の発した言葉に、信繁が心底嫌な物でも見てしまったというような表情で徳を見つめた。
「なっ!なんでそんなこと言うんですかっ!?」
「いやいやいや、姫さん、何考えてるの?この人バケモンだよ?簡単にそんなこと言っちゃだめだよ。」
「信繁様が強いことは知っていますっ!でも、私これでも運動神経良いし、結構刀の腕も上がったんですよ?だから、私の力がどれだけ通用するのか試してみたいんです!」
徳は食い下がったが、佐助が頭をぶんぶんと振りながら徳を説得にかかる。
「いやいや、っていうか姫さんがそんなに強くなる必要はないじゃん。俺らが守るんだし。」
「守られなくても大丈夫なぐらい強くなりたいんです!私がみんなを守れるぐらい!」
「え?何言ってんの?」
「はぁ…。自己防衛出来るほど刀の腕が立つのは良いことだが、あんたはそもそも姫なんだ。俺らに守られていればいい。」
「なっ…、信繁様だって、私がみんなのことを守りたいって知っているじゃないですか…。」
「……。」
「…ちなみに、徳様はなかなかの腕をお持ちです…。」
今の会話にぬっと千代が加わった。
「え?千代が教えたの!?」
「ほんの少し教えただけなのです…。誓って稽古を強要したり、厳しい訓練をしたわけではないのです…。なのに…、なのに日々成長され、妖力もうまく使われるものですから…。」
千代が視線を逸らし、冷や汗を流しながら答える。佐助は何か言いたいことがあるようだが、声には出さなかった。
「…はぁ。あんたがだいぶ姫の枠から逸脱しているのは把握しているが…、だからと言って、その要望には添えられない。…俺があんたに刀を振るうことが出来ると思うか?」
「な…っ、…でも、私だって一筋縄じゃ行きませんっ!信繁様に勝つ気持ちで挑んでいますっ!」
二人の視線が絡み合う。お互い瞳を逸らさずににらみ合い状態だ。いつも賑やかな敦賀城が空気を読んだように静まっている。
「――…はぁ…。」
先に折れたのは信繁だった。ため息を吐きながら前髪を掻いて項垂れる。
「俺はだいぶあんたに弱い…。」
「え?」
信繁は頭を上げると、徳の頭をわしゃわしゃと撫で繰り回した。
「危険だと判断したらすぐに終いだ。もちろん竹刀を使う。」
「はいっ!ありがとうございますっ!」
ぐしゃぐしゃな髪のまま、ルンルン気分で部屋を出ていく徳を見送る佐助と信繁。その二人の視線は何とも言えない。
「…良いんですかー?刀の試合だなんて。」
「…仕方あるまい…、あんなに望まれたら…。」
信繁のため息が静かに響いた。
◇
「では、相手の身体に竹刀が触れたら試合終了ですっ!両者良いですか?」
徳がいつも刀の訓練をしている庭に、千代の声が響く。その千代の目の前には竹刀を構えた信繁と徳だ。縁側には佐助が暇つぶしとでも言うような様子で胡坐をかいて座っており、その横では鈴が両手を握り締めおろおろとした様子で二人を眺めている。
「千代さん、良いんですか!?徳姫様が怪我でもしたら…。」
「鈴、案ずるな。徳様は驚くほど刀の扱いに長けているのだ。」
「だからって、主様とはさぁ…。」
三者三様思うことはあるようだが、二人を止めようとするものは居なかった。鈴が竹刀を構えている二人を確認する。
「では、はじめっ!」
先に地を蹴ったのは徳だった。
「…っ!?」
(はやいっ!?)
佐助がビクッと背筋を伸ばす。
「…なるほど…、俺に勝つ気でいるというのは本当のようだな。」
「これでも千代を負かしたこともあるんですよっ!」
一瞬のうちに徳は信繁の間合いに入り、二人の竹刀がぶつかる。しかし、力では信繁に勝てない。鍔迫り合いを押し切られそうになり、徳は後ろに跳ね、位置を変えて再び信繁に竹刀を振り下ろした。二人の竹刀が弾く音が庭に何度も響き渡る。
「なんで攻撃してこないんですかっ!?」
「様子を見ているだけだ。」
徳は何度も信繁に竹刀を振り下ろすが、信繁は徳へ攻撃を繰り出さない。徳の攻撃はかわされたり上手いこと受け流されてしまう。
「…それならっ!」
「…!?」
一瞬にして徳が姿を消した。信繁が気配を探すも何処にもいない。
ふわっ
「!?」
「これならどうですか?」
どすんっ
「…まじで?」
「おぉ!」
「徳姫様っ!」
信繁が背後に気配を感じた瞬間、振り向く間もなく、宙から徳が降ってきた。徳がそのまま信繁の背中へ飛び乗ったことで、信繁もろとも地へ落ちる。地面に突っ伏す様な体制になった信繁に、徳はそのまま背中に馬乗りになり、ニヤリと笑う。
「私の勝ちです!」
ぐるんっ
「わっ!?」
徳は何が起こったのか分からなかった。分かったのは、誰かが忍術で地面に倒れる衝撃をやわらげてくれたということ。一瞬にして視界がぐるっと回り、地面にふわっと倒れた瞬間、徳の頭に竹刀がぽんっと触れた。気づけば先ほどの体勢から一転、徳の方が信繁の下に組み敷かれていた。
「なかなかいい線は行ってるんじゃないか?動作が大きくて隙は多いが、素早さで補うことが出来ている。」
「え?」
「だが、今後は男の上に跨るな。」
「…え?」
「まぁ、乗り気ではなかったが、姫の実力を知れてよかったよ。」
「…信繁様、やっぱり、私と勝負するつもりなかったでしょ…?」
じとりと徳は信繁を睨みつける。
「いや?だいぶ戦力になるんだなと思いながら様子を見ていただけだ。」
「それが勝負になってないっていうんですよ!」
「あんたが姿を消したのは見事だったよ。ほら、立てるか?」
信繁が徳の上から立ち上がり、徳の手を引く。そして徳の身だしなみを整え始める。それと同時に千代と鈴が駆け寄ってきた。
「徳姫様ー!お怪我はありませんか!?」
「徳様!お見事でしたぞ!」
「信繁様!徳姫様を組み倒すなんてっ!」
「ひひひ。信繁殿が徳様に負かされるのも近いかもしれませぬな。」
二人ともわいのわいのと徳のことを褒めちぎり、そして信繁へは言いたいことを好きに言い放つ。その様子を横目で見ていた信繁のもとには佐助がのんびりと近づいた。
「まさか主様が地に膝をつくどころか伏しちゃうなんてね。」
「五月蠅いぞ佐助。」
「あはは。…でも、本当におれびっくりしちゃった。姫さんがあんなに動けると思ってなかったからさ。」
「…そうだな。だが、だからと言って庇護対象には変わるまい。」
「まぁね。」
「あ!茶を貰ってきまするっ!」
千代が叫び、屋敷へ向かって走る。皆も縁側へ向かって足を延ばした。
そよ風が吹く
まだ正午を迎えていないが、初夏の太陽はじりじりと照り付け、雲の無い晴天が5人を見つめている。
徳も皆に続いて足を踏み出したその時ーー
――ドクンっ
(…え!?)
ドクンドクンドクンドクンドクンッ――
(嘘でしょっ!?この感じ…っ、――まさかっ!?)
「姫!?」
「徳様っ!?」
信繁が驚いた表情で徳を振り返り、千代が踵を返して地を蹴る。
全てがゆっくりと時が進んでいるようだ。
徳が視線を横に向けると、鈴の不思議そうな表情と目があった。
ふわっ
どすどすどさっ
「きゃぁ!」
「…っ、まただよっ!なんでっ!?…っていうかっ!鈴ちゃんっ!?」
これで何度目になるのだろうか。徳の意志と反してどこかに飛んでしまうのは。しかも、今回は何故だか鈴も隣にいる。薄暗く、周りが良く分からないような場所に二人そろって落ちてしまった。
「すっ、鈴ちゃんっ!大丈夫っ!?」
「はい…、ここは…?いったい何が…、」
「あー、えーっと…、」
「――…おい…、あんたら…、なんでここに…?」
◇
「…と、…徳様…。」
一瞬にして徳の弾けたような力と共に、徳と鈴が3人の目の前から姿を消した。一切の力のかけらも残さずに。
しかしながら、敦賀城では何事もなかったかのように、相変わらず強い日差しが照り付け、風がそよ吹いている。それがまた、皆の思考をフリーズさせた。
「ま、また徳様が居なくなられたー!!!!」
そんな皆の固まった身体を起こすように千代が号泣しながら叫ぶ。それに伴って妖らがわらわらと集まった。
「徳は?」
「とくがいない。」
「徳の妖力消えた。」
「…は…?」
「え…、鈴も居ないんだけど…。」
「また居なくなられてしまったっ…!徳様ぁ!何処に行かれたのですかー!!」
「ち、千代、とりあえず落ち着いてっ!」
誰一人として何が起こったのか分からない。
徳が急に現れた経験はあるが、急に消える様を初めて目の当たりにした信繁と佐助に至っては、現状理解さえもが難しい。
「トクー、トクに依頼!ダテケから!トクに依頼!…アレ?トクいない…。」
そんな混乱が渦巻いている敦賀城に一匹のカラスが現れた。庭の上を大声を発しながら旋回し、三本の足には器用に文の様な物が握られている。
「それどころじゃないのだっ!八咫烏!!」
「アレ?トクはどこ?依頼持ってきた。トクいない。」
「………待て、伊達家だと…?」
「ダテケから。オマエじゃない。トクに渡す。」
「良いからよこせ。」
苛立っている信繁の眼圧はすさまじかった。信繁に睨まれた八咫烏はおとなしく信繁の手の上に文を落とし、「トクに言いつけてやるー!」と叫びながら飛び去る。信繁は文を受け取ると、八咫烏のことなど気にも留めずにその場で文を読み始めた。
「…小十郎殿からだ…。………伊達さんが…?」
「主様、なんて?」
「…まさか、伊達さんの所に居るわけじゃないよな…?」
◇
「――…おい…、あんたら…、なんでここに…?」
「ひゃっ!」
「うわぁ!」
急に声をかけられ、二人はビクッと驚き、抱き合う。
戸も締められ、光が遮断された薄暗い部屋。先ほどまで太陽のもとに居た二人は暗闇に慣れない目を凝らして、声のした方向を見つめる。
「へ…?」
「ま…、政宗様…!?」
部屋の隅に落ちた二人は、部屋の中央で、褥の上に座している驚いた表情の伊達政宗と目があったのだった。




