5話 政略結婚と冷めた修羅場
「え…、ここって…、」
徳は辺りをきょろきょろと見渡す。窓には戸が閉められているのか、障子窓には外からの光は一切入ってきていない。閉め切られた襖の隙間から漏れる僅かな光で、かろうじて部屋の中を確認することができる。その様な部屋の中央で、右目を抑えていた伊達政宗と目が合った。
「…は?……痛みが…、消えた…?」
しかし、目が合っているにも関わらず、政宗は信じられないと言った様子で茫然としている。
「…政宗様…?大丈夫ですか?」
部屋の陰鬱とした雰囲気や、あまりの政宗の驚き様に、徳はここが何処でどうしてこのような所に居るのだろうかという疑問はどこかへ消え去り、気づけば政宗に尋ねていた。
「…あ、あぁ…。というか、あんたらなんでここに…。」
「え?…あー…、…あはは…。」
なんと言えばよいのか分からない徳は、歯切れの悪い返事とあからさまな作り笑いを返す。鈴は鈴で、徳の力だと察したのか、黙って様子を見守っている。
(…というか…、何だろう…、嫌な感じがする…。)
徳は先ほどから感じる居心地の悪さの元凶であろう政宗を覗き見る。今まで見てきた政宗と様子が違うからだろうか。はたまた勝手に政宗の寝床であろう場所に飛んできてしまったが故の申し訳なさだろうか。胸の奥がざわざわとするような変な感覚だ。
「え…?」
すると次の瞬間、徳は思わず目を見開いた。暗い部屋の中でも確認できる、禍々しい黒い靄の様なものが政宗の右目から滲み出ていたのだ。徳が声を発したのと同時にその黒い靄の様なものは政宗の右目に吸い込まれるように消えたのだが、間違いなく右目から何かが出ていた。徳は驚き鈴を見やるも、鈴はきょとんとした表情をしており、気づいていない。
「…政宗様、その右目…。」
「っ!?」
徳がそう呟くと、政宗は焦った様子で再び右目を手で押さえた。
「…なんで隠すんですか?」
「…いや、…徳こそ、何で近づいてくるんだよ…。」
「政宗様が隠すから見えないんです。というか、暗くないですか?この部屋。」
「何を見ようってんだよ…。」
「その目…――、」
「開けますぞ。」
スパーーーーーン!!
気配無く部屋の外から発せられた声と共に、勢いよく襖が開いた。それと同時に一気に部屋の中に光が差し込み、眩しさで3人はそろって目を細める。
「…伏していると聞き心配してやったというのに、とんだ茶番じゃな。」
「…あ?」
明かりに慣れた目で開いた襖を確認すると、そこにはとても可愛らしいぱっつん前髪を真ん中で分けた美少女が無表情でこちらを見つめていた。愛らしい容姿とは裏腹に、吹雪でも吹き荒れそうな冷たい目つきに徳は驚きと気まずさで動くことが出来ない。一瞬にして空気がピリッと凍り付く。
「部屋に籠っていると思えば、こんな暗い場所で女子二人を侍らせていたとはな。」
その言葉を聞き、徳はハッとする。今の徳の状況と言えば、褥の上に座している政宗に近づき、いや、もはや政宗の褥までも踏み、そしてそのような近い距離で政宗の右目を確認しようと顔を覗き込んでいた所だった。あろうことか伸ばしていた手は政宗に止められており、その様子は手を握られている様にも見えなくもない。
「…!?」
徳は直感的に感じた修羅場感に、瞬時に政宗から自身の手を引き抜き、急いで鈴の横まで移動した。
「…女子の声が聞こえると思えば…――、っ!?」
「…?」
「…そなた…――、」
可愛らしい美少女が淡々と発していた言葉を止めた。徳は疑問に思い、美少女の顔色を窺うと、美少女もこちらを驚いた表情で見つめている。
(…いや…、私じゃない…?)
視線が合っているようで合っていない。微妙に逸れている。鈴を見て驚いた表情を見せた美少女は、初めて表情を崩し、驚きと戸惑い、そして眉間に皺を寄せ、苦しいような表情を見せた。
「こいつらは俺の友人だ。無礼を働くな。」
しかし、気づいていないのか、気にしていないのか、政宗は美少女を気遣うことなく、こちらも淡々とした様子で言い放つ。二人のギスギスとした会話に、徳も鈴も黙り込み、二人の会話に会わせて視線をきょろきょろと動かす他ない。
「……いつの間にこのようなご友人が主人が寝ている寝室に来られたのか、甚だ疑問じゃな…。」
「んなことどうでも良いだろう。…普段は俺の寝室になんて寄り付きもしないのに、どいういう風の吹き回しだ?」
「別に妾が何処に居ようと勝手であろう。…休んでいると思いきや女子との楽しそうな会話が聞こえたものだから立ち寄っただけよ。…勝手に城の中に入られて、無礼はどちらの方か…。」
「俺が許可したんだ。こいつらに非はない。」
「…。妾や側室を設けるのであれば妾は構わん。残念なことに、そなたと離縁は出来ぬからな。」
「……チッ…。」
美少女は何を考えたのか、一旦黙りこくったあとにそのような捨て台詞を吐いて部屋から離れていった。政宗はあからさまに舌を打つと徐に立ち上がり、気分転換とでも言うように障子の戸を開け、部屋に外光を入れはじめる。
「変なところ見せて悪かったな…。」
「いえ…、あの、政宗様…、先ほどの方は…?」
「あぁ。俺の女房。愛姫だ。」
徳は何となく察してはいたが、政宗の返事を聞いて顔が青ざめる。
「ごっ!ごめんなさいっ!私のせいでなんか勘違いさせちゃいましたよねっ!?私、奥さんに説明しにっ…!」
「あぁ、別に良い良い。」
「良いって、んなわけ…、」
「良いんだよ。…俺らは完璧政略結婚。結婚して13年経つが、俺のことを嫌ってるみたいでよ…。ずっとあんな感じなんだよ。だから、勘違いも何もあいつは気にしないさ。」
確かに、先ほどの会話を見ても、夫婦関係は良好とはお世辞にも言えない様子だった。徳はなんといえばよいのか言葉に詰まる。
「だからと言って、徳姫様に迫るのはどうなんでしょうか。」
「…あ?」
「政宗様が誠実に徳姫様にお近づきになっていると思ったのに…!奥様がいらっしゃったとは思いませんでした!」
「鈴ちゃーん!?」
(何を急に言い出しちゃってんのこの娘はっ!?)
まだそんなこと思っていたのかと、徳は焦って鈴の口をふさぐ。
「ご、ごめんなさい政宗様。鈴ちゃんってば、政宗様が肥前国で毎日大谷陣屋まで来てたことで勘違いしちゃったらしくって…!」
「ん?別に勘違いじゃねぇけど。俺、お前のこと側室にでもって臣下に提言したことあるぞ?」
「はいぃぃぃい!?」
「ダメダメっ!ダメです!徳姫様が側室だなんて!それに、徳姫様はもう信繁さんの婚約者なんですから、政宗様が入る隙はありませんっ!」
「んなこと言ってもよ。というか、鈴ちゃんはそれでいいのかよ。」
「なんのことですか?」
「いや、だって…、まぁ、そんなこと置いておいて、あんたら、本当にどうやってここに来たんだ?」
政宗によって切り替えた話題に、徳も先ほどのことは聞かなかったことにして、改めて明るくなった部屋の全貌を確認する。意外と何も置いていない質素な部屋。褥に使っていた夜着は色鮮やかで、部屋は質素だが、政宗の周りだけが派手だという、なんとも違和感のある部屋だ。
「あー、…ちなみにここって…、」
「…岩出山城だ…。陸奥国のな…。」
「陸奥国…。」
「あんたらもともとどこに居たんだよ。肥前?越前?」
「……越前です…。」
◇
「って言うわけで、本当にごめん鈴ちゃんっ…!!」
「え…、いえ。私は徳姫様と一緒ならどこでも嬉しいので…。」
徳は二人に対して自身の力によって飛んでしまったこと、意図して飛ぶわけではないこと、今までも何度か飛んでしまったこと、そして政宗には自身が妖との混血であることを話した。
徳は恐る恐るといった様子で政宗を覗き見る。すると、視線が合う前に、頭の上にずっしりとした政宗の掌が乗せられた。
「ちょっ…、政宗様?」
「やっと話したな。」
「え?」
頭に手が乗せられた状態で徳は政宗を見上げる。すると、政宗はいつものあの太陽の様な笑顔を浮かべていた。
「いつになったら徳は話してくれるのかって待ちわびたぜ。」
「…!…すいません…。」
そうだ。確信は突いてくるが、無理に言及しないのがこの政宗だった。それは相手を気遣ってのこと。きっと政宗にバレていても彼は誰にも言わなかっただろう。徳は隠していたことがなんとなく申し訳なくなる。
「んで、鈴ちゃんはそのこと知ってたのか?」
「あ、はい…。というか、一気にみんなにバレたって言うか…。」
「あ?どういうことだ…?」
「むしろ、政宗様の耳に入っていないことに驚いているっていうか…。意外と噂は広がらないものなんですね…。」
「…?」
政宗がまったく理解できないというような表情で徳と鈴を見つめた。
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