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35話 愛溢れる

「あ…、あの、他の皆様方は…?」

「佐助と千代殿が近江屋の団子を買いに行くと言って、それに鈴もついていった。秀吉様からの話は俺が直接聞いたのだから、自分らは居なくてもいいだろうと言ってな。」



 皆で戻ってくるのかと思いきや、部屋に入ってきたのは信繁のみだった。急に二人きりの状況になった徳は焦る。今さっき自分の気持ちを認めたばかりだ。緊張と気まずさで信繁の顔が見れない。


「此度のことで、秀吉様が大谷の姫にも褒美を与えるそうだ。全てに応えられるかは分からないが、要望を聞いてこいと言われている。何か欲しいものはあるか…?」

「褒美…、ですか…?」

「あぁ。…あの後城へ戻ると秀吉様まで城下に降りていらっしゃって、俺らを出迎えてくださったんだ。」

「え!?…その時私って…。」

「無論、意識がないから俺が抱き上げていた。」


(…嘘でしょ!?…とんだ醜態じゃん、それっ!)

 徳は多くの民衆、そして天下人の前でそのような状態だったということに、顔を青ざめる。


「それで、意識を失うほど尽力してくれた大谷の姫や、天狗らを褒めたたえていた。」

「…え…?」

「…妖への偏見をなくしたほうが良いかもしれんとの発言を下さったんだ。…あとは、陰陽師に対しても、宮廷から追い出して申し訳ないと謝罪されていたな…。……本当に…、…あの方ほど聖人君子という言葉が合う人はいらっしゃらない…。」


 ぼそっと最後の言葉をつぶやいた信繁の顔を徳は見上げる。開かれた障子窓の外を見つめる瞳は、信頼と尊敬が窺える。



(…豊臣…、秀吉様が……?)



 秀吉様は、直接妖との関りはないはず…。それなのに、妖への偏見をなくしてもよいと…?

 自分の父親の主。父が信頼し、忠誠を誓っている人。


――もしかしたら、彼なら…


「期限は言われていない。ゆっくり考えると良い。」

「…はい…。」

「それと…。」

「…?」

 なぜか信繁が視線を逸らさずにずいずいと近づいてきた。徳は思わず後ろへ下がる。


「……なぜ逃げる…。」

「…いやぁ…、な、なんとなく…?」


 先ほど認めた自分の気持ちのせいでなんだか居心地が悪い。徳は視線が泳ぎ、明らかに挙動不審だ。ついには座った状態のまま壁まで追い詰められてしまった。


「えーと…、…な、何でしょう…?」


 ひざまずいたまま壁に背が着き、思わず徳は胸の位置で両手を挙げた。降参のポーズだ。

 しかし、その手の位置を超えて、信繁の手が徳の目元を撫でた。


「…赤くなっている。…泣いたのか…?」

「え!?い、いえ…、その…。」

「何があった?」

(…何がというか、…あなたの気持ちを自覚したら勝手に…――)


 心の中で答えるが、それと共に、羞恥で再び瞳に涙の膜が張るのが分かる。


「…っ!」

「…?」


 すると、焦ったように手を離し、信繁も徳と同じように両手を胸の位置まで挙げ、降参のポーズをとった。その顔はサーっと一気に蒼白へと変わる。


「…え?…信繁様…?」

「すまない…。勝手に触れた…。」

「…?」

「…俺に触れられるのは嫌なのだろう?」

「…え?」





『…俺に触れられるのは嫌か?』

『―――い・や・ですっ!!!!』



(…そういえば、そんなことを言った気も…――)

 いろいろなことが起こり過ぎて記憶があいまいだが…、これは、うん。…確かに言った。









「あ、いや…、触れられるのが嫌なのではなく…。その…。」

「…?…触れてもいいのか…?」


 徳は返事が上手く出来ない。寧ろ、触れられるのが嫌じゃないから困っていたのだ。

 目の前に居る、恐ろしいほど整った顔をした美青年。儚げだが、長いまつ毛に覆われた、熱を持った瞳がまっすぐに徳を見つめている。

 胸の位置まで上げていた徳の両手が、目の前の青年の手に捉えられた。

 ゆっくりとした動作で、絡められていく指と指。しかし、徳は視線さえも捉えられたように信繁の瞳から目を離せない…――


 不思議と周りの音が聞こえなくなる。鳥のさえずりも、陣屋の外を人が通る音も。なにもかも。


――今、この瞬間、この世界に彼と二人きりしか居ないかのような…――


 自分の心臓の音だけが耳に響く…


(あぁ、そうだ…。私は、この人のこの瞳が…ーー)
























「「好きだ(です)。」」 





「…………え?」

「…。」




「…え?好き…?な、なにが…?」

「…大谷の姫こそ、何の話をしているんだ?」

 思わず出てしまった言葉を聞き返され、徳は一気に頬が赤らんだ。


「なっ!いやっ、なんでも…っ。」

 なぜだか距離が先ほどよりも近くなる。いわゆる恋人つなぎという、指と指が絡み合っている手は、すでに信繁の支配下となっており、徳の顔の横にまで移動させられた。そのせいで徳は壁に貼り付けられているような体制になり、茹蛸の顔からは火が出そうだ。


「…大谷の姫…。何が好きなんだ?」

「…っ!な…、」


 信繁が耳元で囁く。一度引いた涙が再び徳の瞳へ膜を張る。羞恥で潤うのだ。



「…期待、してもいいのか…?」

「え…?」


 信繁の発言の意味が分からず、徳は耳元から移動した信繁の顔を見上げる。


(――そう言えば、信繁様はさっき、何かが好きだと…)












「好きだよ。徳姫。」



 徳はヒュっと息が止まった。

 顔の横で固定されていた手が解放され、それと同時に絡められていた指がほどけ、熱が逃げる。その感覚が少しだけ寂しく感じたが、その腕は徳の腰の後ろへと、そっと回された。


(…え…?…信繁様…、いま…――)


 徳が信繁の発言を理解できずに固まっていると、右腕は徳の腰を抱いたまま、信繁の左手が徳の髪を一房掴んだ。



「…そういえば、聞いていなかったが、あんたは天女の血を引いているのか…?」

「…え…?」

「太郎坊が言っていただろう。天女の力だと…。」

「あ、あぁ…。そうですね…。私の母は天女なのだそうです…。」

「…そうか…。」


 急な話題に徳はとりあえず言葉を返すも、頭がついていかない。



ちゅっ



「…っ!?」

 信繁はつかんでいた徳の髪へキスを落とす。


「…あんたを初めて見た時、美しいと思った…。」

「…え?」

「天女が空から降ってきたと思ったんだ…。」

「…。」

「…俺が思ったことは間違いではなかったんだな。」

「…っ…。」

 そう微笑みながら左腕が再び腰へ回された。その腕に腰をグイっと引かれ、徳と信繁の距離が一層縮まる。徳は思わずその腕に手を乗せ、離れるように腰をのけぞらせた。


「…あ、…あの…、」

「…俺の質問には答えてくれないのか?」

「…え?…」


 頭がぐるぐると回り、情報処理能力が追い付いていない徳は、ついに羞恥で涙がこぼれた。ドキドキと心臓がうるさい。


「何が好きなんだ…?」


ちゅっ


 信繁の唇が、徳の瞳からこぼれた涙をぬぐう。その表情は期待と不安が入り混じっているように見える…――。


(――…っ!さっき咄嗟に言ってしまったんだ…!もう、今言ってしまえ…っ!)












「の、信繁様ですっ!!」

「っ!?………ぷッ…はははっ!…真っ赤だな…。先ほどからだが…。」


 思わず叫んでしまったが、何が面白かったのか、信繁は笑いが止まらないようだ。笑われていることが恥ずかしくて癪だが、その眩しいほどの笑みを見ると文句を言いたくても言えない。





「の…、信繁様!」

「…ははっ、…悪い……。」


 ひとしきり笑い終えた信繁は、壊れものでも扱うように徳の頬を撫でた。

 その手が、瞳が、信繁の情を語っている――


――これは、現実なんだろうか…。

…夢でも見ているんじゃないだろうか…――







「………愛してる。…妖だろうと、混血だろうと、あんたが傍に居てくれるならなんだっていい。…結婚してくれ。」

「…っ…。」

 徳の瞳を見つめながら呟いた信繁に、徳は潤んだ目を見開く。



――自分を好きになってくれる人と…、ましてや自分が好いた相手と幸せになりたいなんて、そんな夢見がちなことは捨てようと思った…。

 …自分には、越前国を、家族や妖を守る義務があるのだからと…――




『――あなたも自分の幸せを願っても、わがままになってもいいのです…――』























「………はい…。」






 何故だか緊張して声が震えた。

 しかし、その震えなんて気にならない様子の信繁は、返事を聞くや否や、徳の肩に頭を預けた。その信繁から大きなため息が吐かれる。


「の、…信繁様…?」

「…良かった…。」

「…え?…だ、大丈夫ですか…?」

「………恋とは面倒なものだな…。」

「え…?」

「…はぁ…。自分がこんなにも余裕がなくなるのかと信じられない…。」

「…?」

「…あんたの一言で馬鹿みたいに一喜一憂するんだ…。今も無性に胸が苦しい…。」


 信繁の発言が良く分からないが、会話をしたくて話している訳ではないようだ。信繁が徳の肩口から顔を上げた。



「もう、…一生手放すことは出来ないが良いか?」

「え?」

「…二度と、他の男には触れさせるな…。」

「…っ!?」


 そうつぶやくと信繁は徳の唇を親指でなぞった。



「いやっ!触れさせたとかではなく、あれは吉明(よしあきら)様がっ…――、」




「んっ…っ」


「…ちょっ…んんっ!」

 

 徳が言い返そうとすると、唇に柔らかなものが触れた。再び絡められた右手の指や、頭の後ろのある大きな手、何度も何度も啄み、味わうように重なる唇。





ちゅっ



「…あいつの名を呼ぶな。」

「なっ…、な…!?」

「俺は意外と嫉妬深いようだ。」


 最後に額に唇を落とし、平然と会話を始める信繁と、羞恥で身もだえる徳。


「そろそろ佐助たちが帰ってくる頃だろう。」

「な…っ。」

「…?」

「い、いいいいいいまっ、なにをっ!?」

「接吻を…。…嫌か?…あんたが側にいると無性に触れたくなるんだ。」

「なっなっ…!?」


 信繁の口から発せられる言葉が徳には信じがたい。

(…え…っ!?…この人本当に信繁様!?…というか、私たち、今…――、)





「安心しろ。まだ祝言も挙げていないのだからこれ以上は手を出さない。」

「!?」

「初夜まで待つさ。そういうのは大事にしたい…。」


ちゅっ


「!!??」



 徳の右手を取り、その甲に唇を落としながら発する言葉に、徳は再び理解が追い付かなくなる。




「俺の姫君…。愛しているよ。」

「…っ!?」



 信繁は幸せそうな笑顔を浮かべた。ずっと赤らんでいた徳の顔から湯気が湧く。しかし、その徳の表情もまた幸せそうだ。



 婚姻はすでに決まっていた二人だが、本当の意味でこの日、二人は婚約者同士となったのだ。




































「まさに美味っ!さすが佐助兄さまの一押しの団子屋!何個でも食べれます!」

「本当、美味しいですよね。ここのお団子屋さん。それに、店主の方もいい人ですし。」

「まぁ、残った店も残った店で気を使っちゃうっていうのは分かるけどねぇ~。」


 団子をほおばりながら城下町を歩く猿飛兄妹と鈴。城下を歩くと佐助が張った結界内と結解外での景色が違うのが綺麗に分かる。

 結界外だった場所は家の建て直しで人の行き来が激しく、結界内にあった店は一変して今までと変わらないように見えるが、大半の店は値引きや安い値段で商品を売っていた。近江屋もしかりだ。




「…鈴さぁ、良かったの?」

「…?なんですか…?」

「あー…、ほら、主様のこと…。」


 千代が城下に残った店をきょろきょろ見渡しながら先に進んだのを見計らって、佐助は鈴へ声をかけた。


「ふふっ。辛そうに見えますか?」

「んー…、それがそんなに…。」

「そうでしょう?私もびっくりするぐらい落ち込んでないんです…。…というか佐助さん…、私が信繁様に告白した時、私と信繁様の会話、全部聞いていたでしょう?」

「え?いや、聞いてないよ?」

「嘘です。」

「…………はぁ…。そういうところ鋭いんだよなぁ…。聞いてたけど、鈴と主様が部屋にこもってからはちょっとしか聞いてないし…。」

「ちょっと?」

 

 鈴の圧に負けて佐助は苦笑いで頬を掻いた。なんだかんだ鈴と佐助も付き合いが長いのだ。他の人なら佐助もうまくごまかすが、鈴相手だと折れてしまう。


「…前半だけ聞いてたかな…。後半は離れたよ。俺もやることあったし…。でも、あんな伝え方で良かったの?あれじゃあ主様は気づいてないかもよ?あの人、こっち方面はてんでダメだから。」

「ふふっ…。意外ですよね。女性の媚びへつらうような視線には鋭いのに。」

「ほんとそれっ!恋愛に疎すぎてびっくりしたよー。」

「ふふふっ…。…本当に大丈夫ですよ。…私、徳姫様が大好きなんです…。」

「…?」

 まっすぐ前を見つめたまま答えた鈴は、とても穏やかな笑みを浮かべていた。その表情は強い意志さえも読み取れる。


「信繁様もとても素敵ですよ。でも…、信繁様と徳姫様、どちらかを選べと言われれば、私、間違えなく徳姫様を選んでしまうんです…。どうしてなのかはわかりませんが、傍にずっといたいと思ってしまって…。」

「ん?…えー、と…、…それは、どういう…?」

「私にもこの感情が何なのかはわかりませんが…、あの方の力になりたい…。私、今回の件でずっともやもやしていたことがあって…、それが何なのか考えてみると、私、悔しかったんです…。自分が全く徳姫様のお力になれなかったのが…。」

「あー、うん…。」

「今は、私が徳姫様の為に何ができるのかが分かりませんが、私、徳姫様に幸せになってほしい…。」

「…んー…、えー…と、一応聞くけど、…鈴はそっちの気が…――、」





「分かりますっ!鈴殿っ!!!」





 頬をひきつらせ、言葉を選びながら恐る恐ると話す佐助の声に被さった、対照的な千代の力強い声。


「分かりますっ!!大いにそのお気持ち分かりますぞっ!あの絹糸の様な御髪(おぐし)や宝玉の様な瞳、しなやかな体躯!見た目の美しさもさることながら、徳様はとても心お優しい方なのですっ!!絶対に幸せにならなければっ!」

「そうっ!そうなんですっ!分かってくださいますか?千代さんっ!…徳姫様は一国のお姫様なのに、私みたいな町娘にもお優しく接してくださいまして…!」

「…え?」

 まさか鈴までもが千代のように徳の話題で盛り上がるとは思っていなかった佐助は、少女二人のテンションについていけない。


「鈴殿!徳様は城に仕えている者皆に優しいのですよ!私や、屋敷の妖と毎日風呂を共にし、裸の付き合いまでしてくださるのですっ!」

「ごふっ!!ごほっ…え!?ちょっ!千代っ!?何その話!?」

「…何ですか?佐助兄さま。うらやましいのですか?」

「いや、そうじゃなくて…!」

「うらやましいのであれば、佐助兄さまも信繁殿と湯を共にされればよいではないですか。」

「…いや、そうじゃなくて…。…とりあえず、それは主様には言わない方がいいと思うよ…。」


 キャッキャワイワイと盛り上がっている少女二人に、佐助の最後のつぶやきは聞こえていないようだった。

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