34話 素直になろう
「…それで、本題と行こう。…分かっているとは思うが、徳川家は大谷と真田の婚姻を阻止しようとしている。鈴を使ってでもな…。」
「徳川家康は、直接私に真田とは縁を切れと言ってきました…。」
「………チッ…あの狸め。」
「私には、信繁様をどうにか誘惑しろと言ってきました…。」
「えっ!?」
信繁の狸発言にも驚いたが、徳は鈴の発言にこそ驚きを隠せなかった。
「え…鈴ちゃんに、直接言ってきたの…!?あの、うちの陣屋に家康が来た時…?」
「いえ…、その後、宿舎の方に武士の方がいらっしゃって…。それで、徳川が支援するから、幸村さんと婚姻を結ぶ気はないかと…。」
「なっ!徳様という婚約者がいらっしゃるのにっ…なんと無礼なっ!」
「いや待て。大谷の陣屋に家康殿が来たのか?」
今まで情報共有してこなかったせいで各々の発言に皆が驚く。
(…なるほど…。…それで、その婚姻を結ぶ時に私が邪魔するかもしれないから、私をあの納屋に閉じ込めたっていうことね…。)
――でも…、だとしたら…、
「…えー…と…、…それで、…お二方は…婚姻を…?」
「何を言っている。俺と大谷の姫の婚姻は決まっているんだ。その話を請けるわけがないだろう。…それに、鈴がその話をしに来た時、離れた位置から様子をうかがっている気配を感じたからな…。とりあえず一旦鈴を真田陣屋で保護した。……それより、いつ大谷陣屋に家康殿が来たんだ?なぜ俺にそのこととを黙っていた?」
信繁が明らかに怒った表情で徳を見つめている。こういう時の信繁は凄みがあって徳は冷や汗を流す。
「あ…、いや、えーっと…。」
(…ん…?いや、ちょっと待って…、)
「…あ!…あの…。ちょっと…、鈴ちゃんと二人きりにしてもらえませんか…?」
「「?」」
「あー…、とりあえず、主様、千代。一旦庭に出ましょう。」
信繁は不服そうに、千代は訳が分からなさそうにしていたが、何かを察した佐助が二人を引き取った。
先ほどまで居た人々が居なくなったせいで、広く静かに感じる空間。思わず緊張した徳に、鈴が穏やかに微笑んだ。
「徳姫様…――。」
「鈴ちゃん、ごめんなさいっ!」
「え!?と、徳姫様、おやめくださいっ!」
鈴が何かを言いかけたが、徳が頭を下げる方が早かった。勢いよく畳ぎりぎりまで下げられた額に、鈴が焦って徳に近寄り、徳の肩を押し上げる。
「…ずっと、信繁様と婚約していることを黙っててごめんなさいっ…。騙すつもりはなかったの…、ただ、話をする時期を見計らってて…。」
(――…いや、それも最悪じゃん…。)
徳は言い訳さえも酷い発言だなと我ながらに思ってしまった。
…こんなことになるなら初めから伝えておくべきだった。
「お願いだから頭をお上げくださいっ…。謝るのは私の方なんです、徳姫様っ。…私が幸村さん…、信繁様のことを好きだと言ったから、徳姫様は言い出せなかったのですよね…?」
鈴の押し上げる力に負け、徳は上体を起こす。しかし、そうすることで、眉を八の字にしながら笑顔で話す鈴と目が合い、徳は一層良心が痛んだ。
「違うの…、私は自分の為に…。…信繁様と鈴ちゃんが結ばれても…、信繁様の正妻として地位を保ったままにしたかったの…。私は鈴ちゃんが言うような優しい人間じゃないんだよ…。」
「…信繁様と私が、結ばれても…?」
「…そう…。鈴ちゃんと信繁様の仲は壊さないようにするから…。信繁様との婚姻を保ちたかった…。」
(…穏便に婚約解消をする方法もあったけど、出来れば解消せずにいる方法を考えてた…――)
「……なぜ…、他の人と結ばれていても、その人の妻としての地位を得たかったのですか…?自分の夫が、他の方を好きだなんて…、辛くはありませんか…?」
鈴のまっすぐな視線が徳を射抜く。徳はその視線を直視できずに、畳を見下ろした。
「……私は、自分の国を、家族を守りたいの…。そのためには信繁様はすごくいいお相手で…。」
「徳姫様…。そこに徳姫様の意志は全くないのですか…?」
「え…?私の意志…?」
「はい…。本当に、それだけの理由で、信繁様との婚姻を結ぼうと思われたのですか…?」
「…。」
「…徳姫様…、もう一度お聞きします…。徳姫様、私は幸村さんが好きです…。徳姫様は、幸村さんのことをどう思っていますか?」
徳はどきりと心臓が跳ねた。あの時とは状況が違う。悪役令嬢へと徳を導いているのは鈴ではなく徳川家康だった。色々とごまかす必要はない。――だがしかし、言葉が出てこない。
「徳姫様…。私を信じてください。…徳姫様は、信繁様のことが好きではありませんか?」
「…………好、き……。」
その言葉が出た途端、徳の双方の瞳から静かに涙が零れた。
(…そうだ。私は、摂津で出会ったあの頃から…、婚約者になる前から…、…信繁様が好きなんだ。)
認めた途端に、胸の中から熱い感情が一気にあふれ出す。涙がとめどなく流れ落ちる。
「…はい…。…教えてくださってありがとうございます。」
そう答えた鈴もなぜか涙を流していた。
「…ふふっ…。では、私たち、恋敵ですね。」
「え…?」
「同じ殿方が好きだったんですもの。」
「…!」
(…そうだ。鈴はそういう子だ。…悪心なんて無縁だって、私は分かってたじゃないか…。)
徳は笑顔で涙を流す鈴を見つめる。花のように笑う鈴は本当に純真無垢な少女だ。その子に断罪されるのではないかと怯え、本心を隠し、仲良くなりたいと思いながらも疑心暗鬼になっていた自分が恥ずかしい。
「あ…、そういえば私、幸村さんには振られてます。」
「…………え!!?」
胸に込み上げてくる熱い思いを涙に乗せていた徳だったが、その一言で一気に涙が引っ込んだ。
「…え!?…ど、どういうこと!?」
「…ふふっ…。徳川様の使者が来た時に、信繁様に気持ちをお伝えしたんです…。そしたら、そういう風に見てないってはっきり言われちゃいました…。」
「………。」
(…そんなはずは……、)
しかし、徳は信繁の行動から思い当たる節があり戸惑う。
(…信繁様と鈴ちゃんがヒーローとヒロイン、…そんでもって、私が悪役的な物語だったはず、だよね…?…もしかして、まだその時間軸にいないとか…?)
「…その後、幸村さんに使者が来ているから話を合わせてくださいってごまかしちゃったんですけどね…。でも、…はっきりお気持ちが聞けてよかったです…。」
「…。」
「…私、徳姫様のことも大好きなんです。」
「…?」
「幸村さんのことも好きなんですけれど、何故だか、長年思いを胸に秘めていた幸村さんと同じぐらい、徳姫様のことも大好きで…。私、徳姫様に幸せになってほしいんです。…徳姫様には、徳姫様が好きなお相手と結ばれて欲しい…。」
「…。」
「…それと、私、徳姫様と一緒に越前国へ行きたいです。」
「…え?」
急な話題転換に再び驚く。今日は鈴に驚かされてばかりだ。
「…徳川家に逆らった以上、ただの町娘である私は今後どうなるか分かりません。なので、ゆき…、信繁様が私を信濃国で保護するとおっしゃってくれたのですが…。迷惑でなければ私、徳姫様と共に居たいのです…。」
「迷惑だなんてそんな…。」
「なんだか、私、本当に徳姫様のことが大好きみたいで…。徳姫様を幸せにしたいんです。」
「…ん?」
なんだか徳は話の方向性が分からなくなってきた。
つまりは、鈴は信繁に振られており、その鈴は自身のことも好きで、一緒に越前国へ行きたいと。
「…ご家族は大丈夫なの…?」
「はい。すでに文は送っております。徳様の許可が下りれば、家族ともども越前国へ向かいます。」
「え!?ご家族で!?」
「徳姫様にご迷惑はおかけいたしません!定期的に佐助さんの部下の方々が見回りをしてくださるそうで…。」
「うーん…。それで鈴ちゃんは良いの…?…本当に大丈夫?」
「はい!もちろんです!」
徳は考えるが、気持ちはすでに決まっている。
「…私は嬉しいよ。鈴ちゃんが越前に来てくれたら。…私も鈴ちゃんのこと好きだから…。」
「っ!…徳姫様!ありがとうございますっ!」
鈴がパァっとまぶしいほどの笑顔を浮かべ、声色を弾ませてお礼を述べた。
(…お礼を言いたいのは私の方だ…。)
許してもらえないと思った。
――もう、友達に戻れないかと…――
「あ、でも、信繁様にあんな悲しそうな顔もうさせちゃだめですよ。」
「…?」
「信繁様、徳姫様が婚姻を嫌がっているんじゃないかって、自信なさげなお顔されていたんですよ?」
「…え?」
「…信繁様へ、お気持ちをお伝えになった方が良いのではないですか…?」
「…?」
「私のことは気にしないでください。…思った以上に、すごく吹っ切れているのです…。…長年恋焦がれた思いだったのに…、不思議ですよね…。今は、信繁様と徳様が結ばれることを強く願っているんです…。」
「…鈴ちゃん…。」
「そんな顔されないでください。…私も、結果を知ってて信繁様へ気持ちをお伝えしたのですから…。」
「え?」
「ふふっ…。私だって、信繁様のことを長年見てきたのですよ…?…信繁様が誰を見ているのかだなんて分かります…。」
「…?」
「ふふふ。…それよりも…、むしろ、徳姫様と婚約しているということを知っていながら私は信繁様に思いを伝えたのです…。それに…、実は言うと、その時私、信繁様に抱き着かせていただきました。」
「えぇ!?」
意外と大胆な鈴に徳は驚く。
「まぁ、その時私は徳川家の方に見張られていたので、ばれないように信繁様にお声をかけるためにはそうするしか方法はなかったのですが、私はそれでも役得だと思ったのです。私は徳様が思っているような子ではありません。意外と腹黒いのです。…私の方が徳姫様に酷いことをしているのです…。」
「え…?それは違うよ鈴ちゃん…。私が鈴ちゃんと信繁様の間に割って入ったんだから…。」
「それこそ違います。もともと信繁様と私の間には何もなかったんですから…。徳姫様…、無礼とは承知で言わせていただきますが…、周りに遠慮し過ぎではございませんか…?…もう少し、自分の為に動いてください…。あなたも自分の幸せを願っても、わがままになってもいいのです…。」
「…。」
(…自分の幸せ…。)
徳は考えるが、自分は十分幸せなのだ。
――…この世界に来て、父親に出会え、家族同然な人々に囲まれ…――
「…そろそろ、皆さんお呼びしましょうか。退屈されているかもしれません。」
「あ…、そう、…だね…。」
そういえば二人きりにしてほしいと信繁らを部屋の外へと追い出したのだった。徳は、皆を呼びに行くと部屋から出ていった鈴の背中を見つめる。
(…小説の内容が、変わったの…?…それとも、そもそもこの世界が小説の中の世界じゃなかった、とか…?)
徳は鈴との会話を思い出す。
(…私がこの世界に来たことで、鈴ちゃんと信繁様の未来が変わっちゃったとしたら…。)
徳は考えて頭を振る。
(でも、…そもそも私自身が、この世界の人間だった訳だし…。)
頭の中でごちゃごちゃと考えるが、徳の気持ちは定まっていた。
(…ちゃんと話そう…。)
甲高くも心地の良い声色や、花がほころぶような笑顔。そして、心優しい少女。
「…ありがとう…。」
少女が出て行った廊下を見ながら、徳は独り言ちたのだった。




