33話 平穏
「とっ…!…とぐさばぁぁあああ!!」
「…え?」
徳が目を覚ますと、今まで何度見たことがあっただろうか。泣き叫ぶ千代が枕元に鎮座しているという光景が一番に視界に入ってきた。徳は瞬きをし、目を擦るという動作を経て、辺りを見渡す。間違いなく敦賀城ではなく、名護屋の大谷陣屋だ。
「まぁまぁ、千代殿。徳様が困っておいでですよ。」
「だって…、だって…、せっかくお会いしたのに、目を覚まされないから…、千代はっ、千代はぁ”ーっ…!!」
状況は良く分からないが、名護屋に徳が現れた直後に佐助が送った知らせを受け、千代がやっとのこと名護屋に着いたようだ。徳が身体を起こし、泣いている千代の背をポンポンと撫でていると、志野が目覚ましの茶を渡してくれた。なんだか身体の節々が痛く、喉も乾いている。
「でも、本当に心配いたしましたよ…。三日も目を覚まされないのですから…。」
「…ごふっ…。」
思わず茶がむせ返った。徳は口角から垂れてしまった茶を袖で拭く。これは松に見られたら間違いなく大目玉を食らうやつだ。
「……え?…今、なんて…?」
「噴火が収まってから、今日で4日目です。三日三晩、徳様は眠ってらっしゃたのです…。」
(――通りで身体の節々が痛いわけだわっ!!)
徳は起き上がった際にキシキシと痛んだ関節の違和感の謎が解けた。それよりも…――
「…え…。…というか、…そういえば私、いつの間に陣屋に帰ってきたの…?…みんなは…?…あれからどうなったの…?」
「…信繁様が徳様を抱えて帰ってこられたのです…。…本当に、無理をなされる…。私が厘にその話を聞いてどれだけ心配したか…。」
そう言って、志野は未だ夜着の上に座している徳の手をそっと握った。志野の手はもとが蛇だからだろうか、ひんやりと心地いい。
「千代も、佐助兄さまから話をお聞きしてどれだけ肝が冷えたかっ!!無茶は止してくだされ!信繁殿も信繁殿ですっ!!徳様にそんな危険なことをさせるなんてっ!…分かりますか!?名古屋に着けば、辺り一面戦場だったかのような焼け野原で、千代がどれだけ心配したことか!」
ぷんぷんと顔を真っ赤にさせ怒っている千代は、ひたすら信繁へ文句を言っている。
「あぁ、そうだ。…徳様を攫った男は私が仕返ししておきました故。ご心配なさらず。」
「ん?」
「…我らの姫を攫おうとは、本当に、馬鹿ですねぇ…。」
「…ん!?」
「なんと!?何の話でありますか!?千代はその話は聞いておりませぬ!」
心配かけて申し訳ないという思いと、とばっちりを受けている信繁へのフォローをしなければと、口から出かけた言葉は、志野の発言によって疑問符へと変わった。
千代へ、徳が攫われた経緯を簡単に説明をしながら、はんなりと頬に手を当て、「子々孫々に渡って呪ってしまおうかしら…。」などと恐ろしい言葉を穏やかに発している志野に、徳は震えが止まらない。
「…し、仕返ししてくれたんだー…。ありがとう…。」
「いえ。当たり前のことです。」
「おのれぇ、徳川めぇ!!」
「…ちなみに…、生きてるよね…?」
「えぇ。死んだ方がましだという生涯にしてさしげようと思いまして。」
(…怖い!蛇女怖いっ!!)
「だ、大丈夫!私、攫われても特にひどいことされてないし、もう平気だから!千代も落ち着いて!」
「これが落ち着いていられますか!?徳様を殴り攫って行くなど、不届き千万!!妖に助太刀いたします!」
「まぁ…。徳様は寛大なお方ですねぇ。でも、妖はそれじゃあ納得できないと思いますよ?…私以外にも色々な妖があの男のもとへ向かっていると思いますが…。」
「止めてあげて!今すぐ撤収させてっ!!千代もお願いだから止めて!!」
(――…お願いだから、皆落ち着いてっ!…あと、ちょっと静かにして…!!)
目を覚まして早々、気が遠くなる徳なのであった。
「…それで…?今は家屋を立て直してるんだ…。」
「えぇ。そのようですねぇ…。戦どころでもないので、しばらくは休戦となります。朝鮮へ渡っている方々もそのうち帰ってくるのではないでしょうか…。」
志野と千代を何とか説得し、妖たちを撤収させることに成功した徳は、本題へと戻った。
火砕流は、徳らの努力むなしく、噴火を止める前に城下町を飲み込んでしまっていたようだ。人々への被害は佐助と吉明の協力によって少なく済んだが、名護屋城から離れた結解外の建物はすべて灰となり、人々の住む家や食料が足りていない。そのため、朝鮮出兵は一時休戦を免れず、出稼ぎに来ていた人々も肥前国を離れ始めているようだ。
「…民家には被害が出ちゃったんだね…。」
(もっとうまく出来たかもしれない…。火砕流が城下を飲み込まないように…、人々の暮らしを守れる方法が…。)
「徳様っ!何を落ち込んでらっしゃるのですか!私はその場に居なかったから状況は分かりませんが、噴火をあの時止めることが出来なければ、今よりも広範囲に被害が及んでいたかもしれないのですよっ!?徳様は人々の命を守られたのです!生活など二の次ではないですかっ!!」
フンスと鼻息荒く語る千代に徳は目を見開いた。千代の一言で徳の心は軽くなる。絶対的に味方でいてくれる人がいるというのはこうも心強い。
確かに、人々の命が一番重要だ。…欲を言えば、火砕流が城下に流れるのを防ぎたかったが…――
「…徳川家康と、吉明様、鈴ちゃんや信繁様達はどうしているの…?」
「徳川家については、あまり分からないのです…。うまいこと陣屋に結界が張られており、中が見えないと厘が言っておりました。…ただ、徳様方が噴火をお防ぎになったあと、静かにその場を去ったと…。」
「…。」
(…あの家康が静かに去った…?…今まで色々裏でこそこそとやっておきながら、こうも簡単に身を引く…?)
「そのほかのことは、直接本人から聞いた方がよろしいかと。…今、厘が信繁様達のいる名護屋城へ向かっております。」
「…え!?信繁様達が来るのっ!?」
徳は自分の格好を見直す。灰や煤で汚れていた気がするが、清拭でもしてくれたのか、目についた汚れは落ちていたが、硫黄くさい臭いが染みついている。
「おっ!お風呂に入りたい!!」
「徳様はいつもお綺麗ですよ?」
「御召し物をお着換えになられますか?」
「そういう問題じゃないっ!マナーだからっ!」
「「まなー…?」」
きょとんとしている二人をせかして風呂の準備をさせる。
さすがに、自身としても一国の姫だ。3日も風呂に入っていないのに、人に会いたくはない。しかも、相手は美しいご尊顔の持ち主達である。最低限の身支度はしなくてはこっちが恥ずかしい。
◇◇◇◇
「徳姫様ーっ!!」
客人が待っている部屋の襖を開けると、中から可愛らしい音色の声と共に、徳は小柄な少女の抱擁を受けた。
「徳姫様っ!ご無事で何よりですっ…!」
瞳を麗せ、今にも涙がこぼれそうな様子の鈴を抱き留める。さすがヒロイン。庇護欲が無意識に沸き上がるし、ただ単純に可愛い。
「なっ!…貴様っ、何者だ!?…徳様にくっつきおって!うらやましいぞ!!」
「…千代、落ち着きな。」
徳が鈴の背をポンポン叩きながらあやしていると、千代が指をさしながら声を荒げた。――その千代を佐助がポンポン頭を撫でてあやしている。
「あ…、すいません…。思わず飛びついてしまって…。」
「大丈夫だよ。…ごめんね?心配かけて…。」
「…っ!」
鈴の視線に合わせて少しだけ膝を折り、微笑みながら鈴の頭を撫でる。すると鈴が頬をボッと染め上げ狼狽えた。
「なっ…!徳姫様が謝ることではありませんっ!私が勝手に…!」
「え、でも…、心配してくれたんでしょ…?」
「…っ!……そんなお美しいお顔で微笑まれたら、私、恥ずかしいです…。」
「……え?」
なぜだか視線を合わせないように顔を両手で隠しながら呟く鈴に、「可愛い顔して何を言っているんだ?」と、徳は疑問符しか浮かばない。
「そうなのです!徳様!徳様はお美しいのです!!」
なぜだか千代が威張るような、誇らしいような様子で腰に手を当て叫びだした。
「千代、少し落ち着こうか。」
「…お前の妹は相変わらずだな…。」
「……ふふっ…。…とりあえず…、みんなが無事でよかった…。」
徳は皆を見渡す。
ヒロインとヒーロー、そして悪役令嬢的な自分。この場に居る人々の面子の肩書だけを見るとギスギスしているはずだが、とても穏やかで温かい空間だ。
徳は無意識に表情が綻ぶ。そしてその面子の誰一人として怪我がないことを確認し、胸をなでおろすのだった。




