30話 呉越同舟(1)
「とりあえず、一旦このあたりに降りよう。」
「…結構、煙がすごいのね…。」
信繁に抱えられながら野本山の山頂付近までたどり着いた徳らは、一度火口から少し離れた場所に降り立った。少し離れていても火山の活動が足元から直に感じる。木がバチバチと燃える音や視界を悪くしている真っ黒い煙など、城下から見ているだけだと分からなかった自然の猛威が、如実に五感を刺激してくる。
きっと気温も高温となっているのだろうが、信繁によって施された結界は、円状に徳と信繁を包み込んでおり、実質不快さなど皆無だ。
太郎坊と二郎坊はというと、熱や煙など、噴火への耐性があるらしく、特に何をせずとも熱さや息苦しさなど感じないそうだ。
「溶岩の噴出は今のところ少量みたいだな。」
「え!?出てるのっ!?」
「山の反対側から少しだけ流れてたよ。さっきおれ見た!」
「それで木が燃えて余計に煙たくなってるんだろ。」
目をくりくりとさせながら答える二郎坊とは反して、徳は表情が厳しい太郎坊の様子が気になった。
「…危険?」
「お前ら人間はな。早く済ませるぞ。」
「…あ、うん…。触れてればいいんだっけ…?」
徳が信繁から離れ、太郎坊の手を握ろうとしたその時、引き留めるられるようにぐっと背後から肩に腕を回され、信繁に抱き寄せられた。
「うわっ!」
「大谷の姫…、俺の傍から離れるな…。」
「あ…、そっか…、ごめんなさい…。」
よくよく考えれば、結界を施してくれている信繁から離れることは出来ない。しかし、太郎坊へ妖力を注ぎ続けなければならない。
(…あれ?…どうすればいい…?)
「えー…っと、信繁様と太郎坊と私の3人が手をつなぐか、抱き合って噴火を抑えるというのは…、どうでしょう?」
「却下だ。」
「なんでだよっ!」
信繁には冷たい目で見られ、太郎坊には青ざめた顔で怒鳴られた。しかし、それ以外に徳はいい方法など思い浮かばない。3人の横を二郎坊が「え?おれはー?」と飛び回っているが、3人の沈黙は続く。
沈黙の中、太郎坊が頭をガシガシと掻いた。
「…ほら、お前この間遠距離でも妖力を注いでただろ?あれ、どれぐらい距離が離れてても出来る?」
「え…?何のこと?」
「ほら、あの陰陽師をぶっ飛ばした時の…。」
「ん…?陰陽師…?吉明様のこと…?」
(…遠距離…?何それ…?)
徳は太郎坊が何を言っているのかが理解できなかった。それも仕方あるまい。徳は未だに太郎坊が吉明を倒したと思っている。吉明に呪術をかけられた後のことを徳ははっきりと覚えていないのだ。
「…?…まぁいいや。…とりあえず、その位置から俺に力を送ってくれ。」
「……分かった…。」
徳は太郎坊が何を言っているのかが気になったが、今は雑談をしている暇はない。瞳を閉じて太郎坊へ力を集中させる。すると、徳の身体が淡く輝き、その輝きが太郎坊へと伸びた。徳の背後で信繁が息を呑んだのを察し、うまくいっているのだと悟る。
「…いいぞ。そのままの調子で頼む。」
太郎坊の声を聴き、徳は瞳を開ける。目の前の太郎坊は淡いベールが掛かっているように光りを放っていた。そして自身の身体も。
「え…、…なにこれ…。」
「俺に聞くな。遠距離で妖力を送るっていうこと自体、かれこれ数百年生きてて初めて聞いたが…、まぁ、今はそんなことどうでもいい。」
「え?太郎坊って何歳なの?」
「……とりあえず、そのまま頼むぜ。」
「徳!徳!おれは?」
話を流されたが、それも今は良いだろう。徳は二郎坊を一瞥し、太郎坊へ視線を戻す。
「二郎ちゃんも一緒に噴火を抑えるの?それとも二郎ちゃんは私たちと一緒?」
「…あー…、お前も一緒にやってみるか…?」
「え!?本当!?やった!俺も太郎坊のお手伝い!」
「でも、気は抜くなよ…――」
ズズズズズズッ!!!!
急に山が大きくが揺れ、転びそになる徳を信繁が支えた。太郎坊は山頂を勢いよく振り向く。
「…時間がない。…徳、二郎坊へも妖力を注げるか?…それで、信繁、可能な範囲で火口に近づいてくれ。徳の妖力が何処まで届くか分からないからな…。」
「分かった!やってみる!」
「…あぁ。分かった。」
「太郎坊、二郎ちゃん!…ありがとう…、気を付けてね…。」
「…人間のためじゃない。俺らを助けてくれたお前らへの借りを返すだけだ。」
「おれは徳のため!」
「うん…、それでも、…あなたたちにしか出来ないことだから…。ありがとう…。」
徳がそう伝えると一瞬だけ二人と目が合ったが、瞬きの合間に太郎坊と二郎坊は徳らの目の前から姿を消した。
それと同時に大きな音が鳴り、山頂から今まで以上にない大きな煙と溶岩が噴き出した。真っ赤な重みを感じさせるような飛沫が空を舞っている。溶岩や黒煙が溢れ、流れ出る様は山の拍動のようにも感じられる。
(…っ!?…妖力がっ!)
「…の、信繁様!妖力が切れそうっ!もう少し近寄りたいですっ!」
「…これ以上近づけば、熱を強く感じる可能性があるが、…良いか?」
「もちろんですっ!あ…、の…、信繁様は大丈夫ですか…?」
「俺のことは気にするな。あんたは自分のことだけを気にしておけ。」
「…。」
信繁が徳の頭を撫でながら優しい声で答えた。
――…なぜ、こんなにも彼は自身のことを大切に扱ってくれるのだろう…。
――…なぜ、そんな優しいまなざしを送ってくるのだろう…。
(――…婚約者だから…?)
つり橋効果というものだろうか。それとも、徳の中で『鈴と信繁が結ばれる運命だ』という小説の根本を覆すような考えが先ほど、ふと頭をよぎってしまったからだろうか。心の奥底にしまい込んだ感情がチラチラと顔を出す。
(――いやいや、何考えてんのっ!だから頼りたくなかったのよっ…。…この気持ちは、まだ…――)
「…これ以上は危険だ…。この辺りだとどうだ?妖力は送れているか?」
「…っうぇ!?…あ!はい!大丈夫ですっ!!」
徳は一気に現実へ呼び戻される。
(…こんな時に恋愛事考えるなんてっ!自分ってこんな脳内花畑野郎だったっけ…!?)
徳は自身の能天気さに自分自身で絶望した。気を取り直して意識を自分の妖力へ集中させる。離れた位置に自分の妖力を二つ感じる。
(…大丈夫。繋がっている…。)
急に妖力の消費が激しくなった。そのまま妖力流す量を増やしていく。妖力が多いほう。太郎坊の妖力の消費が大きい。
――ドーンッ!!!
(…!?)
「…姫っ!!」
「っ!」
その時、大きな黒煙が空高く上がり、一瞬のうちに徳と信繁の結界を飲み込んだ。信繁が徳を抱きしめるように庇う。結界内の温度が上がる。黒煙が高温なのが一目瞭然だ。
黒煙に触れた周りの木々が燃え、瞬く間に炭になる。炎なんて上がらない。木々を一瞬で燃やし尽くす。
(…熱いっ…。…これが、火砕流っ!?……城下の人々がっ!!)
◇
――ドーンッ!!!
「「「きゃーーーーーー!!」」」
「何だあれはっ!?」
「流れてくるぞっ!」
「…っ!?…あれは…。」
「…ついに吹き出しよったな…。」
佐助のつぶやきに吉明が口元を笏で隠しながら答えた。
「…あ奴は面倒よ…。」
「…面倒…、ですか…?」
鈴が吉明の発言に反応した。初対面でも臆せず会話が出来るのが鈴のすごいところだ。ヒロイン性質というものだろうか。鈴の腕の中には未だ三毛猫姿の厘がいる。厘も耳をピンと欹て山を見つめていた。吉明はそんな鈴を一瞥し、山へ視線を戻す。そして、ゆっくりとした口調で答えた。
「…ほれ、見よ…。あれは山肌を一気に駆け下りる…――。」
「…っ!?」
鈴は山を見る。黒煙がモクモクと山と同じぐらいの大きさまで成長すると、吉明の発言通り、その煙がまるで大きな生き物かのように前へ前へと山肌を勢いよく駆け下りてきた。
黒煙で山の外観など何も見えない。一瞬にして山はすべて煙に覆われた。黒煙はまるで山を飲み込み、増殖を繰り返す化け物のごとく、モクモクと膨らみながら城下まで一気にたどり着く。
「「逃げろーっ!!」」
「「「きゃっーーーーー!!!」」」
「っなっ!!馬鹿っ!結界からは出ちゃダメだっ!!」
目の前に迫ってきた火砕流を、佐助は結界の強度を上げて受け止めるが、あまりにも温度が高すぎて結界が煙を上げ薄まっていく。
(…っ…、くそっ!)
再び印を結び、ドーム型に光る結界に透明な鎖を幾重にも重ねていく。その鎖が高温の黒煙にぶつかりビリビリと電流が走っている。
(…何人結界から出た…?…そいつらはもう助からない…。でも…、この結界もいつまで持つか…。)
チラッと佐助が横を見ると、心配そうな表情で自身を見ている鈴と目が合った。
(――…いや、持たせるしかない…。…主様っ!信じてますよっ!!)
「…ほぅ…。そなた、なかなか腕が立つのだな…。」
「僕はこいつに殴られたので、こいつが嫌いです。」
「…?」
ふと、横からの視線に気が付いた佐助は吉明へと視線を送る。その人物はいつもの様なニヤついた笑顔ではなく、興味津々というような視線で佐助を見ていた。藤四郎は子猫のように威嚇している。――ように、佐助には見える。
「…私も手伝うとしよう。」
吉明は発言するや否や、懐から何やら文字が書かれた符を取り出した。その符に一息、息を吹きかけると、それを結界へ向かって投げつける。すると、その符が自分の意志があるかのように結界へ等間隔に並び始めた。すべての符が位置に付いたことを確認すると、吉明は結界へ向かって笏を伸ばす。
「…守。」
その言葉と共に、結界へ張り付いていた符と符の間に注連縄がうねるように現れる。そして、注連縄が現れた瞬間、ビリビリと悲鳴を上げていた鎖がシーンと一気に静まった。
「…さて。そなたの主と大谷の姫の腕の見せ所だ。――…噴火を止めるが先か、私らが燃え尽きるのが先か…。…お手並み拝見といこうではないか…。」
鎖は静かになったものの、注連縄がプスプスと音を立てて徐々に燃え始めた。




