29話 死を目の前に本質を見る。
「騙されるなっ!!」
人々が希望を持ちながら徳らの会話を静かに見守っているその場で、焦ったような皺枯れた声が響いた。
「皆よ!忘れたのかっ!?今まで妖にされた仕打ちをっ!そう簡単に信じてよいものか!そもそも、陰陽師殿!そなたは本物か?よもや妖が化けて出たのではあるまいな!?」
吉明に刀を向け叫ぶ家康
「…はぁ…。見苦しいぞ、家康殿…。」
しかし、家康の発言は人々の心を容易に乱したようで、再び辺りがざわつく。
簡単に乱されるというのも問題だが、それだけ妖について何も知らないということの現れだ。徳が冷静に人々の表情を眺めていると、今まで静かに控えていた藤四郎がゆっくりとした動作で家康の前に立ち阻んだ。
「家康殿…。僕も妖に対して良い感情はありません。」
その落ち着いた口調と相反して、自身の刀を鞘から抜き、家康を睨みつける視線は鋭い。
「…なので、吉明さんの最近の行動は僕には理解できません…。しかし、そのことで無駄な争いがなくなったのは事実…。…妖によって天災が起こっているのか…、それとも否か…。僕らはしっかりと調査して、此度の噴火は自然由来のものだった…。そして、今、この憎たらしい天狗の妖が僕らを救えるという事実もある。それを受け入れずに、このような状況で人に刀を向け、人間同士が争うなどあってはならないことではないでしょうか…?」
「…っ。」
「おい…、あの餓鬼、どさくさに紛れて憎たらしいとか言わなかったか?」
「しっ!お願い、今は静かに!」
「あいつ…、意外とまともなこと言えるのね…。」
「姫さんも黙ってっ!」
「…ふっ…。これは藤四郎の勝ちだな…。あ奴め、焦って自滅しおった…。」
「…。(…もう好きにして…。)」
疲れた様子で項垂れた佐助を、鈴があわあわと焦りながら励ます。
喚き散らした家康を見て、徳は一気に緊張感が抜けてしまった。焦った人を見ると冷静になるという奴だろうか。
その時再び地面が揺れ、野本山から再び黒々とした煙が上がる。
「姫?どうする?」
「…!」
再び信繁に尋ねられ、徳は返事に困る。
「…はぁ…。婚約者だけに無理をさせるような、頼りない男に見えるか?」
「え…?いや、…ちがっ…。」
「そうだよ、姫さん。姫さんさぁ、自分で何とかしようと突っ走っちゃう性格なのは分かるけど、そろそろ主様を頼ってよ。俺が睨まれるんだから。」
「…。」
佐助が何を言っているのか分からないが、信繁の発言に徳は戸惑ってしまう。
しかし、徳は噴火を止めたいのであれば、どの方法が一番確実か答えは出ている。分かってはいるが、今まで避け続けたくせに、都合がよすぎる。
それに、彼に頼るのは勇気がいるのだ。これ以上関わってはいけない、気を許してはいけないという感情が徳の決断を鈍らせる。しかし、今は徳のそんな気持ちなど関係ない。人々の命が掛かっているのだ。
「……信繁様…、…その、火口に行くのは危険かもしれません…。」
「あぁ…。」
「…私、自分にできることがあるならやりたいんです…。」
「…。」
「……で、でも…、自分ひとりではやり遂げられないかもしれなくって…。…その、ご迷惑かもしれませんが…。」
「迷惑などではない…。それに、あんたがじゃじゃ馬なのはとっくの昔に知っている。…一人で無理をされるよりはいい。」
「…っ…。では、…お願いします…。私と一緒に、火口まで行ってくれませんか…?」
この男にものを頼むのは何度目だろうか。しかし、今回の頼み事は今までのものとは訳が違う。危険が顧みるものだ。
緊張した面持ちで徳は視線を信繁の胸元からその瞳に移そうとすると、自身の手をその人物に取られた。
「…もちろんだ。俺の姫君…。」
信繁は目じりを下げて徳へ微笑む。その表情がとても穏やかで嬉しそうにも見える。上目づかいで微笑む姿はまるで王子様さながら。今にも手の甲にキスでも落としそうだ。
――いや、ここは日本で戦国時代なのだが。
信繁の動作に見とれてしまった徳だったが、一瞬にして現実に戻り、信繁から勢いよく自身の手を奪い返して鈴を振り向いた。
「すっすっ、鈴ちゃんっ!」
「ふふ…、徳姫様…。大丈夫です。」
「いや、大丈夫じゃないっ!鈴ちゃん、あの…!」
「大丈夫なんです!…ゆき、信繁様、徳姫様のことお願いしますよ。…怪我でもさせたら私、許しませんから。」
「あぁ…。分かってる。」
「ふふ。」
…何が大丈夫なのか分からないが、普通に会話をする信繁と鈴の様子に徳は疑問符しか浮かばない。この二人に何があったのだろうか。
「…本当は行ってほしくはないのです…。…ですが…、信繁様が一緒ならまだ安心です…。…徳姫様…気を付けてくださいね…。…それと、私たち人間の為に…、ありがとうございます…。」
「っ!…うん…。」
『――…私たち人間の為に…、ありがとうございます…。』
今まで関わってきて何を見ていたんだ…。彼女は、自分が妖だということもすんなりと受け入れるような娘だ。そんなこととっくに分かりきっていたことじゃないか…。
『悪役令嬢的』な自分にとらわれてはいけない…。そんなものにとらわれてたら一番大事なことを見逃してしまう…。
彼らは私にちゃんとぶつかってきてくれてる…。それを、本心を隠して、悪役令嬢だからって一歩引いて関わってたのは自分自身だ…。
この世界に来てから私のやりたことは変わらない…――
(家族と…、大切な人たちと一緒に幸せに過ごしたい…。みんなをを守りたい。)
わがままかもしれないけど、自分のことはもちろんだけど、人間も妖も全員、手の届く範囲で守れるものは守りたい…。そうじゃないと、一国の姫として…、父上様の娘として、胸を張って生きていられない。その守りたい人たちの中には…――
「…鈴ちゃん、絶対守るから。」
「…はい…。でも、無茶はしないでください…。」
女子二人が抱きしめ合う。輝きを放つ壁の外に見える空は暗い。
その奥で野本山の山頂から溶岩が噴き出した。火山雷が大きく鳴り、今まで以上に人々の悲鳴が響く。
「…行ってくる。……お願いします。信繁様、太郎坊。」
鈴の肩を押し、徳は山を睨みつける。
(火砕流が発生する前に…。いろんな被害が出る前に…何とかしなきゃ…。)
「チッ…。結局やるのかよ…。……怪我すんなよ…。」
太郎坊が漆黒の大きな羽をはばたかせた。
いつもご愛読ありがとうございます。
だいぶ遅くなってすいません…。クライマックスで筆が止まりました…。




