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22話 危機

「…はぁ。鈴ちゃん、どこにいるんだろう…。」

「もう今日は諦めるのだな。私は宿へ帰るぞ。」

「いや、別に頼んでませんけど…。まぁ、ありがとうございます…。」

「…チッ、そなたは本当に可愛くのない…。」


 鈴を探しまわった徳だったが、結局鈴に会うことが出来なかった。すでに日は山に隠れ、空には星が輝きだしている。なんだかんだ今日一日付き合ってくれた吉明(よしあきら)は、徳を大谷陣屋へ送り届けると、背を向けたと思えば一瞬にして消えた。


(…便利な術ね…。っていうか、滅茶苦茶フレンドリーに接してくるけど、あいつ何考えてるんだろう…。)


 あたかも以前からの友人であるかのように一緒に鈴を探してくれた吉明(よしあきら)は、ついこの間自身を殺そうとしていたやつと同一人物だとは到底思えない。この半年間であいつに何があったのか…。


(…まぁ、いいや。それよりも、徳川家康…。)

 徳は大谷陣屋の門をくぐらず、その場で頭の中を整理する。


(どんな権力抗争があるのか分からないけど、大谷と真田が組むことを徳川は多分嫌がってる…。だから、私たちの婚姻を裂こうとしているってことよね…。)


 そのために自身の悪い噂を流すのは百歩譲って良いとして、徳は実際に鈴を傷つけていることが許せない。

(…これは、もはや信繁様にも伝えて、鈴ちゃんを守ってもらうべき…?…きっと、このことが分かると信繁様も鈴ちゃんを心配すると思うし、二人がくっつくにしても、徳川と真田が仲良くなるのを防げるよね…。)


 徳は信繁と鈴が結ばれるのは望むが、その際に鈴を傷つけた徳川と真田が懇意になるのは許せない。



「…信繁様にチクっちゃう…?全部狸(じじ)いの思い通りにさせたくないし…。」

 徳は鈴の様に純真無垢ではない。せこかろうが、(ずる)かろうが、信繁に徳川家康の悪事をばらしてやってもいいのではないか…。


 徳の事情や、妖に理解のある信繁との婚姻は、徳にとって大いにありがたい話だった。しかし、悪役令嬢となってまで、信繁と鈴の関係を裂いてまで自身が信繁の婚約者でいる必要はない。初めのうちは婚約破棄はせずに、信繁の肩書だけの正妻としての立場で大谷家の存続を考えていた徳だが、別に信繁が相手でなくてもよいのだ。大谷家を、妖たちを守れるのであれば…。


 心のどこかで、気持ちが無くても、肩書だけでも信繁と繋がっていたいという願望があったのかもしれない。…彼の傍に居たいと――。

 徳は自身の気持ちの甘さに今更気づいた。


 (こんなことなら…、鈴ちゃんを傷つけてしまうのなら…、婚約なんて早く破棄すればよかった…。)









とん――。




「…っ!!」

「わっ!」

 考え事をしていたためか、徳は自身に近づく人物に気づかなかったようだ。急に肩を叩かれ、ビクっと肩が揺れる。


「…佐助さん…?」

「…ご、ごめん。そんな驚くとは…。」

 背後を振り向くと、眉を八の字にして頬をポリポリと掻いている佐助が居た。まったく気づかなかった。いや、佐助のことだ。考え事をしていなくても気づかなかったかもしれないが…。


「ど、…どうしたんですか?こんなところで。」

「それはこっちのセリフだよ。どうしたのさ?門の前で。…入らないの?随分と一点見つめて集中していたみたいだけど。」

 確かに…。先ほどまではもう少しは明るかったのに、もう日が暮れ、空は茜色から夜の帳が下がろうとしている。


「…佐助さんはどうしてここに…?」

「んー?仕事帰りかな…。そしたら、大谷陣屋の前に不審者がいると思って。」

「失礼な。」

「…何かあったの?変な顔してる。」

「…。」

 その発言も失礼だが、流石鋭い。徳はどうしたものかとチラッと佐助を見た。

「…?…屋敷に入らないないなら、ちょっとこっち付き合ってよ。」

「…へ?」


「こっちこっち。」

 小道を進みだす佐助を動けずにぼーっと見つめていると、佐助が振り返り徳を手招いた。徳は急いで佐助に続く。

 どこへ向かっているのか想像つかないが、佐助のことだから変なところへは連れて行かないだろう。徳は素直についていく。











「…とりあえず、ここで休も。」

「…。」

 佐助が連れてきた場所は、小川の河川敷だった。暗くなった紺の空と周りの提灯の光が水面に映りきらきらと煌めいている。川のせせらぎが心地よい。

 すとんと草むらに座る佐助に倣って、徳もやや距離を取って座った。

――まだ頭と心が整理できていないからだ。近くに座るとなんだかすべてを悟られそうだった。


「…何があったのか分かんないけど、姫さんさ、もう少し周りを頼ってもいいんじゃない…?」

「…。」

 ごろんと後ろに倒れ、両腕を枕に寝転ぶ佐助を徳は横目で覗く。何も聞いてこない佐助だが、どういう意味だろうか。やはり、何もかも分かっていますとでも言うような発言だ。

「…主様と鈴のこと、何を考えてんのか分かんないけど、いつも諦めたみたいな、寂しそうな顔して視てるよね。変なこと考える暇あればあがいてみれば?」

 

 佐助の発言に徳は驚く。今まさに徳は全てを諦めたのだ。…この忍はどこまで勘づいているのだろうか…。


「…どうやって…。」


 徳は思わず呟いてしまった。しかし、それは徳が望んではいけない行動。これ以上鈴を傷つけたくない。それに、徳の気持ちは初めから決まっている。


――家族と妖たちを守りたい。


 しかし無意識のうちに、徳は信繁との繋がりを求めていた。時間と共に消えると思った気持ちは、未だ徳の心の奥底で根を張って枯れていなかったようだ。



「さぁ?それは姫さんが情報共有してくれなきゃ助言できないよね。」

「…。」

 ――やはり佐助は侮れない。これが誘導尋問か。



「…一つ、馬鹿な姫さんと主様に助言してあげるよ。」

 ついに馬鹿って言ってきたなと、徳が眉間に皺を寄せ佐助を見ると、佐助はクスクス笑っている。

「何も考えずに、一度でいいから、自分の素直な気持ちを相手に伝えな。それでどう出るかは相手次第だけどね。」

「…はい?」

 あまりに無責任な助言ではないだろうか。それに、素直な気持ちって…。…本当にどこまで勘づいているのだろうか…。



「…あ、そういえば、姫さんの噂の出口分かったよ。」

「えっ!?」

 それを早く言ってくれ。徳は離れていた距離をぐっと詰め寄って、佐助に話を促す。

「誰ですかっ!?それって、大名だったりします…!?」

「え…?…あのさ…、姫さん。いつも思うけど、こういう時の距離近いから。ちょっと落ち着いてよ…。」

 言われて徳は確かに、と思い、人一人分ぐらいの距離を取って座りなおした。寝転んでいる佐助をもはや真上から見下ろすような体制だった。


「なに?知ってたの?…そう。徳川家が積極的に噂流してるみたいだね。」

「そう…、ですか…。」

(…やっぱりあの狸(じじ)い…!?――…次会ったら絶対文句言ってやる…!!)


「…ちなみに、噂の真相って分かります?あ、私は手を出してませんが、本当に鈴ちゃんがそういった被害にあったとか…?」

「んー、全部が全部ではないらしいけど、水掛けられたとか、着物裂かれたのは本当らしいね。…あとは、姫さんも知ってると思うけど道で土下座させたとか、突き倒したとかは脚色でしょ?」


(…よくないけど、よかった…。)


 酷いことをされているのは事実なのだが、噂のすべてが鈴の身に起こっていたことではないと知り、徳は安心する。


「大谷と徳川って仲悪いんですか…?」

「んー、そういうわけでもないと思うんだけど…。でもあの徳川家康、人のいい笑顔で惨いことが平気で出来る質の人間だからね。もしかしたら、この期に及んで天下を狙っているのかも…。」

「…え?秀吉様が天下統一したばかりなんですよね…?」

「そうなんだけど…、なんていうか…。家康様の協力も得て、秀吉様は天下を取ったようなものだし…。主様は秀吉様にすごく気に入られているけど、真田家的にはあまり豊臣家と親しくはないんだよ。…だから秀吉様的には臣下である大谷と真田が親しくなってくれた方がいい。…主様は今台頭している大名の中でも実力はかなりある方だし、今は主様、秀吉様の人質として仕えているんだけど、真田家が秀吉様に忠誠を誓ったら、もし家康様が天下を狙っているとしたら困るだろうね。…はぁ…。本当、あの人何考えてるのか分かんない人なんだよ。…気をつけておいて損はないかも。」

 さらっと衝撃的な話を聞いたが、やはり詳しい権力抗争や情勢について聞けて良かった。


「…信繁様って、人質…、なんですか…?」

「あー…、まぁ、人質って言っても、もはや家臣みたいな扱いだから気にしなくてもいいと思うよ。主様は人質慣れしちゃってるし、そもそも秀吉様にはめちゃくちゃ気に入られているし。自由にさせてもらってるよ。」

「…そうなんですね。」

 徳だって色々勉強している際に人質についても勉強した。主君を裏切らないという証明の為に誰かを送るのだと。そこでの生活は悪いものではないとは聞いていたが、やはり家族と離れて過ごすのは寂しいのではないだろうかと徳は思ってしまう。

 そんな信繁と幼馴染として育った鈴。二人がひかれあうのも無理はない。



「…あの、佐助さん。鈴ちゃんがこれ以上被害にあわないように、見ててくれませんか…?…あと、狸(じじ)い…ごほん…。…家康様のこの悪事を、信繁様に伝えて欲しいです。」

「…まぁ、家康様のことは伝えなきゃなとは思ってたけど、噂についてもバレるけど良いの?多分主様、姫さんがこのこと隠してたって知ったら怒るよ?」

「あ…。…まぁ、しょうがないです。あ、でも、私も最近知ったってことにしてて下さい…。」

「えー…。まぁ、バレると思うけど…。…とりあえずはそういう態で話はしてみるよ。…で、姫さんはどうするの?まさか、家康様の狙い通りに動くわけじゃないよね?」

 気づけば辺りはもう暗い。月明かりのみでしか佐助の表情は伺えないが、見透かされているようで、その瞳から顔を隠して答える。

「…とりあえず、私、鈴ちゃんと話がしたいので、鈴ちゃんと明日会ってみます。」

「…そ。…分かった。…んじゃ、帰るか…。」

「…はい。」
























◇◇◇

「…幸村さん…。」

「…鈴?おはよう。珍しいな、ここに寄るなんて。…今から大谷の姫の所へ行くのか?」


 今日は晴天だ。朝から日差しが強く、春の冷たい空気も、太陽が照らすことで心地よく感じる。

 昨日、徳に触れられるのが嫌だと断言されショックを受けた信繁は、そのショックが癒えず、真田陣屋の敷地内で剣術の練習をすることで気を紛らわせていた。そんな信繁は声をかけられ振り向く。 声の主は自身の幼馴染。門の外から屋敷の中を眺めていた。しかし、その表情はいつもと違い、暗くこわばっている。


「…どうした…?何かあったか…?」

「…あの…、徳姫様と、…婚姻を結ばれているって本当ですか…?」

 汗を手ぬぐいで拭きながら鈴のもとへ近寄った信繁だったが、鈴のその発言でピシッと身体が固まった。

「……何処でそれを…?」

「…やはり、本当なのですね…。」

 先ほどから足元を見て話しにくそうに会話をしている鈴に疑問に思うも、信繁も大きな声でこの話は出来ない。

「…他所でこの話は言うな。…大谷の姫があまり知られたがっていない…。」

「…?どうしてですか…?」

「…さぁな…。この婚姻を嫌がっているのかもしれない…。」

 そう言う信繁の声は自身が無さげで、思わず鈴は顔を上げる。鈴は初めて見るその表情に心臓がぎゅっと苦しくなった。

「…私なら、幸村さんに、そんな表情はさせません…。」

「…は…?」

 意味が分からず、信繁は鈴へ聞き返す。すると、鈴の小さな身体が近づき、信繁に抱き着いた。

「お、おい!どうした?」

「幸村さん!聞いてください!…私、ずっと前から幸村さんのこと、お慕いしておりました…!」

 抱き着いてきた鈴の肩を押し、距離を取ろうとした信繁だったが、鈴のその発言を聞き、目を見開く。

 信繁の押し返す手の力が驚きで一瞬緩んだ――。



















◇◇◇

 同時刻。徳は毎朝この時間帯に来る鈴を待っていた。もしかしたらという期待があったが、昨日あんなことがあったばかりだ。


(…やっぱり、来てくれるわけないよね…。――だったら…!)


「志野さーん、ちょっと出かけてくるー!」

「…姫様…?」


 すれ違ってはいけないと、徳は鈴が来るのを待っていたが、もはや居ても立っても居られない。

 徳は志野に一声かけ、陣屋を飛び出した。大谷陣屋から城下町へは歩いて20分ほど。徳は行儀が悪いが小走りで道を進む。もう少し進むと人が賑わってくるだろう。人に会うまではこのまま走ろうと、少しだけ整えられた道を進む。――その時だ。

 



ドスッ!!

――ぐらッ




「…っ!?」

――何が起きたのか分からない。

 分かったのは、後頭部というのか、頸椎というのか、とりあえずそのあたりを何かで殴られたということ。

 城下町は目前だが、周りに人はいない。視界がぼやける。





 ――背後から首のあたりに受けた強い衝撃によって、

 …徳はその場で意識を手放してした――





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