20話 陰陽師筆頭の実力
吉明が徳の手を放す。
「全然酔いもしていないのだな。藤四郎は世渡りをすると毎度吐きそうにして居るぞ。」
「…は?」
「何を間抜けな顔をしておる。」
「いやいやいや、え、なに…?どこ?ここ。」
「あそこが伊達陣屋だ。さすがに人に見られては面倒だから、門前に出るのはやめた。」
「は…?…あんた何なの…?」
「忘れたか?私は陰陽師の筆頭だぞ。世渡りなど造作もない。まぁ、この術は私しかできないがな。」
ドヤッと答える吉明に徳は茫然とする。世渡りとは空間移動のようなものなのだろうか。そういえばこいつ、口から力吸った後も一瞬で消えたな、と嫌な思い出までも思い出した。まぁ、それはひとまず置いとこう。
徳はまずは鈴と話をしたかったのだが、今現在伊達陣屋の前にいるのだ。時間がもったいない。
「…とりあえず、政宗様居るか聞いてきます…。」
さすが伊達陣屋だ。門前に門番役が二人立っていた。そのうちの一人が徳に気づく。
「いかがされた。」
「あの、私、越前国大谷吉継の娘、大谷徳と申します。――伊達政宗様はいらっしゃいますでしょうか。」
優雅で美しいお辞儀をして門番役へ尋ねると、門番役は顔を赤らめ少し狼狽えた。
「…み、身分が証明できるものはございますか?」
「身分…、ですか?」
「はい。家紋などお持ちでしょうか。」
「…。」
(…ない。)
そういえば持ってなかった。如何せん、急に名護屋へ来たのだ。
「…えーっと、…。」
「…はぁ…。私が証明しよう。」
「…あなたは…?」
「陰陽師筆頭、阿部吉明だ。ここに帝から賜った懐刀がある。これで私の身分は証明できよう。」
もう一人の門番役が吉明が出した懐刀をよくよく眺める。
「…確かに、確認いたしました…。」
「この者は間違いなく、大谷徳姫だ。私が証明する。」
「はっ。大変失礼いたしました。徳姫様。」
そう言って門番役二人が徳に対して頭を下げた。徳は吉明を見る。
「…あんたって偉い人だったのね…。」
「何度も言っておろう。私は陰陽師の筆頭だと。」
「…。」
なんだか腑に落ちない気持ちで吉明を見ていると、目の前にいた門番役が徳へ話しだした。
「実は言いますと、大谷の姫君が訪ねてきたら言うようにと託っていたことがございます。」
「…?政宗様からですか?」
「はい。――『俺は朝鮮へ出陣する。帰ってきたらまた会おう。その時は会いに行くからな。』――とのことです。」
「…え?政宗様、朝鮮へ旅立たれてしまわれたのですか…!?いつ!?」
「えっと、…2日前です…。」
「おい、困っているぞ。」
思わず徳は門番役にグイっと近寄り勢いよく聞いてしまった。徳の悪い癖だ。
「あ、ごめんなさい。」
「いえ…。」
門番役は落ち着かない様子で視線をきょろきょろとしている。怖がらせてしまっただろうかと徳は心配になるが、そもそも目的の人物がいないのだ。長居するよりも早々立ち去った方が門番役的にもよいだろう。
「…分かりました…。では、帰省はいつ頃になるのかご存じですか…?」
「いえ…。しかし、一か月は戻らないかと…。」
「…そう…、ですか…。ありがとうございます。」
「はっ。お気をつけて。」
門前を後にし、少し離れたところでぽつりと徳はつぶやく。
「…政宗様、戦場へ行かれてしまったんですね…。お見送りも出来なかった…。」
出会って間もないが、ほぼほぼ毎日会っていたのだ。心配になるのも仕方がない。
「それよりも、そなたのことは良いのか?伊達殿に聞きたかったことはどうした。」
出来ればいろいろと話を聞きたかった。しかし、居ないのであれば仕方がない。家康についてはこの際置いておこう。婚約破棄するにしてもそのことは後でも考えられる。
「…まぁ、しょうがないので、また考えます。…、それより、その世渡りってどこまで出来るんですか?私を鈴ちゃんの所まで連れていくことって可能ですか?」
「鈴?誰だ。」
「私の…、友達です…。」
「…。人物のもとに行くということは出来ない。場所などなら知らぬ土地でも地図や話を頼りに渡れるが、人は無理だ。」
「なんだ…。…使えないですね。」
「なんだと貴様…。」
ぼそっと本音を正直に口から出した徳に、目の前の吉明が眉をぴくっと上げた。ぬっと伸びた腕が徳の頭を鷲掴みにし、ぐっと指に力が入る。
「ちょっ!!痛い!痛いですって!」
徳がその手から逃げようと吉明の手首を引くが、なんという馬鹿力だ。びくとも動かない。
「あの時滅しておけばよかったか?この礼儀を知らぬ妖め。ここまで連れてきてやったというのに…。…というか貴様、私にだけ態度が悪くないか?」
「だって!私まだあんたに対して怒ってるんですからね!」
「まだ根に持っておったのか?心が広くなければ女子は嫁の貰い手がなくなるぞ。」
「余計なお世話です!ってか、一言も謝ってない人にまだ根に持ってるとか言われたくありません!」
人が通らないで良かった。わーわー、ぎゃーぎゃーと子どものように木陰で騒いでいる、一応高貴な身分の二人。
先に折れたのは吉明だった。ため息を吐きながら吉明は徳の頭から手を離す。
「面倒な女子よ。」
「はぁ?今なんて?」
「ほら。すまなかった。もう勝手にはせん。」
そう言って徳の手を取り、その手の甲に唇が近づく。
「ちょっ!」
徳は急いで吉明の手から自身の手を引いた。
「言った傍から何すんですか!?」
イラっとして徳は睨みながら叫ぶ。
「何って…、男が女に謝る際の最大限の誠意を見せているのだろう。わざわざここまでしてやっているというのに、貴様こそ何をする。」
「はい?」
「…なんだ、そなたもしや、…こういった謝罪を知らんのか…?」
――しらんがな!!!!!――
(…え!?もしかして、信繁様って、ただ単に謝罪の意味で指とかにキスしてきたの…!?)
徳はつい先ほど信繁によって落とされたキスを思い出し顔が赤くなる。しかし、触れられるのが嫌かとか言っていたではないか。謝罪としての話では少し会話がかみ合わない気もするが。
「なんだ、そなたはどれだけ箱入り娘で育てられたのだ…。男が女を怒らせた時で、相手に対して本当に悪く思っているときは、敬愛の意味を込めて手の甲に口づけをするのだ…。まぁ、それ以外にも意味はあるのだが。」
「え?」
「まぁよい。私は謝ったからな…。…他の意味は自分で調べろ。」
徳が自身以外のことで赤くなっているのだと勘づいた吉明は、なんだかおもしろくなく感じ、そっぽを向いて最後の言葉を呟いた。




