19話 第三者
これは話ではなく、一方的な命令だ。
きっと噂も家康が故意で流したものなのだろう。そうでなければ不自然だ。やっぱり鈴ちゃんは噂に関与していなかった。しかし、なぜ家康が関わってくるのか。
これが本当にあの小説の中の物語だとしたら、悪役令嬢として仕立て上げられた私は鈴ちゃんや信繁様によって断罪されるものではない。なぜなら鈴ちゃんが私の悪事を否定しているのだから。
――家康に断罪される?なぜ…?
徳の頭の中は疑問だらけだ。
「返事はどうした大谷の――」
「こんなところで何をしている徳姫よ。体調はもう良いのか?」
家康が徳を見下ろしながら発した言葉にかぶせるように、第三者の声が聞こえてきた。
「…阿部、吉明…。」
「そなたの見舞いにでもと来てみたが、表に出ているとはな…。」
「…。」
「…。」
「なんだ、邪魔したか…?」
いつものにやりという笑い方ではなく、ふわっと笑う吉明に徳は違和感を感じていると、家康の方が先に反応した。
「これはこれは、陰陽師殿ではないですか!この間はお世話になりました。」
「ほぉ、そなたは徳川殿であったな。その後は大事はないか?」
「えぇ、おかげさまで…。」
そう言いながら家康がチラッと徳を覗き見た。
「…陰陽師殿は、大谷の姫とお知り合いで…?」
「まぁ、親しい中であるな?徳姫よ。」
(…はい!?)
殺そうとしたくせに、どの口が親しいと言っているのだと徳はイラっとしたが、なにやら家康の反応がおかしいため、とりあえず話を合わせてみる。
「…まぁ、それなりに…。」
「徳川殿と徳姫も知り合いであったのか。しかしながら、何やら悪い空気が漂ってたようにも見受けられたが…?」
そう言って表情をなくした吉明に、家康が急に笑い出した。
「はっはっはっはっ。そのようなことは。雑談をしていただけよ。のぅ徳姫よ。」
「………。」
掌を反したような家康のすがすがしいほどの狸芝居に、徳は眉間にしわを寄せる。
「では、儂はこれで失礼する。大谷の姫よ。また話をしよう。お大事にのう。」
そう言って家康は徳に近づいてきた。言葉は明るく親しみのこもった声色であるのに対し、敵意がこもった目で睨みつけながら徳の横を通り過ぎた。徳も負けじと睨んで家康を見送る。
「…そなたは顔が整っている分、睨むと迫力があるな。」
「…何の用ですか?」
「助けてやったというのに、ずいぶんな挨拶だな。」
「…。」
家康が見えなくなると、いつものようににやりと笑ながら吉明が徳に話しかけた。徳は少しイラっとしたが、家康をひとまず追い払うことが出来たのだ。癪だが一言お礼を言ってもよいだろう。
「…ありがとう、ございます。…徳川家康と、仲いいんですか?」
「前に依頼を受けただけよ…。しかし、随分厄介な相手に目をつけられたのだな。」
「厄介…?」
「依頼の内容から相手の性格などありありと分かる。あ奴は蠱毒を腹の中で飼っているような男ぞ。関わらんに越したことない。」
「…?」
徳には例えがピンとこなかったが、とにかくやばい奴なんだなというのはニュアンスで感じ取れた。しかし、関わりたくて関わっているわけではないのだ。
「…真田家と大谷家がくっつくと徳川家的には問題があるのかな…。」
「…?」
なぜあんなにも家康が真田家と縁を切れと言ってくるのか考えるが、これと言って理由が思いつかない。徳はなんせ中学1年生までの知識しかない。とりあえず、江戸時代は徳川家がトップで、その開祖が徳川家康というアバウトは知識しか持っていないのだ。
この世界にやってきて家柄問題なども学んだが、大谷家と徳川家はそこまで関りもなく、仲も悪くはなかったはずだ。では、真田家と徳川家が仲が悪いのか…。しかし、仲が悪いからと言って真田家と大谷家の婚姻で徳川家になんのデメリットがあるのか…。徳は考えても分からない。
(佐助さんに聞く…?でも、真田陣屋に行けば信繁様に会っちゃうかもしれないし…。信繁様には噂のことを話してないから駄目だ…。それに、――…鈴ちゃん…)
タイミングが悪すぎた。徳だってそろそろ鈴へ婚姻の件を打ち明けようとしていたのだ。しかし、それを言うには順序が必要だ。徳が信繁に対して恋愛感情を持っていないということをしっかり伝えたうえで言う必要があった。
色々なことが起きすぎて、徳は頭が着いていけない。優先順位的に鈴を追いかけなければとは思うが、家康のあの言い方は徳にとって最悪だった。大いに鈴を傷つけただろう。どう言えば鈴に分かってもらえるのか、傷を癒すことが出来るのかが分からない。
それに、家康が噂を流したのかは分からないが、噂はどんどん加速し、今や人々は信繁と鈴を応援するモード全開だ。人々の気持ちを煽って周りを固めている。家康の狙いははんなのか…。
「…もし、徳川家康が信繁様と鈴ちゃんをくっ付けたいのなら、私は別にそれを承諾すればいい話ってこと…?」
「――…なにをさっきからぶつぶつと言っておる。」
「…。」
吉明の存在を忘れていた。横で腕を組みながら見つめてくる吉明を徳は見上げる。
「…大名同士の、権力とか、派閥争い的なものって詳しいですか…?」
「興味ない。」
「…ですよね…。」
「真田の奴がおるであろう。それか、ほかの同じ大名筋に聞くのだな。」
「…他の…、あ、そっか…。政宗様…。」
「政宗…?奥州の伊達家の者か?」
「はい。政宗様なら何か知ってそうだし…、陣屋に行けば会えるのかな…。」
まず鈴を探す。次に政宗の陣屋へ伺ってみよう、と予定が立ち行動に移そうと顔をあげると、吉明が手を差し出してきた。
「…、なんですか…?」
「伊達家の陣屋へ行くのだろう?」
「…まぁ、そうですけど。…なので、私忙しいので、今日は帰ってもらえます?」
「…そなたは本当に、可愛げが無いな。」
「は?」
なぜお前に可愛げを出す必要がある、と再びイラっとしていると、目の前の人物に手を取られた。――それは一瞬だった。
「…へ?」
「伊達陣屋に来たかったのだろう?」
何がどうなったのか分からない。本当に瞬きも一つしていない。それなのに一瞬にして景色が変わり、見たことない場所に、先ほどと同じ体勢で立っていた。
「…はい?」




