18話 三つ葉葵と大谷の悪姫
佐助が話を締めくくったあと、ショックを受けた様子の信繁を佐助がそのまま真田陣屋へ連れ帰った。
(なんか、信繁様に悪いことしたような感じになっちゃったけど、でもあれは信繁様が悪いし…。)
徳は信繁らが帰った後も顔のほてりが収まらず、庭で涼んでいた。
(なんで信繁様はあんなに簡単にくっ付いて、ましてや唇を…)
徳は思い出して再び顔から火が出る。
(もーーーー!!!やっぱりダメ!信繁様には女の子との距離を学ばせなきゃっ!!)
顔を赤らめながら頭をぶんぶんと振り、信繁を教育せねばと徳が考えていると、背後から足音が聞こえてくる。
ジャリッ
ジャリッ
「達磨坊主…。」
達磨坊主が高下駄でジャンプしながら徳へ近づいてきたのだ。
『徳』
『嘘』
「…え?…嘘なんて、そんな…。」
『嘘』
『駄目』
「…。」
妖は純粋だ。特に妖力が少ない妖は感情や思考がまっすぐなのだ。徳が隠している気持ちに気づいている達磨坊主は、徳がなぜ信繁に嘘をついているのかが理解できないのであろう。――いや、徳がなぜ自分の気持ちを隠して信繁から距離を取ろうとしているのかは、きっと誰もが理解できていない…。
「あれでいいの…。心配してくれてありがとう。」
徳はしゃがみ込み、眉を八の字にした達磨坊主をぎゅっと抱きしめる。意外と達磨坊主は温かい。
(…妖に気持ちを気づかれちゃってるのか…、気を引き締めなきゃ…――)
「―――やめてくださいっ!!!」
「…え…?」
その声の主を知っている。徳は門の外から聞こえてくる緊迫した様子の叫びに、考えるよりおも先に身体が勝手に動いた。
「鈴ちゃんっ!?」
門を出ると、40~50代ぐらいのの恰幅のいい肩衣袴の男が、鈴を見下ろすような形で立ちはだかっていた。
「徳姫様っ!?」
「…どなたですか?鈴ちゃんに何か?」
徳は鈴とその男の間に割って入り、鈴を背に隠すようにしてその男を見据える。やや白髪交じりで髷を結わえている男。両肩のあたりに三つ葉葵の家紋。髷を結っているということは、小説には出てこないような人物かと、徳は男を見据えながら頭の中で考える。
「なんと無礼な女子たちだ。特にそなたは無礼極まりない。自身は名乗らず、相手に名を聞くとは。」
男尊女卑は強くはないが、服装からみて相手は位の高い武将。男の主張はもっともだった。徳は警戒しつつ相手の指摘通り名乗る。
「…大変失礼いたしました。…越前国、大谷吉継の娘、大谷徳と申します。」
「ほぉ…。そなたが…。噂に違わぬ美姫よのぉ。」
「…。」
初めから分かって名乗らせたような白々しい反応と、誉め言葉にしてはいやらしさがまとわりつく発言に徳は眉を寄せた。その徳をじろじろと見てくる目は相手を品定めしている目だ。
「…しかし、その噂通り、粗暴で教養がなっていないようだ。」
「…?」
「そのように侍女を助けるふりをして、低落した市民の好感を買おうと思っているのか?」
「…何の話ですか…。」
「そんなことありませんっ!さきほどの噂だって全部嘘です!」
鈴が徳に庇われながら叫んだ。その目は潤んでおり、怖いのか悔しいのか表情からは読み取れないが、それでも男に立ち向かっている。
「哀れな者よ。せっかく儂が事実を教えてあげているというのに…。」
「だから、先ほどの話は全てでたらめです!当事者である私が言うんですから、他所の方は黙っててください!!」
以外にも強めに反論する鈴に徳が目を見開いてポカーンと驚いていると、目の前の男は嫌な笑い声をあげた。
「はっはっはっはっ。ここまでくれば愉快であろう、徳姫よ。」
「…?」
「上手いことやったのだなぁ。そんなに信頼を得て、最後に突き落とす手段であったのか?」
相手の自信たっぷりの表情に徳は嫌な予感がする。
「可哀そうに、侍女よ。おぬしはその姫に遊ばれていただけよ…。」
「…へ?」
「一時夢を見れただろう。真田信繁と恋仲になれるのではないかと。」
「っ!?…やっ、やめっ――」
「そなたの思い人である真田信繁と、そこの大谷の徳姫は随分前から婚姻が決まっておるのだぞ。」
「…え…。」
「そなたの様子をみて嘲笑っていたのだろう。――まさに、噂に違わぬ悪女よのぉ…。」
瞳こそは蔑んでいるが、口元は口角を上げて男は徳へ向けてつぶやく。しかし、徳はそんな男に構ってられない。
「ち、違うの鈴ちゃんっ!!」
「…婚姻が、決まってる…?」
「あの、た、確かにそれは決まってたことではあるけど、私は純粋に、本当に応援しててっ――!」
徳が鈴の両腕を掴みながら必死に訴えるも、鈴とは目が合わない。色を失った瞳は地面を見つめたまま、鈴の足が後へ動いた。
じゃりっ
「…ご、ごめんなさいっ」
「鈴ちゃんっ!!」
鈴は徳の腕を振り切ってその場から走って逃げ去ってしまった。その際に鈴の手から団子が落ちる。きっと徳の見舞いの品として持ってきてくれた物なのだろう。
徳が団子を拾い、急いで鈴を追いかけようとすると、男が徳を引き留める。
「あぁ、それと、おぬしにも儂は用があるのだ。」
「後にして下さいっ!」
「今の女子に関しての話でもあるのだが…?」
「……。」
徳は心の中で舌打ちして目の前の男を睨みつけた。
「おぉおぉ。怖い怖い。さすが悪女と言われるだけあるのぉ。」
「……。」
「さて、結論から言おう。…そなた、真田家とは縁を切れ。」
「…なんであなたの命令を聞かなきゃならないんですか…?っていうか、あなた誰ですか?」
「ほぉ。先ほどから血の気の多い女子よのぉ…。」
この状況を楽しんでいるとしか思えない男が、にやりと口角を上げる。
「――儂は徳川家康だ。よく覚えておくのだな。大谷の悪姫よ。」
(っ…、家康…?家康って、あの!?…まって、…なんでそんな人が私たちに関わってくるの…?)
小説の主要人物ではないからと言って徳は油断していた。目の前の人物を睨みながらも、頭の中では目まぐるしい勢いで情報処理がされている。
「さて、お互いが誰かわかったところで、もう一度話に戻ろうではないか。…そなたは真田信繁の褒美も兼ねて秀吉様が婚姻が進められたようだが、そなたの噂は聞くに堪えん。事実かどうかは重要ではない。そんな噂が立つような姫が褒美だとは、信繁殿が可哀そうでのぉ。そうは思わんか、大谷の悪姫よ。」
芝居じみた発言をする家康。なぜ家康がこの婚姻について知っているのか、また家康が関わってくる理由が分からない。意外にも徳は冷静だった。相手の発言を一言一句取りこぼすことなく聞き取る。
日も高くなってきているというのに、なぜだか誰一人として表を通らない。まるで目の前の男とこの世界で二人きりだと錯覚してしまいそうなほど、人の声すら聞こえない。
「どうした?返事がないぞ…?――もう一度言う。大谷の悪姫よ。真田信繁と縁を切れ。」
にやにやしていた表情から一変、表情をなくした家康の声が、無音の中で響いた。




