12話 違和感
春が進み、気温はどんどん暖かくなっている肥前国。ソベイシの真田陣屋で、忍の佐助は主人の部屋に呼ばれていた。
「…おかしくないか?」
「……。」
尋ねられた佐助は、冷や汗を垂らしながら視線を逸らす。
「明らかに大谷の姫に避けられている。」
そう。鈴に信繁が好きだと宣言されてからというものの、徳は信繁をこっそりと避け始めた。徳はこっそりのつもりだが、避けられている本人はその異変にばっちり気付いている。
「朝出向いても鈴は会えて、俺は間が悪いだのなんだの言って顔すら見れないし、会えたと思えば時間がないとか言ってすぐに屋敷内へ入っていく。鈴は毎朝毎晩会えているというのに、なぜ俺はこんなにもすれ違っているんだ?」
「……。」
「お前、何か知ってるな?」
「…いやー、その…。」
心当たりがあるような、ないような――。なんせ女子同士のデリケートな話題だ。佐助は本人たちからちゃんと話を聞いていないため何も言えない。佐助がなんと言っていいものか考えていると、真田家の陣屋に入ってくる一匹の三毛猫が視界に入った。
にゃー
「あっ!あれ!主様、猫が――」
佐助が話題を変えようと、自身の主の意識を猫へ移そうとしたとき、猫がボフンと煙を上げた。
「えぇ!?」
「…っ!?」
「……お邪魔する。」
「…へ?…あ、んーっと、…火車、だっけ?」
「火車の厘だ。」
ぼーっとした様子でたたずんでいるのは、いつぞや大谷陣屋で出会った妖だった。信繁に言われたからか、今日も上裸に小袖を羽織ったスタイルだ。真田陣屋の二人は、一瞬にして一方は刀を、もう一方は苦無を手に臨戦態勢となっていたが、その武器を下ろした。
「どうした?大谷の姫に何かあったのか?」
「…徳が呼んでた。」
「呼んでた?」
「…あぁ。そこの忍を。」
「…。」
「…。」
佐助が首をギギギと錆付いているかのように動かし、信繁と視線を合わせる。いや、信繁から送られているのは視線というよりもにらみだ。
「いやっ!おれの次は主様かもしれないしさ!」
「では、なぜおまえから呼ぶ。」
「…そうですねー!厘!おれ行かない!行けないから!姫さんがここにきてって言ってきて!」
「…それは駄目だ。」
パチンッ
「ぎゃー!なにこれ!!」
厘が指を鳴らした瞬間、佐助の周りを炎が円を描くように渦巻いた。
「…行こう。」
佐助が炎を解く間もなく厘がつぶやき、佐助が炎と共に一瞬にして消える。
「…は?」
「…またすぐに帰す。」
そう言うと厘はまた猫へと戻り、ゆっくりと真田陣屋から出ていた。
どさっ
「いて!…結構雑っ!」
「うわぁ!佐助さん!?」
佐助は徳がいる部屋に炎と共に落ちてきた。それも、結構高いところから。しかし流石忍と言うべきか、受け身の取り方がお上手。
「え!?本当に呼んじゃったの!?…?だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよ!本当に…、おれ、本、当、にいつか主様に殺される…。」
「え?何があったんですか…?」
「……。」
佐助はジト目で徳を見つめた。
「…はぁ…。で?…主様のこと避けて、妖まで使って俺を呼んだ理由は?」
「あ、いやー…、その…。」
実はいうと、徳は呼んだわけではなかった。徳が部屋で一人考え込んでいるときに、佐助なら何か分かるかな、などと思った言葉がついぽろっと口から出ていたようだ。それを聞いた厘が「じゃあ、呼んでくる。」と、徳の静止を聞かずに屋敷から出て行ってしまい…、――今に至る。
「しかし、徳様、近頃ずっと悩んでらっしゃるではないですか。わたくしたちも心配です。」
いつからいたのか、蛇女の志野と達磨坊主が徳の部屋の外に居り、部屋の様子をうかがっていた。
「まぁ、ちょうど俺も姫さんに聞きたいことあったし、いいや…。」
「聞きたいこと、ですか…?」
「そう。何聞かれるかは大体わかってるでしょ?なんで主様のこと避けてんの?」
大直球で聞かれ徳はなんと返せばいいのか分からない。いつもつかみどころなく飄々としている佐助が、いつになく真剣な表情をするため、余計にたじろんでしまう。
「鈴と主様くっ付けようとしてんのは、女の子同士の何かあるのかも知れないから何も言わないけど、流石に避けたりするのはダメじゃない?主様だって理由もなく避けられると傷つくよ。」
「…っ。…ごめんなさい…。」
「鈴と主様をくっつけようとしていることも問題なんだけどね…。…姫さんさ、なんか勘違いしてない?」
「…勘違い、ですか…?」
「そ。主様が鈴のこと好きだとか思ってるんじゃないの?」
「え…、そうですが…。」
「はぁ。それ、本人から聞いたの?」
「…。」
本人ではないが、見てて分かるし、そもそも小説がそうだったのだ。裏付けるように鈴と信繁が仲睦まじい様子を見ていたら誰だって自分が邪魔者だと把握するだろう。
「…はぁ。こういうことは本人に聞きな。まぁ…、本人も本人で分かってなさそうだけど…。で?おれに何が聞きたかったの?」
そう。徳が佐助に聞きたかったこと。それは、徳と鈴に関しての噂だ。初めて噂を聞いたときは、悪役令嬢的ポジションに着実に進んでいっている、と恐怖を覚えた徳だったが、冷静になって考えると違和感を感じたのだ。
それは、噂がどんどん大きくなった時に確信に変わった。
「――誰かが主様と鈴をくっ付けようとしている?姫さんがじゃなくって?」
「いや、今は私のことは置いといて…。…そうなんです。私と信繁様の婚約については、当人と佐助さんや、この屋敷の妖しか知らないはずなのに、それを嫌がっているみたいに、噂自体が私を落として鈴ちゃんを持ち上げる傾向があるんです…。」
そう。普通ならば悪役令嬢として成り立つためには、ヒーロー、ここでいう信繁だが、彼が知らないところでヒロインである鈴をいじめ、それを信繁が知る、という流れで無ければ意味がない。しかし、信繁が事実を知っていること。例えば自己紹介の際に、道端で鈴自ら膝を着いたことが、まるで徳が悪女かのように噂が流れているのだ。ちなみに鈴が猫に驚いて尻餅着いてしまった話も、鈴自ら信繁に話をしていたが、そのことも噂では徳が張り倒したことになっていた。
「ってか、そんな噂あったの!?なにそれ、おれ知らないんだけど!?」
静かに話を聞いていた佐助が急に怒りだした。
「なんでもっと早く言わないのさ!?」
「え、なんでって言われましても…。」
「なに?それもあって主様のこと避けてたわけ!?」
それも無きにしも非ずだ。噂では、両思いである鈴と信繁の仲を裂こうと、信繁を毎日屋敷へ無理やり招いている悪女らしい。まさにヒロインを苦しめる悪役令嬢ではないか。
しかし、本当に意味が分からない。ヒーローとヒロインによって悪役令嬢は断罪されるのではないのか。これではヒーローもヒロインも悪役令嬢が悪事を働いていないと把握していることになる。徳は混乱し、何か情報が欲しいと思い、忍である佐助の存在を思い出し、独り言ちてしまったのだ。それを厘が拾ってしまったということなのだが――
「しかし、徳姫様をそのように侮辱するとは…。毒蛇でも家に送ろうかしら…。」
「うん。絶対やめてね。」
はんなりと頬に手を添えながら恐ろしいことをいう志野に、徳は制止をかける。
「…家を燃やしてもいいぞ…。」
「いや、二人とも物騒だから!それに、木造家屋の長屋なんだから火事どころじゃなくなるよ!」
相変わらず、妖の常識は徳には理解が出来ない。
「とりあえず…、佐助さんなら誰が噂を流してるかとか、めぼしい人がいるかなって思って…。」
「うーん…、まだ情報が少ないからなぁ…。分かった。調べてみる。」
「え!?いえ!そんな、そこまでしていただかなくてもっ!」
「何言ってんのさ。姫さんは主様の奥さんになるんだよ?婚姻すればおれの護衛対象は姫さんも含まれてくんだから。」
「…っ。」
徳は今まで悪役令嬢ポジションを回避しようと、己一人で考え、背負ってきたが、ここにきて助けてくれる人が出来たようで嬉しく感じてしまう。
(――でも、期待しちゃだめ。彼は信繁様の婚約者だから私を助けるの…。…もしかしたら、私は信繁様の婚約者じゃなくなるかもしれないんだから…。)
「でもさぁ、そういうことなら、さっさと主様にも伝えなよ。」
「いえ!信繁様には伝えたくないんです!」
「なんで?」
「…だって…。」
信繁に伝えてしまえば、優しい信繁はきっと徳の心配をする。せっかく鈴と信繁の接点が増え、二人が仲良く出来ているのに、自身のことで煩わせたくはない。それに、噂を気にして信繁が鈴と接する頻度が減ってしまっては困るのだ。
「はぁ…。はやくそっちはそっちで鈴とのこと解決してよ。とりあえずはまだ主様には黙っててあげるから。…でも、自然にばれちゃったときはその時は覚悟してなよ。姫さんが悩み事隠してたって知ったら絶対怒るよ、あの人。」
「はい…。ありがとうございます…。」
佐助が言うように、そろそろ婚約しているということを伝えてもよいだろう。徳は鈴ともだいぶ仲良くなってきた。婚約しているが、恋愛感情は一切ないと伝えても、今の鈴なら納得してくれるはずだ。
徳は毎日笑顔で屋敷に訪れる少女を思い出す。徳のことを自分のことのように心配したり、悲しんだり、喜んだりする彼女。感情豊かで、信繁のことを語る際の表情は一際輝いていてかわいらしいく、見てて微笑ましい。悪役令嬢とヒロインという立場だが、徳だって鈴のことが好きになってしまったのだ。
ここにきてやっと作れた初の人間の友達。徳は悪役令嬢云々ではなく、鈴に嫌われたくないという感情が芽生えていた。




