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7話 恋や愛は難しい

 すでに夜は深い。外はシーンと静まり返っている。

 

 物音ひとつしない空間、徳は与えられた部屋で障子窓から月を見ていた。火車(かしゃ)(りん)がおいてくれた火鉢で部屋は暖かいが、開けた障子窓から入ってくる外の冷気で、徳は余計に目が覚めてくる。


 その日、信繁は最後まで心配そうにしていた。しかし急なことであったため、徳や志野の説得により明日の朝また来ると言いながら、信繁らは真田の陣屋へ帰っていった。

 そのあとは志野の無駄のない準備により、食事や風呂を済ませ早めに部屋に入ったのだが、徳は眠れない。


 目を閉じると信繁と鈴の情景が思い出される。二人で微笑む姿や、鈴の手を引き立ち上がらせる場面、小袖に付いた土を払う様子、何より二人がお互いを見つめる瞳――



「はぁ…。」


 徳は何度目かのため息をついた。


 徳に残された道は二つだ。一つは信繁と鈴が結ばれつつも、肩書だけの正妻として敦賀城(つるがじょう)で過ごさせてもらう。それか、信繁と鈴が結ばれる際に、穏便に婚約破棄をするか、のこの二つ。

 鈴の登場により、徳は信繁と自身が結ばれるという期待は捨てた。二人の様子からしてきっと小説の内容は変えられない。信繁と鈴が結ばれることは決まっているのだ。しかし、大谷家の存続を考えると、できれば婚約破棄は免れたい。

 どちらにしても、徳は恋人の婚約者という立場でありながら、鈴と良好な関係を保たなければならない。小説のように鈴に意地悪をするのではなく、信繁と結ばれるように手助けして、自身が信繁に対して気持ちがないことを理解してもらわなければならない。きっと、周りの行動や気持ちが変わらなくても、徳の行動が変われば、何かしら自分の未来は変わるだろう。

 幸いなことに、さすが小説の主人公と言うべきか。鈴は手放しで恋を応援したいと思える、とても性格の良い女の子であった。

 しかし、胸が痛む自分がいるのだ。



「大丈夫。大丈夫…。」




 徳は自分に言い聞かせる。



「私には、家族が…、敦賀城(つるがじょう)のみんながいる…。」

 徳がこの世界に来てからずっと頭の中にあったこと。それは、悪役令嬢となって家族や、城のものを不幸にするという結末だけは防ぎたいということだ。父のぬくもりを知り、敦賀城(つるがじょう)で家族当然の皆と関わり、どうしても皆を守りたいのだ。



「大丈夫。大丈夫…。もとの悪役令嬢的ポジションに戻っただけ…。」




 再び自身に言い聞かせるようにつぶやく。それでも、信繁の行動が思い出され、徳は胸が苦しくなる。信繁に触れられるたびに自覚してしまいそうになる気持ちがあるのだ。しかし、それに気づくことは許されない。――鈴に悟られることだけは防がなければならない。

 だからこそ信繁がむやみに触れてくるのが困るのだ。自分だけが意識してしまっている。きっと信繁は何も考えずに触れている。妹のようにしか思っていないだろう。

 





 再び目を閉じる。



「お願いだから、揺さぶらないで…。」


 目を閉じると、クールそうで以外にもよく笑う信繁の笑顔が浮かんできてしまう。


 徳の中で気づきそうだった気持ちは、何重にも蓋をされ、心の奥底に鍵をかけてしまい込まれた。










◇◇◇◇◇◇



「主様ー。入りますよー。」

 真田家の陣屋の一室。その主の部屋の襖をいつものごとく返事を聞く前に入る従者。

「…なんだ。」

 部屋の主も慣れたもので、もはや指摘する気も起きないらしい。刀の手入れをしながら手は止めずに話を促す。

「父上君は了承してくれました?」

「あぁ。名護屋城の近くにいたほうが、秀吉様のもとへ早く行けると言ったらすぐに許可してくれた。」

「んじゃ、明日からは姫さんの近くだね。」

「そうだな。」

「嬉しい?」

「…は?」

 やっと信繁の手が止まり、視線が刀から佐助へ移動する。

「だって、なんだかんだ半年以上会えなかったからね。久しぶりじゃん。それに、なんだか前に会った時よりも姫さん大人っぽくなったよね。」

「…そうだな。」

 信繁は最近婚約者となった徳を思い出す。薄香とも蜂蜜色とも言えない輝く絹糸のような髪をもつ、儚げな容姿と裏腹に意志の強い瞳を持つ少女。


「…佐助の気持ちが分かった気がする。」

「ん?」

 ぼーっとしているなと思えば、急につぶやきだした主に佐助は聞き返した。

「…婚約者になったからなのか、前よりもかわいく思えたり、他の男といると心配というか、イライラするようになった。」

「………えーっと、…姫さんの話?」

「あぁ。いつもお前が千代殿のことがかわいいだの心配だの言っているのをうるさいなと思いながら聞いていたが、お前の気持ちが分かった。」

「…は?え、うるさいなって思って聞いてたの?って、そこじゃなくてっ!…えっ?…何言ってんの?」

「何って、お前がいつも言っているだろう。可愛すぎて心配だって。」

「いや、そういうことじゃなくって、…は?どういうこと?」

「いや、お前がどういうことだ?」

 真剣に意味が分からないというような表情をしている信繁を見て、佐助は思わず叫んでしまう。


「いやいやいやいや!それとこれとは違うでしょ!何言ってんの!?」

「は?何が違うんだ?」

「おれのは家族愛だから!主様たちとは違うじゃん!?」

「俺たちも家族になるんだぞ?」

「いや、だから、それが違うんだって!おれ達は兄妹だけど、あんたら夫婦じゃん!?おれは千代といちゃいちゃしたいとは思わないよ!?」

「は?お前と千代殿は一緒に居るときは膝の間に入れてたり、頭撫でたり抱擁してたりするじゃないか。むしろ、仲良すぎだろ。」

「……。」

 確かにそうだった。佐助と千代はお互いがシスコン・ブラコンなのだ。スキンシップは多いほうだ。佐助は言い返せなくなるが、絶対に自分らの感情とは違うと思う。――が、事実信繁が徳のことをどう思っているのか分からないため、下手気なことは言えない。


「…なぜか触れたくなる。いや、これは前からだったか…?」

「…それが、家族愛だと…?」

「違うのか?」

「…。」

「城へ参城する前に大谷陣屋へ行くから、明日は早い。そろそろ休もう。」


(――これは…、姫さんも鈴も大変だな…。)


 自身の主が意外にも恋の類が苦手なのだと悟った佐助は、女子(おなご)二人の今後を憂うのだった。



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