6話 大谷陣屋の妖(2)
「さて、じゃあ、姫さん、どうしよっか?」
「え?何がですか?」
「あんたの今日の寝床についてに決まっているだろう。」
信繁、佐助、二人に真剣なまなざしを向けられ、徳は戸惑う。
「へ…?私、ここで過ごしますけど…。」
「いやいやいや、何言ってんのさ。こんなところで一人にするわけないじゃん。」
「一度真田の陣屋に帰って、父上と兄上に今日はよそに泊まると伝えて来よう。後は、ソベイシをしばらく俺たちが使えるように頼んでみて…――」
「あ!あの!私でしたら本当に大丈夫です!」
信繁がどんどん話を進めていき、徳は焦る。鈴の目もあるし、徳の気持ち的にもあまり信繁にお世話になりたくないのだ。
「何を言っているんだ。屋敷で一人だなんて、あんたに何かあったらどうする。」
「いえ!あの、本当に大丈夫なんです!実は…――」
ぶわッ
その時、突風が吹いた。
「話は伺いました。徳様、わたくしからもお話させていただきます。」
「志野さん!」
「へ!?妖!?」
「…!」
突風とともに現れたのは、蛇女の志野だった。気品あふれるたたずまいだが、やはり髪はうねうねしている。
「こちらの陣屋の管理を任されております、蛇女の志野と申します。徳様の婚約者の真田信繁様でいらっしゃいますね?」
(――え!?…えぇええ!!??そんなことまで知ってるの…!?)
「吉継様が毎日のように徳様が嫁に行ってしまうと嘆かれておりましたので、名前も覚えてしまいました。」
「…。」
「…。」
本人目の前で少し気まずい。しかし、そんな二人を無視して志野は続ける。
「徳様が滞在する場所がないとお聞きしました。ぜひよろしければ、このままこの陣屋でお世話させていただきたく存じます。」
「そ!そうなんです!志野さんがここにおいてくれるっていうので、それに…甘えちゃおうかと思って…。」
気を取り直して信繁に話しかけるが、信繁は無言のまままっすぐ徳と志野を見つめる。何かを考えているようだが、無言のイケメンほど心臓に悪いものはない。思わず言葉が尻すぼみになってしまう。
「…しかし、それでも女子二人であろう。心配だ。」
「あら、わたくしの心配もしてくださるのですか?ふふ。でも心配には及びませんよ。――出てらっしゃいな。」
ジャリッ
志野の呼びかけと同時に、屋敷の奥から砂利を踏む音が聞こえだす。すっかり日も暮れ、空は紺色、オレンジ、赤色のグラデーションが出来ている。この日没の黄昏時が、人間の視力が一番下がる時間帯だと言われているからなのだろうか。砂利を踏む音は確かに近づいてきているが、全体像が見えにくい。
ジャリッ
ジャリッ
ジャリッ
全体の形がぼんやりと見えてきた瞬間、一気に屋敷の奥が明るくなった。
――炎だ。
炎をまとった大きな車輪が徳らへ向かって転がってくる。
「わ!」
信繁が瞬時に徳の腕を引き、佐助が二人の前に出て苦無を構えた。
ザザザザザァァッ!!
――ドロンっ
「…。呼んだか?」
大きな車輪が徳らの目の前で男に変化した。――髪が燃えている、身体のいたるところに炎をまとった、腰布に括り袴だけの装いの男だ。
ジャリッ
ジャリッ
「もう、厘、徳様らが驚いてしまわれたじゃなですか!達磨坊主も早くなさい!」
ジャリジャリジャリジャリッ
暗闇からジャンプをしながら出てきたのは、高下駄を履いた、達磨に手足が生えたような妖。志野に叱られ、途中から短い脚を素早く動かし徳らの前にたどり着く。――徳が昼間見た妖だ。
「驚かせてしまって申し訳ありません。悪気はなかったのです。」
志野が眉を下げて謝るが、妖慣れしている徳も驚いたのだ。信繁も佐助も茫然としている。
「…いや、なんていうか…。」
「…これぞ妖、という感じだな。」
「うん。そんな感じ。」
太郎坊も二郎坊も見た目は人間とさほど変わらなかったのだ。志野を含め異形を初めて目にしたのだから、驚くのも無理はない。
「…怖いですか?」
徳は気になって声をかけた。見た目が人間と違う妖など敦賀城には五万といる。信繁に受け入れてもらえるかが徳は心配になってしまう。
(わがままかもしれないけど…、信繁様が私のことを好きにならなくても…、妖たちは受け入れてほしい…。)
「いや、不思議と怖くはないな。」
「…そうだね。おれも思った以上に警戒しないみたい…。」
徳がほっとすると同時に、急に目の前が暗くなる。
「わ!えっ!?」
「…そこの炎をまとっている男…、とりあえず、上を着てもらおうか。姫の目に悪い。」
気づけば徳は信繁の胸に押し付けられていたのだ。状況を把握した瞬間、羞恥で顔から火が出そうになる。
「ちょっ!ちょっと信繁様!何するんですか!?」
「婚約はしているとはいえ、嫁入り前の娘が男の裸を見るもんじゃない。」
「男の人の裸より今の状況の方が恥ずかしいです!」
「あらあら。申し訳ございません。」
背後で志野の楽しそうな声が聞こえ、さらに徳は恥ずかしくなる。
(――だから、なんでこの男はこんなにくっ付いてくるの…!?――)
「ちょっと、信繁様!距離感おかしいですって!」
「何がおかしい?」
「…っ!?」
(本気で言ってるの!?こんなにくっ付いておかしくない訳ないじゃないっ!!??)
キッと徳は横目で佐助を睨む。
「佐助さんからも言ってやってください!女の子にむやみに近寄り過ぎだって!」
「んん!?いや、信繁様は女の子にあまり近寄らないよ…?」
「じゃあ、この距離感何なんですか!?近すぎるでしょ!」
「え?いやー、まぁ…。」
佐助の煮え切らない返事に徳はイライラする。
(鈴ちゃんが居ながら、なんでこの男はこんなにくっ付いてくるのさ!?)
「ほらほら、厘も上着を羽織ました故。挨拶させてくださいな。」
その言葉を聞いた瞬間、信繁が徳を解放した。
「男の人の上裸を見たぐらいで、何ともありませんよ!」
「は?何を言っている。もう少し恥じらいを持て。」
「いや!さっきの方が恥ずかしいからっ…!!」
「仲がよろしいのですね。でも、痴話げんかはここまでにしてくださいな。」
「なっ…!痴話げんかとかじゃなくってっ!」
「ふふ。挨拶させてくださいまし。これからしばらく共に過ごすのですから。」
志野に変な勘違いをされてそうだが、話を進められたため、徳は口をはさめなくなってしまう。
「このものが火車の厘です。主に警備をしております。口数は少ないですが、仕事はきちんとこなしますゆえご安心ください。」
「…徳もこの屋敷もちゃんと守る…。」
そう静かにつぶやく姿は、先ほど勢いよく転がってきたとは思えないほどだ。信繁に言われ、今は小袖を羽織っているが、帯を使用していないため、彫刻のように引き締まった胸元や美しい腹筋が見えている。まぁ、先ほどよりも肌が見える面積は減ったのは確かだ。
「そして、このものが達磨坊主。何をしているわけでもないのですが、住み着いているので、ご一緒させていただいております。しゃべれないのですが、文字を示してくれます。それで意思疎通をおはかりください。」
紹介された後、達磨の顔の下。赤い部分。人間でいうと腹に当たる部分なのだろうか。そこに次々と文字が浮かんできた。
『皆』
『宜しく』
『徳』
『歓迎』
「か、かわいい…。」
「「え?」」
文字で意思表示する妖に初めて出会った徳は、先ほどの苛立ちを一気に忘れる。達磨の部分からいかつい手足が生えていたとしても、なんだかかわいく思えてしまい、達磨坊主に駆け寄り頭を撫でる。するとさらに文字が浮かびあがった。
『照』
「あー!かわいい!癒しっ!」
徳は思わず達磨坊主に抱き着く。もとより赤い達磨がさらに赤くなる。
「ふふ。…そして私、志野が家事全般を務めております。徳様が滞在して不便はないでしょう。安心していただいて結構でございます。
――ようこそお越しくださいました。わたくしらの主、徳姫様。」
そう言って志野を先頭に、厘、達磨坊主が恭しく徳へ頭を下げた。




