決戦に向けて
────────そこにあるのは、複数の〝天幕〟そして、〝見慣れた制服〟たち
……なるほど
隼人は一瞬の判断で地に身体を伏せる。
もちろん、眼下の人々に見つからない為だ。
本能による脊髄反射に近い速度である。
更に隼人は、うつ伏せのまま、手と足を器用に動かして後進する。
腹が岩に削られる不快感があるが、この際仕方ない。
後退により、眼下から見えるのは彼の顔の上半分だけとなった事だろう。
隼人の隠密性が上がった瞬間である。
遠距離射撃を得意とする隼人にとっては、〝隠密〟も必須技能の一つであった。
彼は天幕は後に回し、その数倍の数はいる制服集団へと意識を集中させる。
その一部だけが解像度を増していく世界で、複数の制服以外はぼやけていく。
見えた……!
急いで数を確認する。
制服集団は大きく分けて二種類。
その片方は見ただけでその正体が分かる。
入学して間もない時期ではあるが、それでも〝顔〟を見れば分かる程度の認識はできる。
数は4人。彼らはラバウル校の教官であった。
ダークスーツと、その隠しきれない雰囲気は少数ながらもその存在感を示している。
それと────微かな殺気。
熟練者であるにも関わらず、彼らからは隠しきれない殺気が漏れている。
更に、視界の解像度をあげる。
教官以外の全てがぼやけた。
服、その所々に土汚れが見える。
……なるほど
小さな笑みと共に、隼人のそれは確信へと変わった。
次の集団。彼ら(?)の数はおそらく50程度。
体格は教官等に比べ頼りなく、気配も小さい。
彼らの共通点は制服以外にもう一つ、その誰もが黒塗りのヘルメットを被っている。
顔を隠すためか……?
何にせよ、見た目、雰囲気からするに彼らの正体は脱落済みの学生であろう。
だが、これだと直前の解に納得が出来ない。顔を隠す以外の用途がある……と、警戒するに越したことはないだろう。
────……っ!?
はるか眼下に動きが見えた。上昇気流である。
突風の速さに目が追いつかない。感覚も一点集中の弊害で反応が遅れている。
きた……っ!
それでも飛行機乗りの〝勘〟がその到来を告げる。
穴内に吹き込む風に、前髪が後方へと流され、おでこまでもが丸見えとなる。
────ズッ
布の擦れる音が聞こえる。
風の圧力で、既に身体は数十センチ後退させられている。
────重い────
しかし、身体にかかる鉛のような重さとは違う。
これは、深海に潜った時に味わえるであろう、三次元からの絶対的圧力。
地に伏せた態勢は、それが〝突風〟に対する正式な対応のように思われる。
不思議と違和感はない。
突風、それとは生物そのものの格が違っている。
「ここで見たことは黙っていろ」
突風────圧倒的雰囲気を纏った〝そいつ〟は単刀直入に話題をきりだした。
「あれは……なんだ? 場合によってはこちらの対応を決めたいが、もしかしてあれは……────っ」
その先は、更に強まった圧力によって強制的に打ち切られる。
口封じ、その文字が頭を駆け抜けた。
戦う? 逃げる?
手っ取り早い、選択肢が現れる。この場合、迷っている暇はない。
取り敢えず、留まるのを避けるために脳が運動神経へ伝達しようとする。
圧力。その絶対的恐怖が、その信号を阻害させる。
「もう一度言う、他言無用だ。……────が、しかし、これを見つけたことへの報酬は考えないでもない。 ある程度の要求なら聞こう」
〝従わなければ、今死ぬだけだが〟
そう言われたように聞こえたのは全く間違いではないだろう。
報酬と言ったか────
隼人の思考が切り替わる。
助かる手段があるのなら、みすみす見逃すのは無能だ。
それに、目の前の彼は明らかに教官側の人間。その権力を信じるのであれば、これほどのチャンスはない。
「特定人物との1対1は可能か?」
しばらく迷った末に、隼人の口は開いた。
質問の選択を迷っていた訳ではない。それが可能だった場合の覚悟についての迷いだった。
しかし、今隼人の眼は真っ直ぐに、何処までも真っ直ぐに前を見ている。
来襲者との間に一瞬の沈黙が訪れる。
おそらく思考したのであろうが、ポーカーフェイスに目立った変化は見られない。
だから、口が開かれるのにも予備動作はなかった。
「私が隼人君の代理として相手へアポを取ることは可能だ。 しかし、相手が1対1を了承する、味方の不可侵までは権限の範囲外だ」
「それで、十分だ。日時は7日目 午前8時」
「了解した。 それでは先方にはそう伝えよう。 では、誰に?」
沈黙、そう言うよりはより軽く、明るい時間が流れる。
一度眼をつぶり、再び開かれたその眼には確信と、……そして、自信に満ちた光があった。
「疾風────第一小隊二番機 小山 疾風、……彼へお伝えください」
丁寧な、だからこその冷静さと、それを押さえつける気迫がこもっている。
この一瞬、突風との圧力は著しく、そして確かに拮抗した。
「────それでは私はこの場を去らせていただく、邪魔したな」
気迫を恐れたのか、彼の返答は一拍遅れていた。
一拍、この場が空であれば一瞬先の未来を失う時間である。
「待って下さい、片方だけが正体を知っているのは些か礼儀にかけているのでは?」
静かな気迫のまま、隼人の声は紡がれる。
三方向を壁に阻まれた穴の中で、彼の声は反響しない。
重く、柔軟性を持つ声は、壁に当たり、────溶け込む。
「ラバウル校 校長秘書────デゲン。立場上本名はあかせない」
一言、最低限の一言を言ったにも関わらず、彼の足は動かない。
初めて彼のポーカーフェイスに変化が見られた。
眼の奥が揺れていた。思考しているのであろうか?
今彼の口が一度開き、閉じる。そして、再度口が開いた時、その言葉はでた。
「デゲンはドイツ語で剣を意味する。学校の経営組織、〝財閥〟その一つ、『九州方面開発組織』通称『ラバウル』その社長秘書兼護衛。」
「戦前から続き、戦中に確立した、真に日本を動かす組織等だ。────翼を求めるのなら覚えておくといい」
言葉が穴を通るのを感じると、彼の姿はもう消えていた。
帰るか
言葉は穴で反響した。当たり前の事である。
あれは夢だったのか? そのような疑問はわかない。確かにあれはあったことなのだ。
隼人の足が反転する。彼が向かうのは、坑道の出口であり、最後の戦いへの入口となる場所だ。
時間は決まっている。場所は決めなくていい、奴は必ず待っているだろう。
上方、そこにあるのは坑道の天井。
その間の空間全てを通過し、隼人の眼は頂上を捕らえている。
必ず、……────墜す!




