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澄清の翼  作者: 幸桜
第1章 サバイバル
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決戦に向けて

 

  ────────そこにあるのは、複数の〝天幕〟そして、〝見慣れた制服〟たち



  ……なるほど



  隼人は一瞬の判断で地に身体を伏せる。

  もちろん、眼下の人々に見つからない為だ。


  本能による脊髄反射に近い速度である。


  更に隼人は、うつ伏せのまま、手と足を器用に動かして後進する。

  腹が岩に削られる不快感があるが、この際仕方ない。


  後退により、眼下から見えるのは彼の顔の上半分だけとなった事だろう。

  隼人の隠密性が上がった瞬間である。


  遠距離射撃を得意とする隼人にとっては、〝隠密〟も必須技能の一つであった。



  彼は天幕は後に回し、その数倍の数はいる制服集団へと意識を集中させる。

  その一部だけが解像度を増していく世界で、複数の制服以外はぼやけていく。


  見えた……!


  急いで数を確認する。

  制服集団は大きく分けて二種類。


  その片方は見ただけでその正体が分かる。

  入学して間もない時期ではあるが、それでも〝顔〟を見れば分かる程度の認識はできる。

  数は4人。彼らはラバウル校の教官であった。


  ダークスーツと、その隠しきれない雰囲気は少数ながらもその存在感を示している。


  それと────微かな殺気。

  熟練者であるにも関わらず、彼らからは隠しきれない殺気が漏れている。


  更に、視界の解像度をあげる。

  教官以外の全てがぼやけた。


  服、その所々に土汚れが見える。



 ……なるほど



  小さな笑みと共に、隼人のそれは確信へと変わった。



 

  次の集団。彼ら(?)の数はおそらく50程度。

  体格は教官等に比べ頼りなく、気配も小さい。


  彼らの共通点は制服以外にもう一つ、その誰もが黒塗りのヘルメットを被っている。



  顔を隠すためか……?



  何にせよ、見た目、雰囲気からするに彼らの正体は脱落済みの学生であろう。



  だが、これだと直前の解に納得が出来ない。顔を隠す以外の用途がある……と、警戒するに越したことはないだろう。



  ────……っ!?


  はるか眼下に動きが見えた。上昇気流である。


  突風の速さに目が追いつかない。感覚も一点集中の弊害で反応が遅れている。



  きた……っ!



  それでも飛行機乗りの〝勘〟がその到来を告げる。


  穴内に吹き込む風に、前髪が後方へと流され、おでこまでもが丸見えとなる。


  ────ズッ


  布の擦れる音が聞こえる。

  風の圧力で、既に身体は数十センチ後退させられている。


 

  ────重い────



  しかし、身体にかかる鉛のような重さとは違う。


  これは、深海に潜った時に味わえるであろう、三次元からの絶対的圧力。


  地に伏せた態勢は、それが〝突風〟に対する正式な対応のように思われる。

  不思議と違和感はない。


  突風、それとは生物そのものの格が違っている。



 「ここで見たことは黙っていろ」


  突風────圧倒的雰囲気を纏った〝そいつ〟は単刀直入に話題をきりだした。



 「あれは……なんだ? 場合によってはこちらの対応を決めたいが、もしかしてあれは……────っ」



  その先は、更に強まった圧力によって強制的に打ち切られる。


  口封じ、その文字が頭を駆け抜けた。

 

  戦う? 逃げる?


  手っ取り早い、選択肢が現れる。この場合、迷っている暇はない。

  取り敢えず、留まるのを避けるために脳が運動神経へ伝達しようとする。


  圧力。その絶対的恐怖が、その信号を阻害させる。



 「もう一度言う、他言無用だ。……────が、しかし、これを見つけたことへの報酬は考えないでもない。 ある程度の要求なら聞こう」



  〝従わなければ、今死ぬだけだが〟

  そう言われたように聞こえたのは全く間違いではないだろう。



  報酬と言ったか────



  隼人の思考が切り替わる。

  助かる手段があるのなら、みすみす見逃すのは無能だ。


  それに、目の前の彼は明らかに教官側の人間。その権力を信じるのであれば、これほどのチャンスはない。



 「特定人物との1対1は可能か?」



  しばらく迷った末に、隼人の口は開いた。

 

  質問の選択を迷っていた訳ではない。それが可能だった場合の覚悟についての迷いだった。


  しかし、今隼人の眼は真っ直ぐに、何処までも真っ直ぐに前を見ている。



  来襲者との間に一瞬の沈黙が訪れる。

  おそらく思考したのであろうが、ポーカーフェイスに目立った変化は見られない。


  だから、口が開かれるのにも予備動作はなかった。


 「私が隼人君の代理として相手へアポを取ることは可能だ。 しかし、相手が1対1を了承する、味方の不可侵までは権限の範囲外だ」


 「それで、十分だ。日時は7日目 午前8時」


 「了解した。 それでは先方にはそう伝えよう。 では、誰に?」


  沈黙、そう言うよりはより軽く、明るい時間が流れる。

  一度眼をつぶり、再び開かれたその眼には確信と、……そして、自信に満ちた光があった。


 「疾風────第一小隊二番機 小山 疾風、……彼へお伝えください」


  丁寧な、だからこその冷静さと、それを押さえつける気迫がこもっている。


  この一瞬、突風との圧力は著しく、そして確かに拮抗した。


 「────それでは私はこの場を去らせていただく、邪魔したな」


  気迫を恐れたのか、彼の返答は一拍遅れていた。

  一拍、この場が空であれば一瞬先の未来を失う時間である。


 「待って下さい、片方だけが正体を知っているのは些か礼儀にかけているのでは?」

 

  静かな気迫のまま、隼人の声は紡がれる。


  三方向を壁に阻まれた穴の中で、彼の声は反響しない。

  重く、柔軟性を持つ声は、壁に当たり、────溶け込む。


 「ラバウル校 校長秘書────デゲン。立場上本名はあかせない」


  一言、最低限の一言を言ったにも関わらず、彼の足は動かない。

  初めて彼のポーカーフェイスに変化が見られた。


  眼の奥が揺れていた。思考しているのであろうか?


  今彼の口が一度開き、閉じる。そして、再度口が開いた時、その言葉はでた。


 「デゲンはドイツ語で剣を意味する。学校の経営組織、〝財閥〟その一つ、『九州方面開発組織』通称『ラバウル』その社長秘書兼護衛。」

 「戦前から続き、戦中に確立した、真に日本を動かす組織等だ。────翼を求めるのなら覚えておくといい」


  言葉が穴を通るのを感じると、彼の姿はもう消えていた。

 


  帰るか



  言葉は穴で反響した。当たり前の事である。

  あれは夢だったのか? そのような疑問はわかない。確かにあれはあったことなのだ。


  隼人の足が反転する。彼が向かうのは、坑道の出口であり、最後の戦いへの入口となる場所だ。


  時間は決まっている。場所は決めなくていい、奴は必ず待っているだろう。


  上方、そこにあるのは坑道の天井。

  その間の空間全てを通過し、隼人の眼は頂上を捕らえている。





  必ず、……────墜す!



 

 

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