一番星
7日目 早朝 山の麓 某地点
大木にナイフで刻ませた文字
〝我、安息日の八時、翼を広げる〟
★
────『安息日?……謎かけか』
────『おそらく意味は7日目。天地創造の考えの一つで、神が世界を作る際、7日目に休息をとったことにかけているのかと』
────『まぁ、総攻撃の決行日としては最高の皮肉よね』
順に陽空、夜空、葵で交わされた言葉が妙に懐かしい。
────『どうして八時はそのままなのかな?』
その後に続いた陽空の純粋な疑問は、彼の尊厳を守るために記憶からとばす予定である。
……けっ、決して、……はっ、隼人を馬鹿とは、言ってないっ! ……からねっ!?
神は6日間で〝世界〟を創った。私たちは〝家族〟を創った。
日本にはこう言う言葉がある。
『月月火水木金金』
休みたいなら、時間を創れ。
空に月が昇り始める
★
進行形で続く更なる緊張感が、ただでさえ長い時の流れをより一層遅くしている。
それを見たのが半日前、私……私たちには分かる。
一匹の狼により刻まれた大きな文字。
爪痕。一見几帳面な字、しかし、その一画一画は深く大きい。
書いたものの意志がひしひしも伝わる。
滾る思いを隠しきれず、その爪、牙を鈍く光らせているだろう。
「隼人、……────ご武運を」
やっと絞り出した声は、隣に座る彼女には聞こえただろう。
しかし、彼女────ケイリーはその夜空の言葉を優しく受け止める。
小隊長だから! しっかりしなくちゃ! 私こそが!
そのような気持ちが完全に消えたわけではもちろん無い。
けど、それが占める心の区域は明らかに縮小している。
自分なりに 個性を生かして 精一杯に
その想いの塊が今の夜空であり、第九小隊だ。
出会ってまもない、隼人、零、ケイリー。
何故か、何年も前から知っているかのように彼らの笑顔は私を和ませる。
私たちは家族だ。
その繋がりは、血ではない。
空。その共通の憧れ
翼。その共通の目標
儚く、弱い繋がりは〝家族〟という括りによって強固なものとなる。
信じ、信じれられる。限りなき信頼が〝常の編隊〟を創り出す。
左隣、四番機の彼女は、今は形を崩し、小隊長の横に並んでいる。
────後ろ
振り返ると、そこには二番機、三番機が控えている。
幻想なのだろう、けれどその存在は確かに感じられる。
〝常の編隊〟
作戦は昨日の夜に通達されている。
今回の作戦は多方向同時攻撃作戦。
Bチームは2人、もしくは3人で組を作り各自判断で動くことになっている。
狙いは敵の分断。
チーム力で明らかに劣るのは、前回の戦闘で経験済みである。
それなら求める解は単純明解。
個対個による真剣勝負。
しかしこの作戦は単純でありながらも、Bチームにとっては現在最有力の手であるのは間違いない。
Bチームの個の有力戦闘力は主に陽空、葵、夜空、ケイリー。
対する、Aチームは事前情報では第一小隊、小林 直、小山 疾風を含む4人。
中央防衛に重きをおく指揮系統を踏まえれば、敵拠点間近にまで行かない限り、戦闘はこちら有利となるだろう。
よって、勝負所は敵拠点付近。
その戦闘の行方は〝隼人〟にかかっていた。
戦闘開始は7時50分。
予定時刻が10分早まったのは、少しでも隼人の行動に制約を無くさせるため。
彼を集中させる為にも、せめて周りの場作りくらいは頑張りたい。
──── 敵が少ない方が良いのは当然である
その主観的には〝優しい〟感情は表に溢れ、ケイリーに届く。
────しかし、主観と客観は時に大きな相違を生む
ケイリーの肌を冷たいものが撫でた。目には見えない。
でも、確かに感じた殺気。
〝昼の夜〟がそこにある。
客観、及びケイリー視点において、その夜は狼の背景を照らす〝月〟であり、つまりは、場を静かに盛り上げる濃厚な〝殺気〟であった。
〝殺気〟の標的にケイリーはいない、その当たり前を胸に刻む。
そうしなければ飲まれそうな濃密な気。
……だからこそ。
味方にいる限り、気に飲み込まれず、その〝月〟を支える一部である限り、ケイリーに負ける気はしない。
夜空が夜を創り、味方を包む夜であるならば、そしたら私は
────一番星となる
月とともに、夜を照らし、道を示す。そんな一番星。
7時48分
ノイズがはしる。
無線だ。既に場の緊張は限界まで張り詰めている。
後は……ほんの少し……何気ない衝撃が引き金となる。
『────こちら陽空』
凛としたアルト声が緊張の線に乗り、戦場へ、戦士へと伝達される。
森は静まり返り、風さえもその空気に遠慮する。
『これより、中央指揮は無くなります。後の基本指揮は小隊ごとに移行します。────但し、最終目的は敵拠点の占拠です。それだけは肝に銘じてください』
激情の中の冷静。それが今の陽空である。
一度、多数の部下を失い、逆に彼女の心は燃え上がり、その核は無念と後悔に凝縮される。
時は満ちた。無念は冷静さに、後悔は殺気となって彼女の核を暴れる。
核にヒビが入る
『突撃ィィィィィ!!!!』
核が弾けた。山の麓の一角が爆発する。
影二つ、先陣を切る〝二色の風〟
比べて小さな爆発が麓から続く。
狼煙だ。戦いの狼煙が上がる。
また小さな狼煙が加わる。
小さな小さな狼煙はされど最大の密度で高く高くどれより高く昇る。
その真下、夜が月が一番星が。
狼煙が太陽を遮り、大地が曇る。
唯一明るく美しい〝二色の風〟
一際暗く美しい〝夜〟
────決戦の火蓋が落とされた────




