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泣いた理由? 俺が美しかったからだ  作者: 塚上


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9/11

第九話 価値を見せてみろ

 気付けば勝負を持ちかけていた。自分でもらしくない行動だと思う。


 だが、目の前の男を見ていると放っておけなかった。


 ――藍川秋冬。


 身長は真田より低い。体格も細身だ。単純なフィジカルだけなら差は明らかだった。


 ……それでも。


 どこか得体の知れない迫力がある。


 細いだけではない。無駄を削ぎ落としたような身体つき。少なくとも何らかの鍛錬は積んでいる。


 そして何より――無駄にイケメンだった。


「勝負だと?」


「ああ。他の体験者と同じ十球勝負だ」


 体験入部に来る人間のほとんどは素人か経験者程度。即戦力になる人材など滅多にいない。


 だからこそ今日は力を抑えて投げていた。正直なところ、少し物足りなさも感じている。


「断る」


「断るの⁉︎」


 隣にいた女子生徒が悲鳴のような声を上げた。


 真田も思わず眉をひそめる。あれだけ好き放題言っておきながら断るとは。


「さすがにこの人数を前に怖気づいたか?」


 軽く挑発してみる。中学時代にも口だけの人間はいた。


 大口を叩くくせに結果を示せない者。


 自分を信じきれず途中で消えていく者。


 どれだけ偉そうなことを言っても、証明できなければただのホラ吹きだ。


「怖気づく? 何の話だ?」


「……言葉の通りだが」


 すると藍川は周囲を見回した。


「その考えはよく分からないな」


 そして。


「これだけの観衆が俺だけを見ている。――何とも最高の気分じゃないか」


(こ、こいつ……)


 真田は絶句した。


 藍川の表情は変わらない。強がりではない。虚勢でもない。


 本気でそう思っている。


 観衆を前にして緊張するどころか、むしろ歓迎しているのだ。


「なら、何故勝負を避ける?」


「結果が見えているからだ」


 藍川は当然のように答える。


「他にも希望者がいる。そちらに時間を使うべきだろう」


「お前……」


 つまり。


 勝つのは自分だと。だから勝負する意味がないと言いたいらしい。


 ここまで堂々と断言されると逆に清々しい。……いや、やはり腹が立つ。


「逃げるのか?」


「逃げる理由がないな」


「じゃあ受けろよ」


「断る」


「こ、断るな!」


 周囲から笑いが起きた。真田はもちろん藍川も至って真面目なのだが周囲にはおかしく見えているのか。野球部員や見学者たちの声が届く。


「やれよー!」


「面白そうじゃん!」


「真田と勝負しろ!」


 好き勝手な声が飛ぶ。だが藍川は全く気にしていない。周囲の歓声も野次も、まるで届いていないかのようだった。


「俺は見世物ではない」


「十分目立ってるだろ」


「俺は美しいから仕方ない」


「何なんだよお前……」


 ここまでくると口先だけのやつとは違うように思えてくる。何がこの藍川の自信に繋がっているのか。尚更興味が湧いてくる。


「あ、藍川君。その、せっかくだしやってみたら?」


 隣にいる女子は小柄だった。前髪で目元が隠れ気味で、どこか自信なさそうな雰囲気を纏っている。藍川と比較すれば地味で暗そうな見た目。対極にいるような女子である。


「阿井紬まで言うのか」


「だ、だってみんな期待してるし……それに」


 周りのヤジと小さな声ということもあり聞き取りづらい。だが次の一言はしっかりと届く。


「な、何事も経験、なんでしょ?」


(こ、この女……俺との勝負を経験だと?)


 地味な女子だと思っていたが、阿井も阿井で十分失礼なやつである。……どこまでも侮辱するつもりか。


「ふむ、確かに一理あるな」


(⁉︎ な、納得しただとッ⁉︎)


 何かを測るような視線。ずっと目の前にいたはずなのに初めて認識されたような感覚。


「お前は本気で野球をやっているようだな」


「当たり前だ」


「なら少し興味が湧いた」


 近くで捲し立てていた野球部員からバットを拝借する藍川。勝負を承諾したと判断されたのか周りが盛り上がる。


「お前の価値を見せてみろ」


 グラウンドがざわつく。


 プロ注目の真田直哉。


 そして正体不明の一年生、藍川秋冬。


 誰もがこれから始まる勝負に注目していた。




****




 ヘルメットを被り、バットの感覚を確かめている藍川。


「被らなくていい。――意味がないからな」


「いや、普段と同じ状況じゃないと力を発揮できないだろ?」


「お、お前……」


 何を言っているんだ、こいつは。


 藍川が入ったのは左打席だった。構えに特徴はない。


 強いて言うなら、教科書に載っていそうなほど綺麗なフォームだった。


(そういえば頭が良かったんだったな)


 だが教本通りにやれば野球が上手くなるわけではない。そんなことができるなら誰も苦労しない。少し知識を齧っただけの優等生。


 そんな印象だった。だからこそ――現実を教えてやる。


 真田は静かに振りかぶった。もちろん全力ではない。だが先程までの体験入部とは違う。手加減はしても、舐めるつもりはなかった。


 ――ストレート。


 ――ど真ん中。


 言い訳のできない一球。


 藍川のバットが動く。


 次の瞬間だった。


 ――カキィィン!!


 甲高い打球音がグラウンドに響き渡る。


「……は?」


 真田の口から間抜けな声が漏れた。


 打球は高々と舞い上がる。


 ライト方向。


 一直線。


 誰が見ても疑いようのない当たりだった。


 やがてボールはグラウンド外への飛球を防ぐネットへ激突する。


 球場ならスタンドまで届いていても不思議ではない。そんな一撃だった。


 グラウンドが静まり返る。


 野球部員も。


 見学者たちも。


 誰一人として声を出せなかった。


「どうした?」


 藍川は何事もなかったかのようにバットを肩へ担ぐ。


「百四十キロ出ていないぞ」


「この、やろう……!」


 ただの偶然だ。経験者なら一球くらいはまぐれがある。


 問題は次だ。次も打てるのか。そして、その次も。


 真田直哉はボールを握り直した。


 初めてだった。一球でここまで闘争心を刺激されたのは。


 ――面白い。

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