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泣いた理由? 俺が美しかったからだ  作者: 塚上


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第八話 プロ注目の一年生

 文芸部を後にした二人。阿井は満足そうな表情を浮かべていた。


「いい部活だったね。ここなら頑張れそう……」


 一方の藍川は意外そうな表情。


「文芸部から執筆の誘いを受けるとは思わなかった」


 ふむ、と藍川が考え込む。もしかしたら何か思うところでもあったのだろうか。


「最高顧問就任の話は保留にしておこう」


「誰も要請してないよ」


 この藍川という人物は、自分を過大評価するだけでなく、物事を都合よく解釈するきらいもある。


 そもそもだが、最高顧問などという単語は一度も出てきていない。


 他はともかく、文芸部だけでは暴走させないよう注意しなければ。阿井が密かに決意を固めていると、どこからか歓声が聞こえてきた。


 窓の外を覗くと、グラウンドの方が妙に騒がしい。大勢の生徒が集まっていた。


「野球部だな。青葉高校の部活動ではトップクラスの実績を残している」


「人気なんだね……。あ、そういえばプロ注目の一年生がいるって聞いたような」


「初耳だな」


「えっと……噂です。友達いないから」


「なるほどな」


 高校生活二日目。


 まだ焦るような時期ではないのかもしれないが、今のところ友達になれそうな相手はいない。


 文芸部の人たちは友達というより、これから入部した場合の先輩や部活仲間だろう。


(もしかして、入学してからまともに会話したのって藍川君だけ?)


 特定の誰かと会話ができるだけでも、中学時代の自分からすれば快挙だった。


 だが、その相手が藍川なのは果たしてどうなのだろう。しかも向こうからすれば友達ではなく、ライバル認定されている。


「阿井紬は野球に興味があるのか?」


「ううん。ルールとかよく分からないし。お父さんがたまに見てるくらいかな」


 野球どころか運動部そのものに縁がない。


 内気な自分とは、一生関わることのない世界だと思っている。


「そうか。なら少し視察に行くか」


「し、視察?」


「何事も経験だろう。知らないまま終わらせるのはもったいない」


 そう言うと藍川は当然のように昇降口へ向かって歩き出した。


 言いたいことは分かる。だが阿井にとって野球部はあまりにも縁遠い存在だった。


 運動は得意ではない。大勢で騒ぐのも苦手だ。何より、野球部員たちと自然に会話している自分が想像できない。


 それでも――。


 グラウンドから聞こえる歓声が、少しだけ気になった。


「ま、待ってよぉ」


 阿井は慌てて藍川の後を追いかけた。




****




 グラウンドには大勢の生徒が集まっていた。部活動体験を希望する者もいるようだが、大半は見学目的のギャラリーである。


「す、凄い人数だね……」


「先程の噂は本当なのかもしれないな」


 プロ注目の一年生。野球に興味がなくても、『プロ』という言葉は人を惹きつける。


『プロ注目の一年生、真田直哉(さなだなおや)と対戦したい人は他にいるか? 今しかチャンスはないぞー!』


 メガホンを手にした野球部員が声を張り上げる。どうやら真田という選手を目玉として活用しているらしい。


 新入部員の勧誘。野球部の宣伝。ついでに女子マネージャーも募集中とのことだった。


「身長百八十センチ近くの右腕か」


「見ただけで分かるんだ……」


 マウンドでは真田が体験入部の生徒を相手に投球していた。同じ一年生のはずだが、どこか漂う雰囲気が違う。


「さすがに力は抑えているようだが――百四十キロは出るな」


「……それって凄いの?」


「高校三年生なら珍しくない。だが一年生なら相当だ」


 爽やかなスポーツマン。そんな印象だった。


 離れた場所からでも分かる鍛え上げられた体格。

 真っ直ぐ伸びた背筋。

 堂々とした立ち振る舞い。


 少なくとも阿井とは住む世界が違うように見えた。そんな真田の視線が、不意にこちらへ向いた。


(何だあの目立つイケメンは……いや、あいつは入学式で)


「せっかくだ。阿井紬も体験したらどうだ?」


「⁉︎ む、無理無理無理! 野球やったことないし、ルールも分からないよ!」


 ブンブンと首を振る阿井。自分のような素人が飛び込んでも失敗するだけ。周囲の空気を白けさせ台無しにするのがオチだ。


「そ、それなら藍川君こそどう⁉︎ ライバルが欲しいって言ってたよね?」


「遠慮しておこう。好敵手は同じ土俵でなければ成立しない」


「私は土俵違いだよ!」


 ギャラリーの後方にいるはずなのにやけに目立つイケメン。阿井はともかく藍川の言葉は無駄に響く。


「彼らには彼らの世界がある。大人気ない行動は控えるべきだぞ」


「藍川君にだけは言われたくない!」


(あ、あいつら勝手いいやがる!)


 真田直哉。


 春には球速が百四十キロへ到達した。複数のスカウトも視察に訪れている。


 だからといって、自分を天才だと思ったことはない。上には上がいる。プロになれる保証もない。


 ――それでも。


 積み重ねてきた努力だけは誰にも否定させるつもりはなかった。


 そして何より――。


 初対面の相手に見下される覚えもない。真田直哉はこれまでの野球人生で驕ったことがない。


 何キロも走った。

 何時間も練習した。

 何球も投げた。


 過信はないが自らを過小評価するつもりもない。


「プロが評価しているのは本当だろう」


 藍川は真田を見る。


「だが俺が評価した覚えはない」


「またそういうこと言って。……ちょっと藍川君、まずいよぉ」


 周囲の空気が変わっていた。見物人たちの視線は藍川へ集まっていた。その隣にいる阿井まで巻き添えを食っている。

 

 彼らはプロ注目の真田を見に来ているのだ。ミーハーと言われればそれまでだが、こうも真っ向から否定されると自分たちまで無碍にされたと感じてしまうのだろう。


「俺は俺よりも格下に何かを求めたりはしない。ライバルというのは互いの成長を後押しする存在だ」


「⁉︎ ちょっと藍川君! 落ち着いて、ね!」


 気付けば真田の足は二人へ向かっていた。


 十年以上、野球だけに心血を注いできた真田直哉。


 入学式で俺は美しいと訳の分からないことを言い涙を流す変なイケメン。


 ――負けるはずがない。


 真田はゆっくりと二人の前まで歩いてきた。


「そこまで言うなら」


 その視線が藍川を射抜く。


「俺と勝負しないか?」

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