第七話 伝記、文芸部へ行く
私立青葉高校文芸部。部員数六名。
主な活動内容は小説や詩の執筆、読書会、部誌の発行などである。
阿井にとっては、今回紹介された部活動の中で最も興味を惹かれた場所だった。
――本来なら。
「諸君。歓迎しよう」
文芸部の教室へ足を踏み入れた瞬間。
藍川が何故か前へ出た。自分が主人だと言わんばかりの振る舞いである。
「いや君は歓迎される側だからね⁉︎」
阿井が慌ててツッコむと室内にいた上級生たちの視線が一斉に集まった。
「……新入生?」
「多分」
「何で仕切ってるの?」
「さぁ……」
困惑が広がっていく。当然である。
まだ入部すらしていない一年生が堂々と歓迎すると言っているのだから。
「俺は藍川秋冬」
藍川は胸を張った。
「未来の文芸界を担う存在だ」
「帰りたい……」
阿井は小さくため息を吐いた。どこへ行っても藍川は藍川らしい。
「えっと、あなたたちは入部希望者かしら?」
「少し違うな。俺に相応しい部活かを見極めに来た」
「もう、静かにしてよ!」
小声とはいえ、人を制止するほど強く言ったのは久しぶりだった。
「え、えっと、文芸部に興味がありまして」
「それはよかった。じゃあ、あっちのテーブルで話そうか」
来客用として用意されているブースへ案内される二人。これなら人見知りの阿井も落ち着いて話が聞ける。
「わ、私は……」
「彼女は文芸部の部長で三年の白峰詩乃だ」
「当たり前のように把握してるよ……」
何故か藍川が仲人のようにそれぞれの人物紹介を始めてしまう。まるでお見合いのようである……もちろん阿井に経験はないが。
「安心しろ。部長以外は把握していない」
「安心できる要素あるかなぁ……」
白峰が苦笑いしていると、お茶を用意した別の部員がやってくる。
「……彼が例の人じゃないですか」
「例の?」
「ほら、部活動紹介で生徒会に目をつけられてた」
「ふっ、みんな俺のことが大好きだな」
「違うから」
生徒会に目を付けられていたとは驚きである。生徒会だからといって凄い権限を持っているわけではないだろう。だが要注意人物として警戒されてプラスになることはないのだ。せめて阿井は無関係だと主張したい……無理だと思うが。
「それで阿井さんは……小説を読んだり書いたりするのかな?」
「は、はい! 読むのは大好きです。しょ、将来的には執筆もしてみたいと」
「それはいいじゃない。阿井さんみたいな子もいるからきっと馴染めると思うよ」
「よ、良かった……」
ふうと安心する阿井。本格的なレベルでの活動が行われていれば、それなりの質が求められることになる。書くことが初心者の自分が排斥されることはなさそうで安堵する。
「それで君は……」
「俺は入部希望者ではない。まずはこれを見てほしい」
鞄から出されたのは一冊の書物『藍川秋冬伝記』である。……まさか本当に読んでもらうためにわざわざ来たのか。発想が恐ろしすぎる。
「白峰さん。これって噂の宗教本ですよ。まさか教祖が直接出向いて来るなんて」
「教祖? 人違いじゃないか。俺は藍川秋冬だ」
「ま、まぁせっかくだし読んでみようかな」
「お気をつけて……」
中々に刺激があることを阿井は知っている。止めたい気持ちはあるが、下手なことをして藍川が暴走しては敵わない。ここは二人に任せようと見守ることにする。
「何々……『世界は祝福に包まれた』……は、はあ?」
「あ、頭が理解を拒んでいます」
伝記を開く白峰と覗き込む部員。一ページ目で怪訝な表情を浮かべる部長と顔を顰める部員の構図。
「私にはレベルが高いようです」
二年生の部員は数ページで限界を迎えたらしい。あまりの濃さにやられてしまったのかフラフラと離れていく。部長のみが静かに読み進める。
「あ、あの、ご無理をなさらない方が……」
「俺の美しさにやられてしまうこともある」
「そんな書物を学校で配布しないでよ……」
伝記を踏破した阿井は実は凄いのではないかと思う。取り柄のない自分にも、初めて胸を張れることがあるのかもしれない――いや、そんなわけなかった。読破したことを話せば全校にあっという間に広まってしまう。信者第一号の汚名返上が叶わなくなる。
「……これは本当に君が書いたのかい?」
「当然だ。筆者は俺。監修も俺。モデルは言わずもがな俺だ。さらに出版社にも協力させている」
「協力してもらった、じゃないんだ……」
半分ほど読んで伝記を閉じる白峰。目頭をほぐす様子から相当疲弊したことが伺える。
「内容はそうだね……私には難しかった」
「で、ですよね」
「だけど」
藍川と、そして何故か阿井の目をしっかりと見つめて次の句を述べる。文芸部部長としての賞賛と、書き手としての悔しさが混じっているように見えた。
「内容はともかく――文章は上手いよ」
「え?」
「少なくとも高校生が趣味で書いた文章には見えない」
「……うそ」
「比喩も構成もちゃんとしてる。内容が全部藍川君だから誤魔化されてるだけで」
まさかの部長お墨付きである。苦行だとばかり思っていた。だが、自分より経験のある白峰先輩がそう言うのなら、本当に凄いのかもしれない。
「藍川君だったね。どうかな。本気で執筆に取り組む気はないかい?」
「俺の伝記を執筆中だが?」
「……それ以外だよ。一般文芸やライトノベルはどうかな?」
褒められただけではなくスカウトまでされている。もしかして藍川秋冬という人物はおかしいだけではなく、文才があるのだろうか。
「遠慮しよう。何故ならどんな想像も実在する俺を超えることは不可能だからだ」
「そっか……悪かったね。でも気が変わったらいつでもおいで。できれば私たち三年生が引退する前にね」
手渡される入部届は阿井の分のみ。口では言いつつも藍川が文芸部に来ることがないと分かっているのだろう。
「阿井さんは意思が固まったらよろしくね」
「は、はい」
そう返事をしながら、阿井は手元の入部届を見つめる。
――初めてだった。ここなら居てもいいのかもしれない。そう思えたのは。
――その隣で。
藍川は満足そうに頷いていた。
「伝記は文芸部に寄付しよう」
「……あ、嫌な予感」
「それは文芸部の手本となるだろう。精進するといい」
「ならないから!」
阿井のツッコミとともに、文芸部見学は幕を閉じた。




