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泣いた理由? 俺が美しかったからだ  作者: 塚上


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第六話 俺のための部活動紹介

 ホームルーム終了後。


 藍川秋冬は腕を組み、真剣な表情で考え込んでいた。


「ど、どうしたの?」


 阿井が恐る恐る声を掛ける。本質的にまだ人と話すこと自体が苦手なのだ。


 まして相手は藍川秋冬。


 変人でイケメンで自信過剰という、阿井が最も対処法を知らないタイプだった。


「問題が発生した」


「問題?」


「部活動名が決まらない」


「ほ、本当に作る気だったの⁉︎」


 阿井は思わず声を上げた。


 新入生が部活動を立ち上げようとしている。その行動力だけは素直に凄いと思う……方向性はともかく。


「俺による、俺のための、俺の部活動だ」


「そ、そうですか……」


「研究会か」


 藍川が指を一本立てる。


「ファンクラブか」


 二本目。


「あるいは藍川秋冬そのものか」


「最後は何なの⁉︎」


 もはや部活動名ですらない。


 阿井は頭を抱えた。


 入学二日目。まだ友達すらできていないのに、精神的疲労だけは順調に積み重なっている。


 そんな二人のもとへ鈴木教諭がやって来た。


「ほら、移動するよ」


「移動?」


「午後から部活動紹介だろう?」


 そうだった。


 高校生活を大きく左右するかもしれない一大イベント。


 上級生たちによる部活動紹介である。


「よし、俺が体育館まで案内しよう。みんな俺に続け」


「だから何で君が先導するのさ」


 そんなやり取りをしているうちに、一年生たちは体育館へ到着した。


 すでに館内には大勢の上級生たちが集まっている。


 揃いのユニフォームを着た運動部。


 楽器や作品を手にした文化部。


 どの部活も新入生を迎えるため準備に追われていた。


(すごい……)


 阿井は思わず周囲を見回した。


 中学とは比べ物にならない人数。


 それぞれが自分たちの部活をアピールするため真剣な表情を浮かべている。高校生になったのだと、今さらながら実感が湧いてきた。


「なるほど」


 隣で藍川が小さく呟く。


「……何が?」


「安心した」


「へ?」


「阿井紬以外に目ぼしい存在はいないな」


「何を見て判断したの⁉︎」


 一年生の間で藍川はすでに「関わってはいけない人物」として認識されていた。


 問題は、その相方として阿井まで認知され始めていることである。


(このままじゃまずいよぉ……)


 だが出席番号の都合上、席だけでなく並び順も前後。


 離れたくても離れられない。


 そもそも距離を取ろうとしても、藍川の方から当然のように話しかけてくる。


 しかも話題は決まっていた。


 藍川秋冬がいかに素晴らしい人物であるか。


 毎回新しいエピソード付きである。


(何でそんなにネタがあるの……?)


 阿井は密かに戦慄していた。


『次は野球部の紹介です』


 司会の声とともに、壇上へ野球部員たちが現れる。


 活動内容や実績、練習方針などが次々と説明されていく。名門というほどではないが、それなりの強豪らしい。


「私立青葉高校。全校生徒約六百人。地元では比較的評判の良い進学校だな」


「……急に学校紹介が始まったよ」


「野球部は県内上位の実力校。全国常連ではないが、毎年安定して結果を出している」


「詳しいねぇ……」


「サッカー部と陸上部も同様だ」


 藍川は壇上を眺めながら続ける。


「バスケ部とテニス部は今ひとつだな」


「急に辛口になった⁉︎」


 阿井は思わず振り返った。


 部活動紹介より詳細な解説が後方から飛んできている。


 各部活が良い部分をアピールするのは当然だ。


 だが藍川は一切の忖度なく、知っている情報を淡々と並べていく。


 周囲の生徒たちも、いつの間にか紹介より藍川の解説へ意識を向け始めていた。


(何でそんなに詳しいの……?)


 理由は不明だが、とにかく詳しいのだ。


「運動部は他にもあるが、どちらかと言えば楽しむことを重視した部が多いな。――それではナンバーワンにはなれない」


「わ、私は別に一番じゃなくても……楽しければいいかな」


 藍川秋冬という人物は、とにかく自分がトップでなければ気が済まないらしい。


 だが部活動の本質はチームプレイだ。


 競技にもよるが、どれだけ個人が優れていても頂点へ辿り着くのは簡単ではない。


「文化部だと吹奏楽部や演劇部あたりが有力だろうか」


「そうなんだ。……ちなみに文芸部はどうかな?」


「文芸部、美術部、写真部は飛躍する可能性がある」


「! そ、そうなんだ。少し覗いてみようかな……」


 阿井の表情が少しだけ明るくなる。


 小説を書くのは好きだ。


 誰かと話すのは苦手でも、本を読むことや物語を考えることは嫌いではない。


「――俺がモデルになれば大賞は確実だ」


「発想が大物すぎる……」


 いくらモデルや被写体が良くても、作品の出来は作り手次第ではないだろうか。


 そんな考えが頭をよぎる。


 だが藍川相手に反論するのは危険だ。話題を広げれば、本人が本気でモデル活動を始めかねない。勝手にする分には構わないが、巻き込まれでもしたら大火傷してしまう。


『続いて吹奏楽部です』


 舞台へ上がった部員たちが楽器を構える。


 体育館に美しい音色が響き渡り、新入生たちから小さなどよめきが起こった。


「すごい……」


 阿井が思わず呟く。


「昨年は県大会金賞。今年も有力候補だな」


「何でそんなことまで知ってるの?」


「調べた」


「それで済ませていい情報量かなぁ……」


 藍川は当然のように頷いた。


 その姿に周囲の生徒たちも引いている。


 だが本人はまるで気付いていなかった。


『部員数は現在五十三名です』


「木管が少し弱いな」


「分かるの⁉︎」


「音で分かる」


 阿井には全く分からなかった。そもそも木管楽器が何なのかも怪しい。


 そんな会話をしていると、前方の席から誰かが振り返った。


「お前、吹奏楽経験者なのか?」


 見れば制服のネクタイが異なる。


 二年生だった。


「違う」


「じゃあ何で分かるんだよ」


「俺だからだ」


「はぁ?」


 何を言っているんだこいつ――。


 上級生はそんな表情を浮かべた。


 阿井は知らない相手が会話へ加わったことで、すっかり萎縮してしまっている。


「野球部は県大会ベスト4。今年はさらに上を狙えるだろうな」


「……何で分かるんだ?」


「打撃が良い」


「見てもないだろ」


「陸上部は短距離が強い。だが負傷者の多さが気になる」


「それも調べたのか?」


「当然だ」


 藍川は即答した。


 まるで常識を語るかのように。


「吹奏楽部は三年生の割合が高い。新入部員を確保しなければ数年後に苦労するだろう」


「お前、本当に何者なんだ……?」


「藍川秋冬だ」


「「「……」」」


 質問の答えになっていない。だが藍川本人は大真面目だった。


 結局、それ以上追及されることはなく、部活動紹介は最後まで続いた。


 陸上部、サッカー部、バスケ部。


 そして締めを務めた生徒会まで。


 何故か最後の方は生徒会役員から警戒するような視線を向けられていた気がする。


 きっと気のせいだろう。そういうことにしておきたい。


「それでは、これより部活動見学の時間となります」


 司会の声が体育館へ響く。


 その瞬間、新入生たちの空気が変わった。


 興味のある部活へ向かう者。


 友人と相談する者。


 まだ決めかねている者。


 様々な思惑を抱えながら、生徒たちは一斉に立ち上がる。高校生活を左右するかもしれない時間が始まろうとしていた。


「どこへ行くんだ阿井紬?」


「えっと……文芸部かな」


「なるほど」


 藍川は満足そうに頷いた。


「ならば俺も同行しよう」


「え?」


「俺の伝記について意見を聞く必要がある」


(やっぱり帰りたい……)

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