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泣いた理由? 俺が美しかったからだ  作者: 塚上


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第四話 教祖と信者第一号

 入学式を終えた翌日。


 まだ着慣れていない制服を身につけた新入生と、見慣れた制服の在校生たちが入り混じりながら登校している。新入生はこれから始まる高校生活への期待と不安を胸に抱き、在校生は新たな後輩たちに興味を向けていた。


 話題の中心は当然ながら新入生だ。


「ねえ聞いた? 一年生で初日からやらかした子がいるらしいよ」


「聞いた聞いた。なんか自作のポエムをみんなに配ってるらしいね」


「……マジか。ヤバいな。俺は代表挨拶で泣き出した奴がいるって話を聞いたぞ」


「噂の美少女もいるらしいし、今年は面白くなりそうだな」


 新入生の話題がここまで広がるのも珍しい。中学時代に部活動で好成績を収めた生徒の名前が挙がることはあっても、ゴシップめいた噂が出回ることはそう多くない。


「とんでもないイケメンもいるらしいぞ」


「俺が聞いたのは教祖みたいな奴がいるって話だな」


 噂だけを聞けば、今年の新入生には相当な曲者が揃っているらしい。


 一体どんな人物なのか。在校生たちは早くお目にかかりたいと考えていた。


 もっとも、その願いは予想以上に早く叶うことになる。


「『藍川秋冬伝記 第一巻』好評につき重版となった。是非手に取ってくれ」


「「「いた!?」」」


 校門の前で『藍川秋冬伝記』なる書籍を配布している男子生徒がいた。制服と胸元の校章から新入生であることは分かる。


 誰が見ても超絶美男子。


 だが同時に、言動があまりにも変質的だった。


「この俺が俺のために書いた俺の伝記だ。俺の魅力を再確認する助けになるだろう」


「何故なら筆者は俺であり、モデルも俺だからな」


「ちなみに監修も俺だ」


「「「俺が多すぎる!」」」


 それなりの広さを誇る校門だが、生徒たちは端へ寄りながら通っていた。そのせいでちょっとした渋滞まで発生している。


 理由は単純だ。


 遠目から眺める分には構わない。だが、絶対に関わりたくない。


 誰もがそう考えていた。


「安心するといい。例え人気が爆発したとしても、金を取るつもりはない」


「何故なら俺は金持ちだからな」


 無駄に良い美声もあってか、マイクがないにも関わらず声はしっかりと耳に届く。


 姿勢は良く、動きには無駄がない。


 堂々としたその様子は、まるで何かの演説をしているかのようだった。


 ――悪目立ちしていた。


 重版という言葉に嘘はないのだろう。


 積み上げられた大量の伝記からは、急いで増刷したことが見て取れる。


 だが、誰一人として近付こうとはしなかった。


 新入生は顔を伏せる。


 A組の生徒に至っては、見なかったことにするように校舎へ駆け込んでいく者までいるほどだった。


 そんな人の波に乗ることができなかった女子生徒が一人。


 身体を縮こませながら歩くのは、藍川と同じクラスの阿井紬である。


(高校生活二日目も飛ばしてる……)


 昨日のこともあり、今日こそは前向きに頑張ろうと思っていた。


 だが、藍川は頑張るどころかさらにおかしくなっていた。


 ……いや、元からおかしかったのかもしれないが。


 昨日の言動と今日の発言からして、本人は本気で伝記が好評だったと思っているのだろう。


 少し読めば分かる。


 あれはお世辞にも良い本とは言えない。


 真面目に読めば読者の頭がおかしくなりそうな、悪魔の書物である。


(や、やっぱり読んだことは黙っておこうかな)


 こんな状況なら、『藍川秋冬伝記』の話題についていけなくても構わない気がしてくる。


 というか、誰も話題にしないのではないだろうか。


 先ほど校舎へ駆け込んでいったクラスメイトたちを見れば、それくらいは察せる。


 同じA組だと認識されるだけでも火傷ものだ。


(み、見つからないようにしないと。だ、大丈夫。私の影の薄さは達人級だから!)


 ただでさえマイナススタートなのだ。


 これ以上のデバフを受ければ、阿井の高校生活は終わってしまう。


 入学二日目にして灰色の青春。


 そんなのは嫌すぎる。


「……ん? そこにいるのは阿井紬(あいつむぎ)ではないか」


(⁉︎ 認知されてる⁉︎ 何でぇ!)


 藍川がこちらを見た瞬間、周囲の視線まで一斉に集まった。


 阿井の周囲だけ、人の流れが不自然に途切れる。


 まるで見えない壁でもできたかのようだった。


 ……渋滞はさらに悪化した。


「俺の永遠のライバルにして好敵手。まさかこんな場所で邂逅するとはな」


(何がライバルなの⁉︎ 登校してるんだから校門で会うのは当然だよ!)


 阿井はその場で固まった。


 藍川へ向けられていた注目が、そのまま自分にも降りかかっている。


 意味が分からない。


 とにかく否定しなければと思うのに、口が動かなかった。


 こんな大勢から注目を浴びれば、阿井は簡単に機能停止する。


「そんな場所で立ち止まるのは感心しないな。通行の邪魔になる」


(あなただけには言われたくないけどッ!)


 仕方なく――本当に不本意ながら――阿井は藍川のもとへ向かう。


 太陽の光を浴びて輝く変人優等生イケメンに、阿井は生まれて初めて殺意を抱いた。


「おはよう。気持ちの良い朝だな」


「……おはよう。あ、藍川君は何をしてるの?」


 見れば分かる。


 だが、もしかしたら何かの間違いかもしれない。


 そんな僅かな希望を胸に返答を待つ。


「俺の伝記を学校の生徒に配布していたところだ」


「そ、そうなんだ……」


 やっぱりそうですよね。


 阿井は心の中だけで呟いた。


 昔からそうだった。都合の悪い事実ほど覆らない。


「君のような熱心な読者の影響からなのか、重版となってな。俺自身も驚いている。まさか三冊も求められるとは思わなかったよ」


「⁉︎」


(求めてない! 求めてないよ⁉︎ 藍川君が勝手に押し付けてきたんだよ!)


 勢いよく首を振る。


 だが、阿井の心の叫びが藍川に届くことはない。


 そして無駄に発音の良い透き通った声は、周囲の生徒たちの耳にもしっかり届いていた。


「あれを三冊だと?」


「有り得ない……イカれてやがる」


(マズい、マズいよ⁉︎ 変な噂になってる!)


 経験上、阿井には分かる。悪い噂ほど広まるのは早い。


 小学生の頃、図書室で借りた本が少し変わった内容だっただけで、「阿井さんは魔術の勉強をしているらしい」という噂が流れたことがあった。


 もちろん事実ではない。


 ただ表紙に古代文明だの錬金術だの書かれていただけだ。


 だが噂というものは恐ろしい。


 気付けば「魔法陣を描いていた」「深夜に儀式をしている」「使い魔を飼っている」など尾ひれが付き、卒業する頃には何故か禁術の研究者扱いされていた。


 あの時ですらここまで酷くはなかった。


 なのに今は――。


「信者第一号か……」


(ランクアップしてるぅぅぅっ⁉︎)


マズいかもしれない。


 このままでは教祖の信者として認識されてしまう。

 いい加減、このイケメンをどうにかしなければ。


「と、ところで、そろそろ教室に行った方がいいと思うけど」


「理由を聞こうか」


「それは、その……もういい時間だし。今日の流れも確認しておいた方がいいかなって……」


 語尾がどんどん弱くなっていく。

 中学時代、阿井は男子とまともに会話した経験がほとんどなかった。


 というより、人との会話そのものが少なかった。

 誰かに意見する機会など、なおさらない。

 つまり慣れていないのだ。


「それもそうか……しかし参ったな。配布が思うように進んでいない。昨日はあれだけ好調だったのにな」


「な、なんでだろうね……あはは」


 乾いた笑いが漏れる。


 さすがの藍川でも気付いてしまうかもしれない。

 配布が進まないのは、単純に需要がないからだと。


(……もしかして傷付くのかな?)


 伝記を作った動機は明らかにおかしい。


 それでも、自分で作った本が誰にも手に取られないのは悲しいだろう。


 仮に阿井が書いた小説がネットで総スカンを食らえば、一週間は引きずる自信がある。


「そうか……みんな照れているのか?」


「はい……?」


「俺本人が俺の伝記を直接配っているんだ。恐れ多くなってしまうのも無理はない」


「そ、そっか……」


「配慮が足りなかったようだな」


「「「絶対違う」」」


 自問自答の末、藍川は手早く荷物をまとめ始めた。


 学校指定の鞄とは別に用意されたスーツケースへ、『藍川秋冬伝記』を次々としまっていく。


 ……見間違いでなければ、まだかなり在庫が残っていた。


「何をしている、阿井紬。ホームルームに遅れてしまうぞ」


「う、うん。そうだね……」


 藍川は空いている道を悠々と進んでいく。


 阿井もその後を追った。


 途中でこっそり距離を取ろうとするものの、そのたびに話しかけられて離脱できない。


 おまけにクラスメイトたちからは憐憫の眼差しまで向けられていた。


(あれ?)


(そういえば私……普通に会話できてる)


(なんでかな?)

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