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泣いた理由? 俺が美しかったからだ  作者: 塚上


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第二話 俺の好敵手が現れた

 入学式が一応は終わり、担任の先導で新入生たちはそれぞれの教室へ向かっていた。


 本来なら、どんなクラスメイトがいるのかと期待に胸を膨らませる場面だろう。


 だが、A組だけは様子が違った。


 何故か担任より前を堂々と歩く藍川秋冬。


 その危険人物から、クラス全員が目を離せずにいた。


(あいつとだけは隣になりたくねえ……)


(話しかけられたら高校生活が終わる)


「A組の諸君、こちらだ。ついてきてくれ」


「……藍川くん。何で君が先導してるんだい?」


「問題ありません。学校の構造は入学前に予習済みです」


「問題しかないよ。何で新入生が詳しいんだい?」


 ため息を吐いたのは、A組担任の鈴木だった。教員二年目の若手教師である。


 優秀な生徒が集まると聞き、受け持ちを楽しみにしていたのは入学式が始まる前まで。


(これ、絶対押し付けられたよね……)


 そんな内心を隠しながら、鈴木は生徒たちを教室へと導いた。


「さぁ、席に着いて。しばらくは出席番号順だから」


 鈴木の一言で、生徒たちの命運は分かれた。

 名字が「あ行」に近い者は絶望し、それ以外の者は胸を撫で下ろす。


 今後の席替えという不安要素は残るものの、少なくとも今だけは平穏が約束された。


「俺の席はここだな。……一番前、素晴らしいじゃないか」


「藍川君、ちゃんと名簿を確認したかい? 君はその後ろだよ」


 スタイリッシュに着席した藍川へ、鈴木が待ったをかけた。


 藍川はこれまで常に出席番号一番だった。そのため今回も当然そうだと思い込んでいたのだ。


 しかし現実は非情だった。


阿井(あい)さんが困っているから、席を譲ってあげて」


「そんな馬鹿な。この俺が誰かの後ろだと?」


「出席番号に優劣はないからね」


 戦慄する藍川の前で、阿井は申し訳なさそうに席へ向かった。前髪を目元まで伸ばした、小動物のようにおどおどした少女。その姿は、常に自信満々な藍川とはあまりにも対照的である。


 周囲の生徒たちは、さっそく目を付けられて可哀想にと、憐憫の視線を送った。


 その後、鈴木から明日の予定について簡単な説明が行われた。


 あとは一人ずつ自己紹介を済ませれば、本日の予定は終了である。


「じゃあ出席番号順で。まずは阿井さんから」


 阿井はびくりと肩を震わせた。そして緊張した面持ちのまま席を立ち、教壇へ向かう。


「あ、あの……阿井紬(あいつむぎ)です」


 何か話さなければという焦りばかりが先行し、上手く言葉が出てこない。


 それでもクラスメイトたちの視線は彼女へ注がれ続ける。


「よ、よろしくおねがいし……お、おねがいしましゅっ!」


 ――盛大に噛んだ。

 もはや軌道修正など不可能なレベルである。


 教室に静寂が訪れる。

 沈黙に耐えられなかった誰かが吹き出した。それをきっかけに、教室は小さな笑いに包まれる。


 阿井は俯いたまま、自分の席へ戻っていった。


 一人の生徒が自己紹介で失敗した。ただそれだけのことだ。むしろ張り詰めていた空気が和らぎ、ほっとした者すらいた。


 だが、一人だけ違う捉え方をしている男がいた。


 藍川秋冬である。


 それは一種の危機感だった。


 常に主役であり続けてきた自分から、人々の視線を奪う存在が現れたのだ。


(この教室にはこの俺がいる)


(本来なら視線の中心は俺であるべきだ)


(なのに俺以外が注目を集めているだと――?)


 藍川秋冬という男は、常に一番だった。


 周囲の人間は舞台を彩る共演者。

 主役は自分。

 そう信じて疑ったことはない。


 だからこそ理解した。これまで自分がいた世界は狭かったのだと。

 世の中には、この藍川秋冬に匹敵する逸材が存在するのだと。


(面白い)


(つまり、この女は俺の好敵手か)


 当の阿井は席で小さくなりながら、今にも泣きそうな顔をしていた。


「はい、じゃあ次は――」


「俺が行く」


 鈴木の進行を遮るように、藍川が立ち上がった。


 宣言など関係ない。そもそも藍川は出席番号二番目。

 誰も突っ込まなかった。

 触れるな危険である。


「藍川秋冬だ」


 頼まれてもいないのに黒板へ名前を書く。大きく、そして達筆。それだけで凄みを感じる。


「趣味は俺を眺めることだ」


「特技も俺を眺めることだ」


「将来の夢は、より完成された俺になることだ」


「「「……」」」


(入学式だけじゃなかった!)


 新入生代表挨拶の場で目立とうとしただけの痛い奴かもしれない。そんな僅かな希望を抱いていた者もいた。


 ――だが、それは幻想だった。


 藍川秋冬は本物である。


「俺は今まで、俺以上の存在はもちろん、俺に匹敵する存在にすら出会ったことがない」


「俺は誰よりも素晴らしく、美しい。この事実は揺るがない」


「……だが」


 藍川が一度言葉を切る。

 教室に妙な緊張感が走った。


「もしも」


「万が一にも、この俺に追い縋る人物がいるのなら――」


「俺は光栄に思う」


 俺が多すぎて内容が頭に入ってこない。

 オレオレ詐欺でもここまで俺を連呼しないだろう。


「この俺と共に、高みを目指そうじゃないか」


 ――キラン。


 歯が輝いた気がした。


(決まった)


 本人だけは満足げだった。


 内容はともかく、絵にはなっている。

 黙っていれば絶世の美男子。

 だからこそ余計にもったいない。


 少なくとも部外者ならそう思っただろう。


 だが当事者であるA組の生徒たちは、それどころではなかった。


 席へ戻る途中、藍川が阿井へ視線を向ける。


 いや、向けるというより凝視していた。そして勝ち誇ったように口角を上げる。


(悪いが、ぽっと出のルーキーに俺は超えられない)


(⁉︎ なんか凄い変人イケメンが私を見てる! ご、ごめんなさい!)


 視線だけで会話する二人。


 もっとも、会話は一切成立していなかった。


「……えーと、みんなはこんなに長くなくていいからね。最初の自己紹介で三分も語る生徒、僕初めて見たよ」


「ヒーローですから」


「僕には悪役に見えるけど」


 その後は特にトラブルもなく自己紹介が進み、ホームルームは終了となった。


 予定のある生徒たちは足早に教室を後にしようとする。


 だが――。


「待ってくれ」


 藍川の一言で全員の足が止まった。

 嫌な予感しかしない。


 藍川は鞄の中へ手を伸ばす。


「興味がある者には約束通り配布しよう。――『藍川秋冬伝記』だ」


 ドサッ。


 机の上に積み上げられたのは、一冊の本だった。


 入学初日にもかかわらず、一人だけ異様に膨らんだ鞄を持っていた理由が今明らかになる。


 代表挨拶で語っていた、例の伝記である。


「心配することはない。人数分用意してある」


 心配しているのはそこではない。

 しかし誰も口には出せなかった。


 藍川は教室の出口へ陣取り、生徒一人ひとりに伝記を手渡していく。


 当然受け取るものだと言わんばかりの態度に、断る勇者は現れない。


「第一巻だ。続巻も楽しみにしていてくれ」


(いらねえ……)


 A組の心が一つになった瞬間である。


 無駄に作り込まれた『藍川秋冬伝記』を手に、生徒たちは頭を抱える。


 入学初日だというのに、A組には奇妙な連帯感が芽生えていた。


 ただ一人を除いて。


「ん?」


 藍川が足を止める。


「君には特別に三冊贈呈しよう」


「⁉︎ ふぇ?」


 阿井の腕に追加で二冊積まれた。


 ずしりとした重みに、思わず身体が傾く。


「ふっ、期待しているぞ」


 何をとは言わない。


 だが藍川は満足そうだった。やり切った表情で帰路につく。


 そしてA組の全員が思う。

 明日からの高校生活が不安で仕方なかった。――ただ一人を除いて。

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