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泣いた理由? 俺が美しかったからだ  作者: 塚上


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第一話 新入生代表は自分の顔に感動した

 入学式。春――出会いの季節。まだ肌寒さの残る体育館には、新入生たちが整然と並んでいる。その表情には、新しい高校生活への期待と、未知の環境への不安が入り混じっていた。


「なあ、聞いたかよ? 代表挨拶するやつのこと」


「いや、知らないけど」


 近くにいた男子生徒たちが、小声で噂話に興じていた。

 話を切り出した男子生徒は、上級生である兄から聞いた話を得意げに語り始める。


「試験満点で合格を決めた男子が代表挨拶するらしいぜ」


「……マジか。俺なんて受かっただけでも奇跡だったのに」


 入学式前の体育館では、あちこちで同じような会話が交わされていた。

 真偽も定かではない噂話だが、緊張を紛らわせるにはちょうどいい話題だった。


「他にもいるぜ。この辺じゃ有名な美少女とか、プロも注目してる野球部とか、芸能一家の子どもとか。今年の一年は濃いらしい」


「……俺も似たような話は聞いたな。ここ、普通の進学校だろ?」


「面白けりゃ何でもいいじゃねえか。しかも上級生にも美人が多いらしいぜ。お近づきになりたいもんだ」


「それが本音かよ」


 噂話に花を咲かせているうちに、入学式は始まった。

 校歌斉唱、校長の式辞、来賓の祝辞――。ありきたりな式次第が続いた後、司会の教員が次の項目を告げる。


「続いて、新入生代表挨拶」


 入学式そのものに心を躍らせている生徒は少ないだろう。だが、先ほど話題に上った秀才には誰もが興味を抱いていた。


 満点で合格を勝ち取ったという男子生徒。その人物がどのような容姿をしているのか、自然と視線が集まる。


藍川秋冬(あいかわしゅうとう)


「はい」


 返事とともに席を立った少年へ、自然と視線が集まる。


 登壇した男子生徒を一言で表すなら、線の細い美男子だった。


 万人受けする整った顔立ちに、柔和な声色。だが、そこに頼りなさはない。むしろ芯の通った強さが、その佇まいや言葉の端々から感じられる。


 つい先日まで中学生だったとは思えないほど堂々とした態度で、新入生代表の挨拶を進めていく。


 会場は知らず知らずのうちに彼へ引き込まれていた。


 数ある高校の入学式の一つに過ぎない。だが、この瞬間だけは確かに特別な熱を帯びていた。


「新しい環境に対する緊張で、身が引き締まる思いも感じて……」


 順調に進んでいた挨拶が、不意に止まった。


 単に言葉を噛んだわけではない。藍川は言葉を詰まらせ、そのまま俯いてしまう。


 どうしたのかと会場中が見守る中、彼の肩が小さく震え始めた。


 やがて頬を伝う涙が見え、会場がざわつく。

 しかし、そのざわめきに嘲笑の色はなかった。


 試験満点で入学した秀才とはいえ、彼もまた一人の高校生だ。受験の重圧や、この日を迎えるまでの苦労が込み上げてきたのだろうと、多くの者が考えていた。


――次の言葉を聞くまでは。


「……すまない。少し取り乱してしまった」


 挨拶用の丁寧な口調が崩れていることにも、誰も気づかなかった。


「代表として挨拶をする俺は――どうしてここまで美しいのかと感動していた」


「「「……」」」


 別の意味で会場が静まり返る。先ほどまでのざわめきは、一瞬で消え失せていた。


「朝起きる俺。シャワーを浴びる俺。着替える俺。食事をする俺。歩く俺。今日に至るまでの全ての俺は素晴らしい。だが、今の俺は俺史上でも屈指の美しさだった」


 同じ言語を話しているはずなのに、内容がまるで頭に入ってこない。


 新入生代表の藍川が、延々と「俺」を連呼している。


「俺がこの世に存在するだけでも素晴らしいというのに、君たちは学校生活をこの俺と共に過ごせるのだ。――光栄に思うがいい。そして俺から祝福を贈ろう」


 もはや新入生代表の挨拶は影も形もなかった。


 いつの間にか、藍川秋冬という人間がいかに素晴らしく、美しい存在であるかを、藍川本人が熱弁する謎の時間へと変貌している。


 好きなことになると早口になる人間は珍しくない。ただ、その対象が自分自身だっただけだ。


 新入生たちは揃って引いていた。


 それは人生経験豊富な教員たちも同様であり、来賓たちでさえ困惑を隠せずにいた。


「おっと、時間が過ぎるのは早いな。つい話し込んでしまった。すまない」


 それは挨拶が脱線したことへの謝罪ではない。


 予定時間を大幅に超過したことへの謝罪だった。


「俺は傲慢ではない。この程度の話で、俺という人間を理解してもらおうなどとは思っていない。興味がある者には『藍川秋冬伝記』を用意している。後ほど配布しよう」


 会場がざわつく。


「心配することはない。金は不要だ。何故なら俺は金という俗欲に縛られる存在ではないからな」


 締めの言葉に入ったかと思われたが、それからさらに五分ほど語り続けた末、ようやく新入生代表挨拶は終了した。


 もちろん、予定時間は大幅に超過している。


 藍川は満足げな表情で壇上を後にした。


 その背中からは、自らの挨拶が完璧だったという確信が滲み出ている。


 そして、この場にいる全員の胸に一つの共通認識が生まれていた。


 藍川秋冬はヤバい。


 関わってはいけない類の人間だと、誰もが悟った。


 「――一年A組」


 担任の声が響く。


「藍川秋冬」


 一瞬の静寂が訪れる。


(終わった)


 その場にいたA組の誰もが、同じことを思った。


「ふっ、光栄だな」


 ただ一人を除いて。

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