表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泣いた理由? 俺が美しかったからだ  作者: 塚上


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/21

第十八話 守れたもの

 翌日。月城は自分の席で悩んでいた。

 仲良くなりたいと思ったものの、実際のところ、どういう風に話しかければいいかのか分からなくなったのだ。


 中学デビュー当時は、様々なシチュエーションを想定して、振る舞いを意識しながら立ち回った。結果的に自然に人が集まるようになり友だちも増えたのだ。


 今思えば自分から友だち作りに走った記憶はないかもしれない。気が付いたら輪の中心にいる。それが月城だったから。


(……友だちになってください? なんか告白みたい)


 小学生ならともかく高校生でそれをやるのは難しい。かといって、待っていたところであちら側からの接触は絶対にない。阿井の性格なら基本は受け身だろうし、藍川に至ってはそもそも認識されていない。


(いやいや、落ち着いて。芸能人に声をかけるわけじゃないんだから)


 クラスメイトに話しかけるだけ。別に何もおかしくはない。これまでも普通にやっていたのだ。

 

 そう自分に言い聞かせて歩き出す。


 阿井は自席で何かを書いていた。かなり集中していることが分かる。机に向かう横顔は真剣そのもので、昨日泣いていた少女と同一人物には思えなかった。


(……頑張ってるな)


 予想通り藍川が何かフォローしたのだろう。この様子なら問題ないのかもしれない。……もちろん楽観視はしていない。心の傷がそう簡単に癒えないことを月城は知っている。


 藍川はまだ登校していないらしい。阿井の後ろは空いていた。……別にいたらダメということはないが、ハードルが高すぎるのも問題だろう。先ずは阿井から攻略しなければ。


 原稿用紙と向き合う姿に少しだけ見惚れてしまう。凝視しすぎたのか阿井の視線がこちらと重なる。


「ひゃっ⁉︎」


 阿井がビクッとなる。どうやら月城の存在に気付いたらしい。……驚くのはこちらも同じだった。


「ど、どうしたの?」


「い、いや、あの、見られてたので」


 ……まあ確かに誰かに凝視されていれば驚く気持ちは分かる、分かるのだがそんなに驚かなくてもいいのにと内心思う。


「何か、してしまいましたか?」


「何もしてないよ。おはよう。ただの挨拶だよ」


「お、おはよう……」


 何故かこの前より距離を取られている気がした。クラスメイトに敬語で会話されるのは初めてだった。


(……私の顔が怖いだなんて有り得ないし。今日も可愛いんだけどな)


 みんなの人気者だからといって、完璧ではないということか。阿井のようなタイプだと気後れしてしまうのかもしれない。……次からは気をつけよう。新たな学びだ。


「ごめんね急に話しかけて。迷惑だったかな?」


「う、ううん、そんなことは……」


 俯きながらキョロキョロと視線だけを動かしている……これは藍川が来るのを待っているな。


 この前までの月城ならモヤモヤしたかもしれないが、今はその仕草が少し可愛く感じてしまう。


「最近それ、よく書いてるなって思ったの」


「み、見てたんですか?」


「みんな知ってるよ? それだけ一生懸命なんだから」


「あうう……」


 恥ずかしいのか顔を赤くする阿井。没頭したら周りが見えなくなるのは、いかにも阿井らしい。


「完成したの?」


「う、うん。今は最後の手直しをしてて」


 ——良かった。本当に良かった。一時はどうなることかと思ったが、阿井は最後までやり遂げたらしい。ずっと見てたよ……なんて気持ち悪いことは言えないが、祝福したい気持ちが自然と出ていた。


「おめでとう」


「あ、ありがとうございます?」


「どうして疑問系なの? ふふ、阿井さんは面白いね」


 首を傾げる阿井。彼女の立場からすれば、関わりのないクラスメイトにお祝いされるなど、考えてもいなかったのだろう。


「その作品は誰かに見せるの?」


「ぶ、文芸部のみんなに……」


 それと藍川君にも、と小さく呟く阿井。近くにいた月城でなければ絶対に聞き取れなかった。ニマニマしてしまいそうになるがグッと堪える。人間関係は第一印象が大事。気持ち悪い子と思われるわけにもいかない。


「そっか……じゃあよかったら、私にも見せてほしいな」


「え、えぇ⁉︎ つ、月城さんに!」


「そんなに驚かなくても」


「だ、だって、天下の月城さんですよ。私みたいな影の住民に話しかけてくれるだけでも奇跡なのに」


 思った以上に美化されていた。だからあの距離感だったのか。……これは正していかなければ。


「大袈裟だよ。同じクラスメイトでしょ?」


「そ、そうだけど」


「もちろん無理強いはしないよ」


「いえ……嬉しい、です。ありがとうございます」


 控えめながらも嬉しさを噛み締めている阿井。何だか自分まで嬉しくなってしまう。


「こちらこそありがとね。時間がある時でいいからよろしくね」


 ここで会話を切り上げる月城。最初からグイグイ行き過ぎるのも逆効果である。少しずつ、着実に攻略しなければ。


 他のクラスメイトと談笑していると、藍川が教室へ入ってきた。今日も無駄にキラキラしているなと思いつつ視線で彼を追う。行き先は自分の机、つまり阿井のところである。


「あ、藍川君おはよう!」


「……おはよう。やけに元気だな」


「き、聞いてよ藍川君。あの月城さんに話しかけられたんだ! これで二回目だよ!」


 尻尾が生えているなら今頃ブンブンになっているであろう阿井。そんなに喜ばなくてもいいのにと、こちらが恥ずかしくなる。


「月城? ……架空の人物か?」


(⁉︎ か、架空……⁉︎)


「ち、違うよクラスメイトだよ⁉︎ ちゃんと実在してるから!」


 予想外すぎる反応に月城と阿井は混乱する。……いや、どうしてよ。


「阿井紬の純粋さは長所だろう。……だが、バーチャルと現実は切り分けて考えるべきだ」


「変な心配されてるッ⁉︎」


(私はバーチャル扱いされてるッ⁉︎)


 認識されないどころか現実に存在しないことになっていた。これでは一歩どころか後退している。早急に対策しなければ。


(……でも、良かった)


「? 彩乃ちゃん笑ってどうしたの?」


「ううん、何でもないよ」


 いつも通りの二人の関係が続いていることに、笑みが溢れてしまう月城だった。




****




 放課後。

 阿井が部室に入った瞬間、白峰が立ち上がった。


「阿井ちゃん待ってたよ!」


「はいッ⁉︎」


「完成した⁉︎」


「は、はい……」


 大事そうに抱えていた原稿用紙を差し出す。


 白峰は受け取ると、まるで宝物でも扱うように机へ置いた。


「おお……」


「ついに完成ね」


「記念すべき第一作だな」


 先輩たちが次々と集まってくる。活動日に進捗を都度共有していたからみんな知っていた。ただ、ここまで関心を持たれているとは思わなかった。


 阿井は居たたまれなくなり、小さく縮こまってしまう。やっぱり恥ずかしい。


「そ、そんな大したものじゃ……」


「書き上げること自体が凄いんだよ」


 部長の白峰が優しく言う。


「完成させた人だけが次に進めるんだから」


「……」


 その言葉が妙に胸へ響いた。


 完成した。


 これまでの阿井なら無理だった。独りの阿井なら到底辿り着けなかった。投げ出すことなく、諦めなかったのは間違いなく周囲の人たちのおかげだった。……恥ずかしくて面と向かっては言えないが。


「では……」


 全員が読み始める。部室が静かになる。紙をめくる音だけが聞こえる。


(うぅ……)


 書いた作品が目の前で読まれる。中々に恥ずかしい状況である。


 心臓がうるさい。逃げ出したい。今すぐ帰りたい。やっぱり読ませるんじゃなかったかもしれない。


 そんなことを考えているうちに、一人一人が顔を上げる。どうやら読み終わったらしい。


「面白かった」


「旅人と少女の掛け合い好き」


「初作品とは思えない」


「最後、結構好きかも」


 次々と飛んでくる感想に阿井は何度も瞬きを繰り返した。さすがに罵詈雑言が飛んでくるとまでは考えていなかったが、ここまで肯定されるとも思っていなかった。


「ほ、本当ですか……?」


「嘘なんてつかないよ。阿井ちゃんの作品、普通に良かったよ」


 素直に嬉しいが、褒められる経験のない阿井からすれば、どう反応すればいいのか分からない。褒められ慣れてないと言うべきか。


「……それはそうと」


 白峰がニヤリと笑った。


 嫌な予感がした。


「この旅人」


 嫌な予感がした。


「藍川君だよね?」


「違います!」


 即答だった。部室に笑いが広がる。


「嘘だあ。絶対そうだよ」


「そのまんまじゃん」


「俺もそう思った」


「違います!」


 阿井は必死に否定する。だが先輩たちは楽しそうだった。


「外の世界を知ってて」


「やたら自信満々で」


「謎にキラキラしてる」


「ついでに変人」


「しかも本人は自覚がない」


「違います!」


「じゃあ、どのあたりが違うのかな?」


「そ、それは……」


 おかしい。これは一体何の時間なのだろうか。本来なら小説の感想会のはずなのに、何故か阿井が尋問されている。文芸部六人対阿井一人。孤立無縁だった。


「旅人は、び、美形じゃありません!」


 部室は笑いに包まれる。必死になって考えた言い訳が全然通用しない。もはや説得力はなかった。


 すると別の先輩が口を開く。


「この少女は……阿井さんに似てるね?」


「ち、違います」


 図星だった。


 少女の不安も。迷いも。憧れも。

 全部、自分の中にあったものだから。


 その時だった。


 部室の扉が開く。


「失礼する」


 聞き慣れた声。阿井の身体が跳ねた。


「あ……」


「噂をすれば」


「本人来た」


 部員たちがニヤニヤし始める。

 藍川は意味が分からないらしく首を傾げた。


「何の話だ?」


「何でもないです!」


 阿井が慌てて遮る。これ以上は危険だった。


「そうか」


 藍川は特に気にした様子もなく席へ座る。視線の先には件の原稿用紙があった。


「完成したようだな」


「う、うん。みんなのおかげで」


 一番は藍川君のおかげ。


 恥ずかしくて言えないから、せめて心の中で言わせてもらう。


「問題ないなら読ませてもらおうか」


「は、はい!」


 部室が再び静かになる。先程まで騒いでいた先輩たちも見守っていた。


 藍川は真剣だった。


 一枚。また一枚。ゆっくり読み進めていく。阿井が書いた作品と本気で向き合ってくれている。それだけで嬉しかった。


 同時に阿井の心臓は限界だった。音が聞こえていないかと不安になるくらいドキドキしていた。


 やがて最後のページを読み終えた藍川が顔を上げる。


「良かった」


「……!」


 胸の奥が熱くなる。たった一言。それだけなのに嬉しかった。いや、嬉しいなんて言葉だけでは言い表せない。


「完成度が高い」


「う、うん……」


「初めての作品としては十分以上だろう」


 文芸部のみんなに褒められた時とはまた違う。藍川に認められたことが嬉しかった。他の誰でもない藍川だから、こんな気持ちになった。


「ただ……」


 身構える阿井。

 藍川は忖度したりしない。悪いことは悪いとハッキリという人間だ。


 今後の為にもしっかりと耳を傾ける。


「旅人がキャラとして弱いな」


「うん」


「もっと俺を参考にすべきだ」


「……はい?」


 何か変な言葉が聞こえた気がする。


「主人公の成長を導く存在としては物足りない」


「うん?」


「俺のように博識で」


「……うん?」


「俺のように美しく」


「……」


「俺のように素晴らしくあるべきだ」


 これは何のダメ出しなのか、もはやクレームではないだろうか。


「つまりだ。旅人ではなく、この藍川秋冬を登場させるべきだと思う」


「そ、そっか……」


 言えない。あなたをほんの少しだけモデルにしたのが旅人だとは。

 それを分かっているのか、白峰たちは先程から笑いを堪えている……先輩だけど今は腹立たしい。


「案ずるな。俺で良ければいつでも力になろう」


「……ちなみにどんな?」


「俺のことは俺が世界で一番知っている。何故なら俺は俺を愛しているからな。それを阿井紬にも伝えよう」


「き、機会があれば……」


 真面目に聞いた自分がバカバカしくなってしまった。これが冗談なら笑って終わりでいいのだが、藍川は間違いなく本気で言っている。先輩たちの笑いがドン引きに変わるくらいに本気で言っている。


「さて、そろそろ失礼させてもらおう」


 変な空気を作った張本人は、気にすることなく部室から出ていく。本当にただ阿井の小説を読みに来ただけだったらしい。……嬉しいことは嬉しいが、何かが違う。


 ——部室の扉を潜るその瞬間。最後に藍川が一言を告げる。


「良かったな。大切なものを守れて」


「!」


 胸の奥が熱くなる。もう、何も言えなかった。誰に対する言葉だったのか。考えるまでもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ