第十三話 クラスメイトらしい
部活動体験期間も終わり、新入生たちも少しずつ高校生活に慣れ始めていた。
一年A組も例外ではない。
誰と誰が仲が良いのか。誰が目立つのか。誰が人気者なのか。
そんなものが自然と決まり始めている。
「月城さん、おはよう!」
「おはよう」
「昨日のドラマ見た?」
「見た見た。面白かったよね」
自然な笑顔。自然な会話。自然な距離感。
月城彩乃は今日も完璧だった。
入学してまだ一か月も経っていない。それでも彼女は既に一年生の有名人だった。
可愛い。優しい。話しやすい。
そんな評価を集める学校の人気者。
――努力の結果だった。
小学生の頃は違う。
友達はいなかった。人と話すのも苦手だった。おしゃれにも興味がなかった。
だから変わった。変わりたかった。
引っ越しを機に全部やり直した。三年間必死だった。
髪型を研究した。服を学んだ。笑い方を練習した。話し方を変えた。友達の作り方だって勉強した。
その結果が今だ。だからこそ思う。努力すれば人は変われるのだと。
――だから。
教室の隅で本を読んでいる女子生徒を見るたびに思う。
阿井紬。
昔の自分によく似ていた。俯きがちで。声も小さくて。人と話すのが苦手そうで。見ていると少しだけ苛立つ。努力すれば変われるのに、と。
俯いて自分の殻に閉じこもっているだけでは何も変わらない。誰も助けてくれない。都合の良い出来事は空想の世界だけ。……現実はあなたの大好きな本じゃない。
――そのはずなのに。
教室に入ってくる一人の男子。細身でスラっとした体型だが適度に鍛えられていることが分かる。自信に満ち溢れ入学初日から現在までやらかし続けている美少年。今や学校中である意味ではトップクラスの知名度を誇る異常者。
――藍川秋冬である。
正直な話、悔しいが認めざるを得ない。容姿だけなら藍川の方が目立つ。月城が三年かけて積み上げたものを、あの男は最初から持っている。
「あ、藍川君、おはよう」
「おはよう、阿井紬。今日も素晴らしい俺だ」
ただ、どうしても理解できないことがある。
自分大好きの権化が自分に自信を持てない人間と関わっていること。何故か藍川は阿井を認識しているのだ。
「藍川君はいつも元気だね。私は朝苦手だなぁ」
「美しい俺に会えると思えば、寝起きも素晴らしいものになる」
「そ、そうですか……」
長い間、人を観察していたから分かる。藍川という人間は基本的に他人に興味を持たない。自分だけの世界で完結するから他者の存在など必要ないのだ。
その上でイレギュラーがあるとするならば、藍川自身が認めた、あるいは興味を持つことだろう。そんな相手としか交友関係は築かないと分析する。
月城は目立つ。それは本人が一番理解していた。
これまでの努力があるのだからそれも当然だろう。――だから、余計に阿井を見ているとモヤモヤしてしまう。
(そろそろ話してみようかな)
慌ただしい入学期間は終わりつつある。
率先して関わりたくない気持ちもあるが、藍川との接触は自分に何かを齎す可能性は十分にある。それに、誰にでも優しい月城が特定のクラスメイトと距離を置くのは不自然でもある。
正直、関わりたい相手ではない。
だが、自分に対してどのような認識を持っているのか少しだけ気になった。
「おはよう藍川君と阿井さん」
「ん? おはよう」
「お、おはよう、ございます……」
最近一括りにされることが多い二人に人気者の月城が話しかける。これだけでクラスの注目は一点に集まった。
突然挨拶させても堂々と返す藍川と萎縮して小声になってしまう阿井。本当に見れば見るほど正反対の二人。……だからこそ納得できない。
「二人はいつも一緒だね。同じ中学とか?」
「ち、違うよ。席が近いから……」
知っている。
クラスメイトや学校の有名人の情報は可能な限り調べた。バックグラウンドを知ること。それは人間関係を円滑進めるために必要だから。……藍川に限っては毎日のように情報が更新されるから昔のことは一切不明ではあるが。
「そっか、じゃあ部活は決まったかな? 私は迷いすぎて結局決まらなかったんだ」
各運動部から是非マネージャーをと懇願されたが全部丁重にお断りしていた。求められて悪い気分とはならないが、特定の部活に所属してしまうと偏りが生じてしまう。
「わ、私は……文芸部に入ったよ」
「いいね! 阿井さんいつも本読んでるから似合ってるよ」
「あ、ありがとう……」
会話終了。
ここまで話題を広げているのに一向にその波に乗ろうとしない。……思った通り昔の自分を見ているように感じる。――少しイライラしてしまう。
「藍川君は部活決めたのかな? 大活躍の噂は私も知ってるよ」
「……」
「……あれ? 私、変なこと言ったかな?」
自分を語り出したら止まらない藍川に分かりやすいパスを出したのだが、何の反応もない。それどころか月城の顔を見て何やら悩んでいるように見える。
「君は何組の生徒だ?」
「「え?」」
ハモった。大変不服だが阿井と綺麗に声が重なってしまった。……いや、そんなことよりも重要なことがある。
「直にホームルームが始まる。自分のクラスに帰った方がいい」
(――私も認識されてないッ⁉︎)
まさかの認識対象外だった。
「あ、藍川君⁉︎ つ、月城さんだよ⁉︎」
「知り合いなのか?」
「知り合いじゃなくてクラスメイト……」
チラチラとこちらを見ながら申し訳なさそうにする阿井。気を使うその態度が余計に煽っているように感じてしまうのは月城の被害妄想なのか。
「別クラスの生徒がよく来るからな。俺のファンがすまない」
「みんな同じクラスだよ……」
最近やけによく見る顔ぶれだなと思っていたらしい。
(そんなわけない! 普通クラスメイトって思うでしょ!)
このような事態は月城に経験はなかった。周囲への関心の低さは筋金入りか。興味がないどころかクラスメイトとして認識されない。
「あ、あはは……藍川君って面白いね」
何とか繕った言葉。だが藍川には届かない。
「悪いがサインはしないことにしている。同じ高校生だからな」
「そ、そっか。じゃあまたね……」
撤退するしかなかった。色々なケースが過去あったが、こんな意味不明な状況に対するマニュアルなど持ち合わせていない。
哀れんだクラスメイトたちの視線が辛い。こんな屈辱は小学校以来である。
「藍川君! いくらなんでも酷いよ!」
「何を怒っている? ……仕方ない。阿井紬には俺のサイン付きプロマイドを贈呈しよう。特別にな」
「いらないよ!」
(こんなの初めてなんだけど……)
月城は笑顔を崩さなかった。だが心の中では全く笑っていなかった。




