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泣いた理由? 俺が美しかったからだ  作者: 塚上


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12/20

第十二話 全て経験してみた

 真田直哉との勝負から数日が経った。


 部活動体験期間も終盤。新入生たちは、それぞれ所属する部活動を決め始めていた。


 そんな中――。


「なあ、聞いたか?」


「ああ」


 登校中の男子生徒が頷く。


「野球部の真田が一年にボコボコにされた話だろ?」


「それだ」


 今や青葉高校で知らない者はいない。


 プロ注目の一年生投手、真田直哉。


 その真田を体験入部に来た新入生が打ち崩した。それだけでも十分異常だった。


 だが――。


「それだけじゃないらしい」


「は?」


「サッカー部でもやらかした」


「は?」


「陸上部でも」


「待て待て待て」


 野球部の話は知っていた。


 プロ注目の真田直哉が野球部ですらない一年生に打ち込まれた。あまりにも衝撃的な出来事だったため、校内でも大きな話題になっている。


 だが――。


「サッカー部でも活躍したってことか?」


「いや、そういうレベルじゃない」


「何があったんだよ」


「聞いた話だと、体験参加しただけでレギュラー組を翻弄したらしい」


「は?」


「陸上部では短距離も長距離も上位記録」


「はぁ?」


「文化系の部でも騒ぎになってるとか何とか」


「もう意味分かんねぇよ……」


 さすがにこれは無理がある。面白おかしく噂している過程で話が大きくなりすぎたのだろう。


「で、その一年って誰なんだ?」


「知らないのか?」


「……有名なのか?」


「一年A組の藍川秋冬」


「……誰だそれ」


 名前までは把握していない。野球部エピソードのインパクトが強すぎるのだ。周りも同じなのだろう。SNSにまでは上がっていない。


 ――そんな噂も知らず。


 朝日を浴びながら登校する俺は何て美しいんだと思いながら歩くのは藍川秋冬である。


 光を反射する黒髪が妙に眩しい。本人は朝日に祝福されていると思っているが、おそらく気のせいである。藍川の異常性を知っている生徒は遠巻きに見つめるだけである。


「あ、藍川くん⁉︎ また何かしたの?」


 そんな変人優等生へ迷わず近付く女子生徒がいた。


 阿井紬である。


 ――なお、一部では信者だと思われている。


「ん? 阿井紬か。おはよう、良い朝だな」


「う、うんおはよう……じゃなくて! また部活動体験で暴れたの?」


「暴れただと? 朝から物騒だな。俺はルールに則って体験したにすぎない――全ての部活動をな」


 何を言っているんだと怪訝そうな表情を向けられる阿井。まるで阿井がおかしい人みたいなリアクションをされ言い返したくなるが、それよりも気になるワードがあった。


「す、全て⁉︎ 藍川君、全部の体験会に参加したの?」


「そうだが? 阿井紬が言ったんじゃないか。何事も経験だと」


「……それ、元は藍川君の言葉なんだけど」


 さすがに阿井は全ての部活動体験はしていない。当初から興味があった文芸部だけである。


「ち、ちなみに感想は……?」


「ふむ、良い機会だ。俺の美しくも可憐な日々を語ってやろう」


「や、やっぱり遠慮しようかな」


 藍川秋冬伝記第二巻に収録予定との部活動体験編の一部が語られた。




****




「よし、それじゃあサッカー部と体験入部チームのミニゲームを始めるぞ」


 集まった一年生とサッカー部員の試合。普通に考えればサッカー部の圧勝だろうが、これは公式戦ではない。サッカーの楽しさを感じでもらい、部員との触れ合いを目的としたもの。経験者以外の部員確保という意味が大きい。


「な、何か変なオーラがある奴がいるな……」


 そう。楽しんでもらうことが目的なのだが率先してキーパーに立候補した変わり者がいた。キーパーだけならサッカー部から出しても良いと考えていた部員たちは困惑気味である。


「ゴールを守る俺も美しいな」


 藍川秋冬。誰も頼んでもいないのに自己紹介を始めた変人である。俺レベルになるとボールから蹴られにやってくるとボケなのか本気で思っているのかよく分からない発言をする美少年だった。


 彼のことを知っている他の一年はいないものとして振る舞っていた。サッカー部としても、たった一人に時間を割くわけにもいかず、とりあえず試合を始める。……それが良くなかった。野球部からもっと話を聞いておけば良かったと後悔することになる。


「自由に攻めてくれ一年!」


 体験入部とはいえ相手は素人集団だ。サッカー部は余裕の表情を浮かべていた。


 開始早々、ボールがゴール前へ運ばれる。


「一本もらうぞ!」


 強烈なシュート。


 だが――。


 パシッ。


 白い手袋が軽々とボールを掴んだ。


「なっ」


 藍川だった。


「この程度の軌道なら予測できる」


 髪をかきあげ決め台詞。


「それに、美しい俺へ向かってくるボールはよく見える」


「意味分かんねぇよ!」


 思わずツッコミが飛ぶ。だが悪夢はここからだった。


 藍川は捕球したボールを足元へ落とす。


「行くか」


「いや何で出てくるんだ⁉︎」


 キーパーのはずだった。だが本人は当然のようにゴールを飛び出している。


「攻撃も守備もできる俺は美しいからな」


「だから意味が分からねぇ!」


 そのまま相手を抜く。


 一人。


 二人。


 三人。


「待て待て待て!」


 サッカー部員たちの悲鳴を背に藍川は独走した。


 そして――。


 ドゴォッ!!


 強烈なシュートがゴールネットを揺らす。


 静寂。


「……何でキーパーが点決めてるんだ?」


 誰かが呟いた。


 その疑問に答えられる者はいなかった。後日、サッカー部は藍川の名前を覚えることになる。




****




「おいおいおい、何だこいつは」


「インターハイレベルじゃねえか……」


 百メートル走を終えた陸上部員たちは言葉を失っていた。


 体験参加のはずの一年生が、上級生たちをまとめて置き去りにしたのだ。


「やはり俺がナンバーワンか」


 藍川は当然のように頷く。


「いや、おかしいだろ……」


「何がだ?」


「何でそんなに速いんだよ」


 藍川は少し考えた。


「毎朝、鏡に映る俺へ遅刻したくないからな」


「参考にならねぇよ!」


 つい先程全力で走ったはずなのに涼しい表情を浮かべる藍川。周りを見渡しながら淡々と告げる。


「次は長距離走か。みんな準備してくれ」


「何でお前が仕切ってんだよ⁉︎」


「心配するな。俺が先頭で引っ張ってやる」


「帰れ!」


 結局その日、一番長い距離を走ったのは藍川だった。




****

 



 美術部。全員が机を並べその中心にいるのは被写体の藍川だった。


「た、体験入部に来た君が何で被写体なの?」


「俺は素晴らしいからな」


 美術室に現れた異様なイケメン一年生。絵に興味がある新入生が体験に来るはずなのだが、描かれる側として参加するパターンは初めてだった。


「案ずるな。俺もデッサンに取り組んでいる」


「一応聞くけど、何を描いてるの?」


「モデルの俺をモデルに俺が描いている。まさに永久機関だな」


「意味が分からない」


 勝手に美術部の配置を変えて、被写体である自らの経歴を自ら説明する藍川。


「対象を理解することが芸術への第一歩だ」


「それを自分で言うの?」


「当然だ。俺以上に俺を理解している者はいない」


 哲学のようなことを言っているが、これは自己愛が強すぎる。


「……ところで君、絵の経験は?」


「ない」


「ないの⁉︎」


 自分たちは何をやらされているのか。被写体が絵になるのは良いことだが、体験入部の一年生に振り回されている状況に困惑する一同。


「……そろそろ時間だね。一人ずつ発表しようか」


「俺からいく。全員注目してくれ」


「なんで素人が自信満々?」


 藍川がスケッチブックを掲げる。


 ――美術室が静まり返った。


「……え?」


「お、おい」


「ちょっと待て」


 誰かが呟く。


「……何で一番上手いんだ?」


「当然だろう」


 藍川は胸を張った。


「毎日最高の被写体を観察しているからな」


「自分じゃねぇか!」


 その日、美術部も藍川の名前を覚えることになる。




****




「……というわけだ」


「な、何がッ⁉︎」


 ふう……と一呼吸おき、やれやれだといったリアクションを取る藍川。……この男、周りに迷惑をかけている自覚がまるでない。


「全部の部活で問題起こしてるよぉ……」


「出た杭は打たれると言うが――俺が高すぎて誰もついてこれないらしい」


「そんな格好良い話じゃないよ⁉︎」


 能力の高さだけは疑いようの余地がないが、藍川は何を目指しているのだろうか。


「それで藍川君は結局どこの部活に入るの?」


「入らん」


「何で全部回ったの⁉︎」


 あれだけ暴れておいて、何事も経験だと済ませるのは少し可哀想に思ってしまう。真田を始め各部のエースたちが浮かばれない。


「それで……阿井紬は何部に入るんだ?」


「わ、私……?」


 急に話題を振られ言葉に詰まってしまう。


 青葉高校は部活動が強制というルールはない。藍川と同じように無所属という名の帰宅部も可能。……入学前の阿井ならそうしたかもしれない。気にはなっても結局最後の一歩、最後の勇気が出せず終わっていた可能性はある。


 ――だが今年は違った。


 心当たりなら、一人だけいる。


「私は文芸部に入部したよ」


 入部するなら文芸部しかないと思っていた。去年までの自分なら、きっと最後の一歩を踏み出せなかっただろう。


「そうか。頑張れよ」


「⁉︎ う、うん!」


(……だから藍川君は困るんだ)

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