第26話 共通すること
しばらくして、料理が運ばれてきた。
まず俺の前にパスタとコーヒーが置かれ、次に明日香の前へオムライスが置かれる。
黄色い卵に包まれた楕円形のご飯。その上には、赤いケチャップが綺麗にかかっている。
明日香はそれを見た瞬間、蒼い目をわかりやすく輝かせた。
「本当に卵で包まれているのね。黄色い守護結界、死星獣のものと違って美味しそうだわ」
「そりゃ料理だからな」
「迸る鮮血の雨を受け止めているのね。なかなかやるじゃない」
明日香は真剣な顔でスプーンを握る。その表情はこれから強敵に挑む勇者のようだった。いや、実際に向き合っているのはオムライスなんだけど。
ほるほど、ケチャップは迸る鮮血の雨と表現するのか。それは魔物の使う技か? それとも魔法か? 或いは自然現象なのか?
無駄に気になる。
「その遡る鮮血の雨っていうのは」
「どこから攻めるべきかしら。守護結界を破るなら端から崩すのが定石ね。聖王剣があれば中央突破も可能だけど」
俺の問いかけは明日香のウキウキした声に打ち消された。
いつもこうである。俺の疑問はがことごとく明日香の声に被せられるのってわざとなの?
ちょっとぐらい俺にも明日香のいた世界を教えて欲しいんだけど。とくに中二的な部分。
「オムライスを攻城戦みたいに扱うな。普通に食べろ」
まあいい。真面目に答えられても恥ずかしい気もするし。俺の奥底に眠る中二病が爆発するのもなんか嫌だし。
俺がコーヒーに口を付けるのと同時に、明日香はオムライスにそっとスプーンを入れた。ふわりと卵が崩れ、中からケチャップライスが顔を出す。
その瞬間、明日香が息を呑んだ。
「中に赤いご飯が……。本当に守られていたのね」
明日香は慎重に一口分をすくい、口へ運んだ。
そして、ぴたりと動きを止める。
「どうした?」
聞いた直後、明日香の頬がふわっと緩んだ。
「おいしい」
短い言葉。だが、そこに込められた感情はかなり大きいように見える。
目元がやわらかくなって、肩の力が少し抜ける。それは紛れもない普通の女の子の笑顔だった。
明日香は本当に美味そうにご飯を食べる。見ているこっちまで得をした気分になるくらいに。
「卵が主役かと思っていたケア度、中のご飯にもしっかり味が付いているのね。遡る鮮血の雨みたいなものも酸味があるのに、その中に甘さもある」
「ケチャップな」
「けちゃっぷ?」
「ケチャップライスは食べたことあるだろ。ご飯にケチャップをかけるとケチャップライスだ」
明日香は新しい単語を覚えるように頷く。
「これはすごい料理ね。ケチャップライスを卵で包むなんて、まず発想が優しい」
「優しい?」
「ええ。中のご飯がちゃんと守られている感じがするから」
そう言って、明日香はもう一口食べる。
そこまで深い意味で作られた料理かは知らないが、明日香がそう感じるならそれでいいか。
俺もパスタを食べ始める。
すると、明日香がこちらの皿をちらりと見た。
「気になるのか?」
「それが汁なしラーメンを上品にしたもの?」
「その説明は止めた方がいいな」
「伊吹くんがいったのに?」
「ああ。たぶんそれだと怒る奴が一定数いるから」
そう説明した俺が悪いんだけど。
「少し食べてみてもいい?」
「いいぞ」
俺はフォークで少し巻いて、小皿に取ろうとした。
その時、隣の席から楽しそうな声が聞こえた。
「はい、あーん」
「あーん」
見るつもりはなかった。だが、声が聞こえたのでつい目が向いた。
隣の席に座っている男女の客。たぶん大学生くらいのカップル。
女の人がフォークに刺したケーキを、男の人の口元へ差し出している。
男の人は少し照れながらも、それを食べた。
女の人は楽しそうに笑っている。
……見なかったことにしよう。そう思ったのだが、明日香はじっと見ていた。
「伊吹くん。今のはなに?」
「今の?」
「相手に食べ物を差し出していたわ。あ~ん、って。毒見?」
「そうだ」
「嘘よ」
明日香は短く否定して、俺の方を睨む。
「向こうの世界にもあったもの。好きな人にご飯を食べさせてあげると言う行為。どこの世界も考えることは同じなのね」
そう言って明日香は穏やかな表情でオムライスを食べる。
……なに? 知ってたの? じゃあなんでわざわざ俺に聞いたんだよ。聞く必要なかっただろ。
「それで伊吹くん」
「なんだよ」
「なんで私に毒見って嘘を吐いたの?」
「……なんでだろうな」
なんで? 本当になんで? いや明日香がこんな引っ掛けしてきたことがなんで? 謎過ぎるんだけど。楽しくご飯たべようぜ。
「伊吹くん」
「逆に聞くが」
俺は明日香の声に被せるように喋る。
「なんで明日香は毒見じゃないと知っていて、俺に毒見と聞いてきたんだ?」
一転攻勢。攻めるような言葉に、明日香は「うっ」と声を漏らして目を泳がせる。暫く黙った後、俯き、小さく呟く。
「……やってみたかったから。あっちの世界で、やったことなくて」
恥ずかしそうに言う明日香。
そこは正直に言うのかよ。素直な奴だな。
「こっちの世界でも当たり前なら、伊吹くんにやって欲しいって、思って」
制服の裾を掴みながら弱々しく続ける。
潤んだ瞳、向けられる上目遣い。
そんな目をされても困る。ここは公共の場だ。あ~ん、なんて恥ずかしいことはできない。同じ学校の奴に見られでもしたら終わり。従妹だから明日香の面倒を見ていると言う言い訳は使えなくなる。
「ダメ?」
ダメだ。これも俺達の平穏で普通な高校生活を送るため。
そう頭の中では理解しているが、俺はパスタを巻いたフォークを、明日香に差し出してた。
「一回だけだからな」
差し出したフォークを見て、明日香は身体を前に出す。
それから、じわじわと頬を赤くしていく。
「ほ、本当に?」
「早くしろ。こっちが恥ずかしくなる」
「わ、わかった」
明日香は頷き、身を乗り出した。フォークに巻かれたパスタを口に入れる。その瞬間、明日香の目がふわっとやわらかくなった。
「……おいしい」
「そりゃよかったな」
「うん。おいしい」
明日香はもう一度頷いたあと、照れを隠すように視線を落とす。その口元は緩んでいるように見えた。
そして、すぐに何かを思いついたように、自分のオムライスへ視線を落とす。
「じゃあ、お返しね」
「お返し?」
明日香はスプーンでオムライスをすくい、少しだけ照れながら俺の方へ差し出してきた。
「伊吹くんも。はい、あーん」
「いや、俺はいい」
「どうして?」
「……明日香。察することを覚えてくれ」
静かにコーヒーを啜る。
平静を装っているが、顔が熱い。女の子にご飯を食べさせてあげたことなんてなかったから。
それが、美味しそうにご飯を食べる、可愛い女の子であれば尚更に恥ずかしいものだ。
コーヒーを飲み、深く息を吐く。それでも顔の熱さが抜けきらない。
明日香は暫く俺の顔を見た後、嬉しそうに笑った。
「いえ、なんでもない。そうね。察することも覚えるわ」
そこからは静かに食べた。それでも明日香は嬉しそうにしているが。
そこでパフェが運ばれてきた。グラスの中にアイス、クリーム、果物、コーンフレークが層になって詰まっているのが見てわかる。
明日香はそれを見て手を合わせた。
「甘味の塔、相沢さんが言ってた通りだわ。どこから攻略すべきかしら」
「上から普通に食べるんだよ」
「こういうものって下層から攻略していくものじゃないの? 上層へ進めば進むほど強敵が現れるっていうのが定石だと思うけど」
「あっちではそうだったのか?」
「ええ。難攻不落のバベル・ザ・ダンジョン。雲を突き抜けた塔の先、頂上部屋にいた蒼穹のグングンギングは強敵だったわ。天空魔法が記された魔導書を守っていただけのことはあるほどにね」
「そ、そうか」
いろいろと聞きたいことが多いが、公の場だ。今は食べる方を優先しよう。
「それはダンジョン攻略の話しだろ。パフェは食べ物だ。普通に食え」
「中央突破は?」
「やめろ、崩れるぞ」
明日香は真剣な顔でパフェを見つめてから、上のクリームを少しすくった。
口に入れ、目を閉じる。
「冷たくて、甘くて、やわらかい。そこに果物の酸味がある」
「解説が丁寧だな」
「相沢さんが攻略には記録が大事だと言っていたから」
「あいつ、余計なことばっかり教えてやがるな」
さっきから丁寧に味を説明するのはそのせいか。相沢のやつ、適当なことばっかり教えやがって。
明日香は気にせず次の層へ進んでいく。アイス、クリーム、果物。一口ごとに幸せそうな顔をするので、ただのコーヒーがいつもより美味しく感じる。
「伊吹くんも食べる?」
「じゃあ少しだけもらおうかな」
俺はスプーンを取り、グラスの端からパフェをすくい、口へと運ぶ。
明日香はそれをじっと見ている。
「どう?」
「普通に美味い」
「そう」
ただ食べただけ。
それなのに、明日香は満足そうに頷く。
「なにか言いたげだな」
「ふたりで攻略すると、ひとりで攻略するより楽しいなって思っただけよ」
「独り占めした方がいっぱい食べられるぞ」
「けど、ふたりで食べた方が美味しいわ」
モグモグ口を動かす俺を、蒼眼が真っ直ぐ見つめてくる。
やめろ、そんな目で見るな。反応に困る。
コーヒーを飲んで返事をごまかし、ふたりでパクパクと食べ進める。
パフェを食べ終える頃には、外の空はだいぶ暗くなっていた。
会計を済ませ、店を出る。
夜に近づいた駅前は、昼間とはまた違う賑やかさがあった。店の明かり。帰宅する学生。会社帰りの人たち。道の向こうを走るバスの音。
明日香は新しい体育館シューズの袋を大事そうに持ち。
「楽しかった」
明日香はそう言って、こちらを見る。
「伊吹くんと一緒だったから」
「そらよかったな」
明日香は嬉しそうに頷いて、新しい靴の袋を大事そうに持ち、隣を歩く。
明日香がこっちに来てからいろいろと忙しい。それでも、隣にいる明日香が満足そうにしてるなら、それでいいかと思えてしまう。不思議なもんだ。
「伊吹くん」
「今度はなんだ」
「またあの甘味の塔を攻略しに行ってもいい?」
「たまにならな」
「ええ。たまに」
たまに、くらいなら。こういう寄り道も、悪くないのかも知れない。




