第25話 靴屋とカフェ
放課後、教室を出る前に張り出されている授業表を見る。
「そういや明日も体育あるな」
壊れた体育靴を思い出しながら呟くと、後ろを歩く明日香が少しだけ気まずそうに足を止める。
「じゃあ明日も見学した方がいいわね」
明日香がちらりとこちらを見上げる。その顔は、休みたいと言っているようにも、ただ確認しているようにも見えた。
「休みたいか?」
「休みたいわけじゃないけど……。相沢さんたちと一緒にやるのは嫌じゃなかったから。普通にやるのは難しいけど、もう少しやってみたかった」
体育の授業の後、明日香はクラスメイトから質問攻めに合い、お昼にはいつもより元気がなかった。午後の授業では下を向く回数が多く、登校初日を思い出すほど視線に気を遣ってた。
そんなものだから体育は休む、と言うかと思っていたが。
明日香の声は思っていたより前向きだった。
「じゃあ買って帰るか」
「何を?」
「体育館シューズ。体育やるなら買わないとだろ?」
歩き出す。明日香は少し遅れてから隣に並んだ。
「今から買いに行くの?」
「今から行かないと明日に間に合わない。学校指定のやつを売ってる店が駅前にあるから、そこに行くぞ」
「そう。……ありがとう」
「お礼なら母さんにな。靴もただじゃない」
そう返して、俺たちは校門を出た。
駅前のスポーツ用品店に入ると、明日香はすぐに足を止める。
「靴がこんなに並んでるところがあるなんて」
店内に並ぶシューズの棚を見て、蒼い目を輝かせた。
ランニングシューズ、バスケットシューズ、テニスシューズ、室内用、屋外用。色も形も様々で、棚一面に並んでいた。
「似たような形をしているのに、なんでこんなに種類があるの?」
「用途ごとに少しずつ違うんだよ」
「用途……。つまり、戦闘形式ごとに付帯性能を変えるということ?」
「まあそんな感じだ」
「魔物によって有効な武器を変える事に通ずるわね。レテ・アビスにはセレスティアル・レイがなければ対処が難しかったように」
「そこまで行くと俺は知らん」
明日香は近くにあったランニングシューズを手に取った。軽さを確かめるように両手で持ち上げる。
「軽いわ。これは盗賊用ね」
「なんだよ盗賊用って、物騒なこと言うな。走る用だ。ランニングとかマラソンとか。健康のために走る時にも使う。体力づくりってやつだ」
「健康のために走る……。日本人は不思議ね。普通に過ごしていれば体力なんて付くと思うけど」
「魔法を研究してる奴等も体力モリモリだったのか?」
「そういえば彼らはいつも屋内にいたわ。腰が痛いとか肩がこるとか、よく言っていたかも」
「そういう運動不足の人が運動する用の靴だよ」
まったく、魔法なんて見たこともないのに。俺はなんの説明をしてるんだ。
「なるほど。わかりやすいわね」
明日香は納得しながら頷き、次にバスケットシューズの棚へ視線を向けた。
「これは今日やっていた……。バスケット用の靴よね?」
「そうだな」
「じゃあこれを履いていたら靴は壊れなかったかしら?」
「どうだろうな。体育館履きも耐久力は高いと思うし……。っていうかもうダンクは禁止だからな」
「靴が壊れなければ問題はないと思うけど」
「明日香?」
俺が睨むと、明日香はふふっと笑う。
「わかってる、冗談よ。さすがに部活の勧誘はこりごりよ」
思い出したのか、明日香は小さく溜息を吐く。
「でも、この靴は性能が高そうね。気に入ったわ」
「性能で選ぶな」
「あっちの世界でブーツの性能は大事だったのよ? 軽さ、丈夫さ、足場の悪さへの適応性。魔法耐性なんてあるに越したことはないんだから」
「じゃあその靴はダメだな。魔法耐性ゼロだ」
「それは靴として大丈夫なの?」
「魔法で襲われることはないからなんの問題もないんだよ」
こっちの世界では当たり前のことなのに、なぜか明日香は少し不満げだ。
そこは素直に頷いて欲しいんだが。
そのあとも、やたら底の厚い靴を見つけては「これは防御力が高そう」、派手な色の靴を見ては「敵の注意を引くための装備?」などと言っていたが、目的は自由に靴を選ぶことじゃない。
店員に学校名を伝えると、指定の体育館シューズはすぐに出てきた。白を基調にした、見慣れたデザイン。
「選択の余地がないのね」
「学校指定だからな」
「まるで騎士団の支給品ね。高いだけで私の能力あってないから嫌だったのよ」
「使ってたのか?」
「すぐに売って他のブーツを買ってたけど?」
当たり前のように言う明日香。
「それは、どうなんだよ」
「もらいものだからって、合わないブーツを履いて魔物にやられたら意味ないでしょ。命は儚くも大切なものよ。それ故に散る時は美しくあるべきだわ」
「急にポエムみたいなこと言うの止めろ」
「死は他人に委ねるべきではない。戦いであれば尚更ね」
明日香はたまにそれらしいこと言うんだよな、異世界特有なんだかしらんけど。
同年代の子が言うと、少しむず痒くなるからほどほどにして欲しい。たまにそれを欲しちゃう俺もいるんだけどな。
会計を済ませると、明日香は新しい靴の入った袋を大事そうに持つ。
店を出た頃には、空が夕方の色になり始めていた。
帰り道、駅前の通りを歩く。
部活帰りの学生や、買い物袋を持った人たちが行き交っている。明日香はその景色にもだいぶ慣れてきたのか、最初の頃みたいに一つ一つ警戒することはない。
ふと足取りが遅くなった。明日香の視線の先にはカフェがある。
ガラス越しに木目のテーブルと柔らかそうな椅子が見える。入口横のショーケースには、ケーキやサンドイッチが並んでいた。メニューの写真には、パスタやオムライス、パンケーキ、パフェ。
「気になるのか?」
「えっ?」
明日香は慌ててこちらを見る。
「いえ。ただ、あそこは何をする場所なのかと思って」
「飯食ったりして休憩するところだ。名はカフェと言う」
「カフェ……。ご飯を食べる場所にしては綺麗な施設ね。あと強襲に弱そうだわ」
「強襲なんてされないんだよ」
相も変わらず危機管理の仕方が異世界人な奴だ。
その時、スマホが震えた。見ると、母さんからメッセージが来ている。
『今日は遅くなるから夕飯いらない。伊吹も適当に食べてね。明日香ちゃんにもよろしく』
そういえば、朝そんなことを言っていた気もする。
今日は母さんの帰りが遅い。自分のご飯を家に帰ってから作ってもいいが、靴を買ったせいでいつもより遅くなっている。
それに。
明日香はまだショーケースを見ている。特にクリームの乗ったパンケーキあたりを。
「食べていくか」
明日香がこちらを振り返る。
「いいの?」
「母さん、遅くなるから夕飯いらないらしい。まだ用意してないから」
「でも」
「ついでだよ。それに、帰ってから料理つくるの面倒だしな」
「ついでで、面倒……」
明日香はその言葉を少しだけ噛みしめる。
それから、納得するように頷く。
「疲れているなら休憩は合理的ま判断ね」
「その通り。無理はよくない」
「疲れているところを魔物に襲われたらたまらないもの」
「だから魔物はいないんだって」
言いながら店に入ると、店員に案内されて窓際の席に座った。
明日香はメニューを開き、すぐに眉を寄せる。
「パスタ。ナポリタンにカルボナーラ……。これはなに? 随分と細長い線が集まっているけど」
「改めて聞かれると説明むずいな……。ラーメン食べただろ? あれのイタリアンな感じだ」
「イタリアン?」
「ああすまん、イタリアンがわかんないか。まあともかく、汁なしラーメンを上品にした感じだ」
「セドニア高原にあったモンペチみたいなものかしら?」
「すまん、モンペチは全然わからん……」
あまりにも想像できない単語は止めてくれ。なんだよモンペチって。魔物か? それとも穀物か?
まさか俺の知る異世界知識が追い付かないとは。
いや、明日香の言ってた世界に関しては、追いついてないことの方が多いか。さっきもレテ・アビス とかセレスティアル・レイとか聞き馴染みがないこと言ってたしな。
次に明日香は、オムライスの写真を指さした。
「オムライス。これは巨大な卵焼きのようなものね」
「卵は表面だけで、中にケチャップライスが入ってる感じだ」
「なるほど。ケチャップライスを守護結界のように卵が守っているのね」
「卵にそこまで期待するな。ふわふわな卵だからすぐに壊れる」
「耐久性に問題あり。……懐かしい、死星獣の骸結界を解くのに数日かかったことがあったわ」
「食に耐久性は必要ない。むしろ邪魔になるだけだ」
真面目な顔で食べ物を死星獣の骸結界と比較するな。っていうか死星獣ってなに? めちゃくちゃ強そうじゃん。
「その骸結界って触れただけで人の命を奪う結界だったりするの?」
「パフェ!」
俺の中二心が明日香のウキウキした声にかき消された。
本音を言えば死星獣の骸結界について詳しく聞きたいところだが、明日香の嬉しそうな表情に負け、中二心をそっと仕舞う。
「なにがそんなに嬉しいんだ?」
「相沢さんが言ってたの。糖分を積み上げた甘い塔。ひとりで攻略するには困難だけど、食べ切った時には物凄い高揚感が得られる。それがパフェだって」
あの野郎、俺の知らないところでなんていたずら仕込んでやがるんだ。そんなRPGのアイテム風な説明するな。
「食べ終えると猛烈な眠気が身体を襲うと言ってたわ」
血糖値スパイクしてるじゃねえか。
「これ、頼んでいい?」
「いいけどそれはデザートだ。主食はパスタとかオムライスにした方がいい」
「ふたつもいいの?」
「そういうもんだよ」
「でも、パフェは攻略が困難だって相沢さんが」
「困難だったら俺も食うから安心しろ」
メニューを見ながら伝えると、明日香がこちらをじっと見ていた。
「なんだよ。ひとりで食いたかったのか? 別にいいけど」
「い、いえ……。そうね、ふたりで攻略しましょう。ダンジョンは微かな油断で命を落とすわ。お互いにカバーし合いましょう」
「食べることを攻略とは言わないの。あとパフェはダンジョンじゃないから」
結局、明日香はオムライスとパフェを頼んだ。俺はパスタとコーヒー。
料理が来るまで、明日香はいつもよりどこか機嫌よさげに鼻歌を歌いながら、珍しそうに見回していた。
……異世界でも鼻歌って文化、あんのかな?




