第23話 可愛い子
今日は男女合同の体育だった。
とは言っても、一緒に競技をするわけではない。体育館のコートを半分に分けて、男子と女子がそれぞれバスケをする。男子は男子で、女子は女子。何チームかに分かれて試合を回す形だ。
ステージの端に腰を下ろし、次の試合までぼんやりしていると。
「西条、こんなところでなにやってんだよ」
横から声をかけられた。振り向くと、浅野がボールを片手に近づいてきた。
短めの黒髪に人懐っこい顔。クラスでは明るい方で、俺にも何かと話しかけてくる男子だ。
「最近神谷さんとばっかりいやがって。たまにはオレとも話してくれよ」
「またそれか。普通に話してるっての」
挨拶はするし、移動教室で席が近いので普通に会話はする。つまり、浅野は俺と明日香の関係をいじりたいだけ。
「で、どうよ? 神谷さん、学校に慣れてきた?」
「少しずつな」
聞かれて、俺は女子側のコートへ視線を向けた。
明日香は相沢や、よく声を掛けて来る女の子たちと同じチームになったらしい。
体育着姿の明日香は目立つ。白い半袖シャツとハーフパンツという普通の格好なのに、銀色の髪のせいで妙に現実離れして見える。
だが、周りの女子たちはもう明日香を遠巻きに見ていない。
相沢が何かを説明して、明日香が真面目な顔で頷く。その横から別の女子が補足すると、明日香はそちらにもきちんと頷いていた。
「浅野から見てどうだ?」
「普通に馴染んでるじゃねえか!」
「リアクションでけえな」
まあいつものことか。
「でもまだ話しかけられてないんだよなぁ……。神谷さん、綺麗すぎて話しかけづらいっていうか。圧倒的に外国のお嬢様感あるじゃん?」
「見た目で言えばな。あと、本人に言うなよ。たぶん困るから」
「言わねえよ。オレだってそこまで命知らずじゃない」
「命までは取られないだろ」
「わかんねえだろ。神谷さん、たまに凄いし」
それは、否定できないのが困る。
元勇者の癖を出してしまい、驚かれるような行動を取ったことが何度かあった。
教室に虫が出て女子が逃げまどっていた時は、すぐさま手刀で吹き飛ばし、転んだ子に手を貸していた。その迷いのなさに女子は羨望のまなざしを向け、男子は息を呑んでそれを見ていた。
「別に普通だけどな」
とぼけながら女子側を見ると、明日香がボールを受け取っていた。
相沢がドリブルの仕方でも教えているのか、腰を落として手で床を叩くような仕草をする。明日香はそれを見て同じようにボールを床についた。
――ダンッ。
体育館に重い音が響く。目に見えない速さでボールが明日香の手を一往復した
相沢が慌てたように何かを言い、明日香が真面目な顔で頷く。
「い、今の見た?」
浅野が引き気味の声で聴いてきたが。
「なにを?」
再びとぼけておく。
「気のせいかな……。まあでも、神谷さん運動神経よさそうだよな」
「運動神経はわからんけど、体力はあるらしいぞ。よく外を走り回ってたらしい」
「へぇ。なんか意外、でもないか。姿勢いいし、動きも綺麗だし」
「よく見てるな」
「そりゃ見るだろ。神谷さんだぞ?」
「どういう意味だよ」
「可愛い子は自然と視界に入る。これは男子高校生七不思議の一つだな」
「それは浅野の七不思議な」
呆れていると、女子側のコートで相沢が笑いながら明日香の肩に手を置こうとしていた。
が、明日香の体が半歩だけ横にずれる。
相沢の手が空を切った。
明日香はすぐにハッとした顔になり、慌てて頭を下げている。相沢は一瞬驚いたあと、すぐに笑って手をひらひら振った。
遠くて声は聞こえないが、たぶん「いいよいいよ」みたいなことを言っている。
「あの二人、特に仲いいよな」
「ボディータッチは避けられてたけどな」
「でも空気悪くないじゃん。相沢さんも笑ってるし。真逆っぽいのになんか合ってるんだよなー。神谷さんは真面目で落ち着いてて、相沢さんは明るくて軽い感じで」
「真逆だから合うのかもな」
明日香は真面目すぎるところがある。相沢は軽くしすぎるところがある。
だからこそ相性がいいのかも知れない。
「なるほど、そういう考え方も出来る。意外に通だな、西条は」
「意味わからんこと言うな」
浅野が女子達の触れ合いを見てにやにやしていると、明日香がふとこちらを見た。
目が合う。
明日香は一瞬だけ表情を緩め、それから小さく手を振ってきた。
「おっ。今のオレにだよな? オレに手を振ってくれたんだよな!?」
「かもな。よかったじゃん」
「いやどう考えても西条にだろ! 神谷さんの視界にオレなんて映ってなかったっての!」
「1人で騒いで忙しい奴だな」
「うるせえ! ほら、返してやれよ!」
「なんで浅野にそんなこと言われなきゃいけないんだよ」
「神谷さんが可哀想だろ! あと神谷さんの笑顔がみたいんだよ!」
なんなんだよこいつは……。
しょうがないので、俺は明日香に向けて軽く手を上げた。
すると明日香は、少しだけ嬉しそうに笑った。それを見ると、まあ、返してよかったかもしれないな。
「くっそ、羨ましいな! オレにもあの笑み向けて欲しいぜ!」
「浅野も声かけてみたらどうだ?」
「簡単に言うなよ、神谷さんって声かけづらいんだぞ」
「そうか?」
「そうだよ。まず綺麗すぎる。あと、だいたい西条か相沢さんが近くにいる。さらに最近は女子たちも周りにいるだろ?」
「それがどうした」
「女子たち、神谷さんに変なものを近づけないオーラ出してるんだよ」
そんなオーラ出してたか? 気付かなかったけど。
「変なものってお前のことか?」
「違うと言い切れないのがつらいところだ。ってか間違いなくオレみたいな奴」
浅野は胸を押さえて、わざとらしく項垂れた。
「なあ西条。こんな哀れなオレに、神谷さんとの橋渡しをお願いできないか?」
「明日香は見世物じゃない。クラスメイトとして、普通に声かけろよ」
「おお……。保護者みたいなこと言うな。西条ママか?」
「やめろ」
その言葉は最近よく聞くが、全く嬉しくない。せめてパパと呼べ。
そんなことを考えているうちに、女子側の試合が始まった。
明日香たちのチームがコートに入る。
相手チームにはバスケ部の子がいる。髪を短く結んでいて、動きに無駄がない。指でボールを回している姿はもろに経験者だ。
開始直後、パスを受けたその女子は一気にドリブルで抜け出し、綺麗なフォームでシュートを決めた。
「うわ、今のすげえ」
「阿野さん、バスケ部だからな」
「そうなのか。ってか阿野も可愛いよな? うちのクラスって意外と女子のレベル高いんだよな」
「女子に聞かれたら嫌われそうなことを平然と言うな、お前は」
言われて、改めて阿野さんを見る。
明るい雰囲気で周りに声を掛け、運動している姿も様になっている。バスケ部が、体育なのに真面目にやるなと言われればそうかも知れないが。それでも綺麗にコートを動き回る様は見てて気持ちい。
「でも可愛いだろ?」
「まあ、可愛いな」
そう言った瞬間、視線を感じた。妙に鋭い視線だ。
そちらを見ると、明日香がこちらを見ていた。
それも、じーっと。かなりしっかり見てる。
「なんだ?」
目が合い、俺が首を傾げると、明日香はぷいっと顔を逸らした。
なぜか少しだけ頬を膨らませているようにも見える。
「西条。いま、神谷さんに見られてなかった?」
「見られてたな」
「なんか怒ってなかった?」
「なんか怒ってた気がするな」
「なんでだ?」
「俺が聞きたいぐらいだよ。なんでだ?」
「さあな」
わからない。ただ試合を見てただけなんだけど。
考えているうちに試合は続く。
阿野さんがまた点を入れた。女子たちが歓声を上げる。
相沢が明日香に声を掛けている。励ましの言葉か、賑やかしの言葉か。
次のプレーでボールが明日香に渡った。
明日香は両手でボールを受け止める。
その目が流れる様にこちらを確認して、相手ゴールを見据えた。
目つきが代わる。
嫌な予感がした。
「あいつ。まさか」
小さく呟く。もちろん届くはずがない。
明日香は一度だけボールを床についた。
ダンッ、と体育館に音が響く。それから、すっと姿勢を低くした。
次の瞬間、明日香が跳んだ。
フリースローラインより少し後ろ。女子の体育で、普通ならジャンプシュートを打つかどうかという距離。そこから明日香の体が信じられないくらい軽く浮いた。
銀色の髪がふわりと舞う。周囲の動きが一瞬だけ止まる。
明日香はそのまま空中でボールを片手に持ち替え、リングへ向かって一直線に近づいた。
ガンッ、と鈍い音が響いた。ボールがリングを通る。
体育館が、静まり返る。数秒遅れて、ボールが床に落ちる音だけが響く。
「……なに?」
誰かが声を漏らした。
それをきっかけに、女子側のコートが一気にざわつく。
「今の何!? ダンク!?」
「神谷さん跳びすぎじゃない!?」
男子側からも声が上がる。
教師まで口を開けて固まっていた。
浅野は隣で呆然としている。
「……神谷さん、すげえな」
「あれはダメだ」
「すげえのに?」
「すげえからダメなんだよ」
っていうか凄いってレベルじゃねえだろ。プロでもあんな距離、飛ばねえよ。
明日香はというと、リングの下に着地していた。
そして、こちらを見る。ものすごく自信満々な顔だった。胸を張っている。
たぶんこう言いたいのだろう。
『どう? かっこよかったでしょう?』
自信満々な明日香に、俺は小さくバツを作った。
『ダメ。目立ちすぎ。それ禁止』
明日香はそのジェスチャーを見て、なぜか不満そうに眉を寄せる。
「ちょっと行ってくる」
「え、女子側に?」
俺はステージから降りる。
体育館の床へ足をつけながら、明日香の方を見る。
明日香は相沢や女子たちに囲まれて、何かを聞かれていた。相沢は笑っているが、その目は明日香を静かに観察しているかのようにも見える。
体育でダンクを決めてはいけない。
まさかそんなことを教える日が来るとは思わなかった。
俺は小さく息を吐き、女子側へ足を進めた。




