第22話 告白
明日香とベランダでレイナの事を教えてもらった翌朝。
朝の教室はいつものようにざわついていた。早く来た生徒が机に突っ伏していたり、女子たちが昨日のテレビの話をしていたり、男子がなぜか窓際で変顔を見せ合っていたり。
俺は自分の席へ向かい、鞄を置いた。明日香も隣の席に座る。
「相沢はまだ来てないみたいだな」
明日香は頷いたが、その手は膝の上で少しだけ固まっていた。
見るからに緊張している。
相手は相沢、大抵の事なら笑って許してくれる。向こうに似た友人がいたからと説明すれば、むしろ喜ぶと明日香には何度も説明したが。
それでも落ち着かないらしい。
そして数分後。
「おっはよー」
教室の扉が開き、相沢玲奈が入ってきた。
金色の長い髪を揺らしながら、いつもの軽い足取りで席へ向かってくる。手にはコンビニの紙袋。たぶん朝飯か、休み時間の菓子だ。
「西条、明日香ちゃん、おはよ」
「おっす」
「おはようございます、相沢さん」
「明日香ちゃん、今日も丁寧だねぇ。そこが他の子と違って可愛いんだけど」
相沢は自分の席に鞄を置き、椅子に座ろうとして。
「……ん?」
明日香の様子に気づいたのか、途中で動きを止めた。
「どしたの? なんか真面目な顔してるけど? ってかあたしのことめっちゃ見てるけど?」
相沢がこちらを見る。俺は何も言わずに、明日香へ視線を向けた。
明日香は一度だけ小さく息を吸う。それから、きちんと相沢を見た。
「相沢さん。大切なお話があるの」
「えっ?」
相沢が一瞬だけ目を丸くする。が、すぐにその表情はにやついた。
「大切なお話といえば……。告白?」
「朝からこんなところで告白するかよ。しかも大切なお話で告白って」
反射的に突っ込むと、相沢がギロリとこちらを睨む。
「高校生とって一番大切なイベントって告白なんだけど? 恋愛舐めないでくれる?」
「なんで怒られてるのかさっぱりわからん。でもまあすまんかった」
「謝るなら許す。それで」
相沢は言いながら椅子に座り、明日香を見る。
「どしたの? 大切な話って。あたしでよければ聞くけど」
その言葉に、明日香は少しだけ目を伏せた。深呼吸を挟んでから。
「最近、私……。相沢さんのことを、少し見すぎていたと思うの」
「あー」
相沢は何かを察したように、視線をこちらへ寄越した。
『お前、ちくったな?』と視線だけで伝わってくるが、気付かない振りをして今は無視する。
「不快にさせていたなら謝ろうと思って……。その、ごめんなさい」
そう言って、明日香は頭を下げた。
相沢はしばらく明日香を見ていたが、すぐに肩の力を抜いた。
「全然、不快とかじゃないよ。ちょっと気になってたけどね」
「そ、そうなの?」
「うん、全く問題ない。むしろ、明日香ちゃんに見られてるけ、あたし好かれ過ぎてる? 告白されちゃう系? もし明日香ちゃんと付き合ったら絶対にあたしが受けじゃん? 西条が見てないところで明日香ちゃんが強引にあたしを襲って――」
「相沢。その妄想はいま必要か?」
余計な事を言うなと睨むと、相沢は何も言わずに明日香を見直す。
「私と相沢さんが付き合う? そしたら受け?」
「明日香も気にしなくていいから」
首を傾げていた明日香に、すぐにそう伝える。
「まあそんな感じで。明日香ちゃんに見られてることは気付いてたから。好かれ過ぎてて告白されちゃうのかな? なんてのは思ってたけど」
「ごめんなさい。そういう感情じゃないの」
きっぱり言い切る明日香に。
「あっ、そ、そうだよね……。あはは、あは……」
勝手に振られて少しだけ傷ついている相沢。
「相沢さんを見ていたのは、その。前にいた場所に、相沢さんに似た人がいたの」
「へぇ~」
相沢の表情が少し明るくなる。
「あたしに似た人?」
「ええ。髪の色も、雰囲気も、少し似ていたわ。明るくて、距離の詰め方が上手くて、周りをよく見ている人だったの」
「なにそれ。めっちゃいい子じゃん」
「ええ。いい人だったわ」
答えながら明日香は微笑む。その顔を見て、相沢の口元が微かに緩む。
「だから、相沢さんを見るとその人を思い出すことがあったの。もちろん、相沢さんは相沢さんだってわかっているわ。でも、ふとした時に重なってしまって」
「なるほど。それであたしを見てたんだ」
相沢は椅子の背もたれに腕を乗せ、顎をそこに置いた。
「明日香ちゃんはヨーロッパ版の相沢玲奈を好きだったの?」
「よーろっぱばん?」
「あたしに似ている人のこと」
「そういうことね。好きだったかと言われると……」
明日香は懐かしむように目を細めてから、そして答える。
「頼りになる仲間として、好きだった。彼女にはお世話になったから」
それを聞き、相沢は頷く。
「じゃあそのこと付き合える? 恋愛的な意味で」
「それは無理よ。彼女をそういう目で見たことはないもの」
「うんうん。そうだよね、そうだよね。……よし、向こうのあたしも振られてるならイーブンってことでよしとしよう」
何がイーブンなのかさっぱりわからんが、相沢が納得してるならいいか。
「ま、今後もあたしを見たくなったら見ていいよ」
「え?」
「ただし、どうせ見るならちゃんと褒めて。髪が綺麗とか、今日も可愛いとか、一緒に手を繋いで歩きたいとかね、てぇてぇしたいとか」
「てぇてぇ?」
「相沢、急に変な言葉を教えるな」
「いいじゃん。てぇてぇは大事な日本語でしょ」
「使う場面が偏りすぎなんだよ。あと説明するのがめんどい」
俺がそう言うと、相沢は唇を尖らせ、明日香は真剣な顔で首を傾げていた。
「てぇてぇ……。尊い? つまり、相沢さんを見ている時は、尊いと思っていると言えばいいの?」
すげえな明日香。てえてえって聞いて、すぐに尊いに辿り着く人いるんだ。初めて見た。
「え、言ってくれるの? 明日香ちゃん、言って言って!」
「相沢さんは、とうとい?」
「はい優勝!」
「何に勝ったんだよ。あと、目指すなら相沢と明日香がセットで尊い方がいい」
「確かに! じゃあ明日香ちゃん。あたしと手を組んで尊い存在を目指して行こう!」
「よ、よくわからないけど。二人がそういうなら善処するわ」
張り切る相沢に、首を傾げている明日香。
朝からなにやってんだ俺達は。
けど、喜ぶ相沢を見て、明日香の緊張がほどけたようだ。
それならなんでもいいか。
「明日香ちゃん、謝ってくれてありがとね」
相沢は少しだけ声を落として言う。
「明日香ちゃんが嫌な気持ちで見てたんじゃないってわかったし、あたしはそれで十分だから」
「相沢さん……」
「だから、これからも普通に話そ。むしろもっと話そ。あたし、明日香ちゃんのことけっこう好きだし」
「す、好き?」
明日香の頬が少し赤くなる。
「でも、お付き合いはできなくて……」
「友達としてだから大丈夫」
「そ、そうよね。驚いたわ」
焦る明日香に、相沢は満更でもないと笑顔を浮かべている。
「なにその反応。明日香ちゃん可愛すぎんか?」
「かわ……」
また明日香が固まる。相沢は楽しそうに笑っている。
「そうだ、明日香ちゃん。これを機にあたしのこと名前で呼んでよ」
唐突な要求だった。
明日香は少しだけ目を瞬かせる。
「名前」
「玲奈。ほら、前にも言ったじゃん。あたしのこと名前で呼んでくれる人、あんまりいないから」
「そうね」
明日香は少し考えた。
レイナ。その響きは、明日香にとって特別な名前。
暫くして、明日香は申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめんなさい。まだ、相沢さんでお願いしてもいいかしら」
「やっぱダメかー。振られたから名前呼びも期待薄いとは思ってたけど」
「嫌というわけではないの。ただ、もう少しだけ」
「うん。いいよいいよ。別に急がないし」
相沢はあっさり頷く。
「じゃあ名前呼びは次のイベント報酬ってことで」
「いべんとほうしゅう?」
「何か仲良しイベントをクリアしたら、玲奈呼び解放」
「いまの明日香にその説明は伝わらないだろ。名前呼びを開放する前に、まずは身内ノリの解放が先だな」
「ぐっ、来たわ、チュートリアル西条。困っていると気まぐれで助けてくれる、役に立つか立たないか微妙な立ち位置のNPC」
「マジで微妙な性能じゃねえか」
「でも、そっか。まずはあたしノリに付いてきてもらうようにしないと」
「できれば明日香を相沢のノリに付き合わせるのを止めさせたいが」
「なんで? 身内ノリ最高っしょ!」
相沢は楽しそうに笑う。
明日香は意味がわかっていないながらも、少しだけ笑った。
「相沢さん、いつか名前で呼べるように頑張るわ」
「うん、約束ね」
「ええ。約束するわ」
その言葉に、相沢は満足そうに前を向いた。
ちょうどその時、予鈴が鳴る。教室のざわめきが少しずつ落ち着いていき、生徒たちが席へ戻っていく。明日香は机の中から教科書を取り出しながら、小さく息を吐いた。
「伊吹くん」
「なんだ」
「相沢さん、やっぱり優しい人ね」
「面倒だけどな」
「ええ、少しだけ面倒ね」
俺が頷くと、明日香は小さく笑った。
明日香は前の席を見る。
相沢の金色の髪が、朝の光を受けて少しだけ明るく見えた。きっと、明日香はまたレイナのことを思い出している。でも、さっきまでとは少し違う。
過去の誰かを重ねるためではなく、目の前の相沢玲奈という一人のクラスメイトを見るために。
その横顔を見て、俺は少しだけ安心した。
相沢玲奈。明日香にとって、レイナに似た誰か。
そして、これからちゃんと友達になっていく相手。
たぶんそれで、いいんだと思う。




