表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界帰りの元勇者な従妹と同居することになりました ー世間を知らない彼女をお世話しますー  作者: すなぎも


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/21

第21話 レイナ

 その日の夜、俺はなかなか寝つけなかった。


 理由はわかっている。昼間、相沢と話したことが頭に残っていたからだ。


 懐かしそう。寂しそう。


 明日香が相沢を見る時の目を、相沢はそう言った。


 レイナ。


 明日香が初めて相沢を見た時に零した名前。


 相沢玲奈ではない。たぶん、明日香がいた世界にいた誰か。


 明日香は俺の知らない場所で、俺の知らない時間を生きてきた。その中に、相沢に似た誰かがいた。


 そう考えると、妙に胸の奥が落ち着かなかった。


「……寝れねえ」


 呟いて、ソファーから起き上がる。水でも飲もうとキッチンへ向かう途中、ベランダのカーテンが少しだけ揺れていることに気づいた。


 窓がわずかに開いている。


「またか」


 思わず苦笑する。


 近づいてみると、やっぱり明日香が外にいた。


 古いジャージ姿のまま、手すりに軽く手を置いて夜の街を見ている。銀色の髪が夜風に揺れて、月明かりを受けていた。


「風邪ひくぞ」


 声をかけると、明日香が振り向いた。


 驚いた様子はない。俺の気配には気づいていたらしい。


「起こしちゃった?」


「寝れなかっただけだ」


「そう。私も」


「奇遇だな」


 スリッパを履いて、ベランダに出る。


 夜風は少し冷たいが、眠気の残った頭を冷やすにはちょうどよかった。


 しばらく、二人で黙って街を見ていた。


 遠くで車が走る音がする。けれど、明日香はもうそれに身構えない。数日前なら、警戒していたはずだ。ちゃんと、少しずつ慣れている。


 だからこそ、聞くなら今かもしれないと思った。


「明日香」


「なに?」


「相沢のこと、よく見てるよな」


 明日香の横顔が、ほんの少しだけ強張った。


 風で揺れた髪が頬にかかる。明日香はそれを指先で押さえながら、こちらを見なかった。


「気づいていたの?」


「俺だけじゃない。相沢も気づいてた」


「相沢さんも」


 明日香は小さく息を呑んだ。


「私、変な見方をしていたかしら」


「そこまでじゃない。ただ、何かしたかなって気にしてたぞ」


「そう……。悪いことをしてしまったわね」


「嫌がってる感じじゃなかったよ。むしろ好かれ過ぎてるかもって浮かれてたぐらいだ」


「彼女らしいわね」


「とは言え疑問には思ってたけどな」


 明日香は少しだけ頷いた。


 それから、夜の街へ視線を戻す。


「相沢さんって、明るくて、距離の詰め方が上手くて、ふざけているように見えて、ちゃんと周りを見ている人よね」


「相沢の評価が高いな」


「伊吹くんも、そう思っているでしょう?」


「否定はしない」


 面倒な奴ではある。騒がしいし、すぐアニメの話を持ち出すし、何かと俺をからかってくる。でも、いい奴なのは間違いない。


「レイナも、そういう人だったの」


 その名前が出た瞬間、俺は黙った。


 明日香は少しだけ迷うように、ジャージの袖を握る。


「向こうの世界に、相沢さんによく似た人がいたの。名前はレイナ。私と同じ勇者だったわ」


「勇者って、明日香だけじゃなかったのか?」


「1人だけじゃないわ。国や地域ごとに、魔王に対抗するため選ばれた人がいたの。正式な称号というより、人々がそう呼んでいた、という方が近いかもしれないけど」


「じゃあ明日香は?」


「白銀の勇者。そう呼ばれていたわ」


「白銀の勇者……」


 思わず繰り返す。


 似合いすぎていて、逆に反応に困った。銀色の髪。真面目な性格。人を守ろうとする姿勢。そう呼ばれていたと言われても、何の違和感もない。


「レイナは、陽光の勇者と呼ばれていたの」


「陽光?」


「ええ。金色の髪で、笑うと周りが明るくなるような人だったから」


 それは確かに相沢と重なる。金色の髪。明るい性格。場の空気を動かす力。似ているところが多い。


「同い年くらいだったのか?」


「たぶん。同年代で、同性で、同じ勇者で……。私にとっては、数少ない対等な相手だったわ」


「レイナも転移者だったとか?」


「それはないわ。日本のことは何も知らなかったから」


 明日香の声は静かだった。


「向こうでは、私を見る人の目がいろいろあったの。助けを求める目。期待する目。命令しようとする目。怖がる目。崇める目。守らなきゃいけない人も多かったし、守ってくれようとする人もいた。でも、隣に立ってくれる人は少なかった」


「レイナは、その1人だったのか」


「ええ」


 明日香は頷く。


「最初はうるさい人だと思ったわ。初対面なのにいきなり名前で呼んできて。『アスカって呼んでいい? あたしのこともレイナでいいから』って」


「相沢と同じこと言ってるな」


「でしょう?」


 明日香が少しだけ笑う。


「距離が近くて、強引で、よくからかってきて。こっちが真面目に考えていると、横から余計なことを言ってくるの」


「まんま相沢だな」


「でも、戦場では頼りになったわ。判断が早くて、人を動かすのが上手くて。怖がっている人にも、笑って話しかけられる人だった」


 そこで明日香は、少しだけ目を伏せた。


「私はみんなを守りながら魔王の討伐に向かっていた。レイナも別の場所から同じように戦っていたの。戦局の都合で少しの間だけ一緒に旅をしたんだけど、長い時間ではなかったわ。だからこそ、私にはすごく大事な時間だったわ」


「そっか」


 短く返すことしかできなかった。


 明日香は俺の反応を確認するように、ちらりとこちらを見る。


「重い話になっちゃってるかしら?」


「まだ大丈夫だ」


「まだ?」


「戦場で命がどうとか、そういう話が本格的に出てきたら、俺の処理能力を超える」


「そうね。伊吹くんは、こっちの人だものね」


「明日香もこっちの人だろ。俺と同じな」


 そう言うと、明日香は少し俯いた。


 それから、小さく頷く。


「……ええ」


 夜風が吹く。


 しばらく沈黙が落ちたあと、俺は聞いた。


「それで、そのレイナとはどうなったんだ?」


 踏み込みすぎたかと思ったが、明日香は怒らなかった。


 ただ、夜の街を見る目が少しだけ遠くなる。


「途中で別々の戦場に向かうことになったの。魔王の軍勢が広がって、一か所に戦力を集められなかったから。それからは会えていないわ」


 明日香の髪が、風にさらりと揺れる。


「魔王を倒した後、探したの。生きているならもう一度会えると思ったから。でも、見つからなかった。どこにもレイナの名前はなかった」


「死んだってことか?」


「わからない」


 明日香はすぐに答えた。


「生存報告はなかった。でも、死者の墓石にも名前は刻まれていなかった。だから、私は死んだとは言わない。どこかで生きているかもしれないし、私と同じように元の世界に帰ったのかもしれない。何かの理由で、姿を隠しているのかもしれない」


 そう言ってから、明日香は小さく息を吐く。


「ただ、会えなかった。それだけよ」


 それだけ。明日香はそう言った。


 けれど、それがどれだけ大きいことなのか、俺にも少しくらいはわかる。


 会えなかった。


 だから今も、相沢を見るたびに、どこかで重ねてしまうのかもしれない。


「相沢さんは、レイナとは違う人よ」


 明日香が静かに言った。


「そんなことわかっているの。でも、もしかしたらレイナがまた、私をからかっているだけなんじゃないかって。どこかで思ってしまうの」


「それで見てたのか」


「ええ。相沢さんには悪いことをしたわね」


「別に悪いことじゃないだろ。言ったろ? むしろ浮かれてたって」


「強がっていただけじゃなくて? 伊吹くんに不安だったから相談したんじゃなくて?」


 明日香が横目でこちらを窺い見る。


 杞憂しがちな性格なのか、或いは明日香も鋭いタイプなのか。


 どちらにしても、俺は首を横に振る。


「さあな。なんにしても、正直に言ってやればいいんじゃないか?」


「なんて?」


「ごめんなさい。向こうにいた子に少し似てたの。くらいでいいだろ。最終的に相沢も、あたしに似てる人がいたのかな? とか言ってたしな」


 明日香は少し考えてから頷いた。


「そうね。そうするわ」


「あと、相沢に似てたなら、そのレイナも相当面倒だったんだろうな」


 あえて軽く言うと、明日香は懐かしむように笑った。


「ええ、とても。勝手に二つ名を増やしてくるし、私の服装に文句をつけるし、作戦会議中に甘いものを食べようとするし、魔物を倒した数で競ってくるし。魔法に変な名前をつけて遊んでいるし」


「想像以上に相沢っぽいな」


「でも、嫌いじゃなかったわ」


 その声は、とても柔らかかった。


「相沢が知ったら調子に乗るぞ。陽光の勇者に似てるとか言われたら、普通に喜ぶ」


「相沢さんなら、自分は世界を越えても可愛い、と言いそうだわ」


「絶対に言うな」


「ふふっ。私も相沢さんの解釈が高まってきたわね」


 二人して、少し笑った。


 夜風が吹く。


 さっきまで少し重かった空気が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。


「話してくれてありがとな」


 そう言うと、明日香はこちらを見る。


「私の方こそ、聞いてくれてありがとう」


「俺は聞いただけだ」


「それが嬉しいの」


 真っ直ぐ言われると、返事に困る。


 困るので、俺は夜空を見上げた。


「そろそろ戻るか。夜更かしすると明日の朝さらに起きられなくなるからな」


「それは困るわね」


「困るのは俺な。明日香は起こされるだけなんだから」


「私だって、起きられなかったら朝ごはんがゆっくり食べられなくなるもの」


「ならすんなり起きてくれ」


 明日香は少しだけ困った顔をして、それから笑った。


「なおらないのよね、これ」


「いや諦めるなよ」


 明日香は、ふふっと笑って窓へ向かう。


 部屋に入る直前、ふとこちらを振り返った。


「伊吹くん」


「なんだ」


「レイナは私にとって大切な人だった。でも、相沢さんは相沢さんだって、ちゃんとわかってる」


「ああ」


「だから、相沢さんともちゃんと仲良くなりたい」


 その言葉に、俺は頷いた。


「大丈夫だよ。普通にしてれば仲良くなれる」


「そうだといいわね」


 明日香は小さく笑い、リビングへ戻っていった。


 俺は最後に一度だけ、夜の街を見る。


 レイナ。陽光の勇者。相沢玲奈に似た、明日香の大切な人。


 異世界には、そんな人がいたらしい。


 いや。異世界、なのか。


 ふと、そんな考えが頭をよぎった。


 けれど、今はまだ深く考えないことにした。


 明日香が少しだけ話してくれた。


 それだけで、今夜は十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ