第20話 似ている人
明日香が学校に通い始めて数日、クラスメイトが明日香に反応するようなことはなくなった。
とはいえ目立たなくなったわけじゃない。相変わらず廊下ですれ違う生徒には見られるし、男子の一部は未だに明日香へ話しかけるタイミングを探っている。
ただ、それでも初日よりはだいぶマシだ。
明日香もクラスに馴染み始めている。
「神谷さん、一緒にトイレいかない?」
「ごめんなさい。今は、その……。用を足す必要はないの」
「そ、そーだよね。うん、また今度!」
ちょっとズレてはいるが、そんな短いやり取りなら普通にできるようになってきている。
漢字と略語には今も苦戦しているが、会話自体は問題ない。むしろなんでも真面目に聞き返すせいで、一部の女子からは「神谷さん、反応かわいい」と言われ始めている。
本人はよくわかっていないようだが。
その中でも、特に明日香に声をかけることが多いのは相沢だ。
「明日香ちゃん、次の古文は寝ちゃダメだよ。あのおやじ、めちゃくちゃ寝るのに厳しいから」
「寝るつもりはないけど、古文は呪文に似ているから少し危険ね」
「何が危険なの?」
「聞いていると意識が遠くなるから」
「それは単純に眠いだけでしょ。明日香ちゃんも授業中に眠くなるんだねぇ~」
前の席から振り返り、相沢がけらけら笑う。
それも見て、明日香もつられるように笑っていた。
相沢のおかげで明日香の周りには自然と人が集まりやすくなった。その点では、かなり助かっている。
ただ、ひとつだけ気になることがあった。
明日香が相沢を見る時と、他の生徒を見るときとでは目が違う。
会話している時は普通だ。相沢の冗談に戸惑ったり、略語に首を傾げたり、からかわれてむくれたりしている。
だが、ふとした瞬間。相沢が前を向いている時や、別の女子と話している時。明日香はじっと相沢を見ていることがある。
まさか相沢に恋でもしてるのか?
とも思ったが、そんな眼つきではない。観察している、と言えばいいのか。相沢の仕草を見ては、静かに頷いたり、不意に首を横に振ったり。
俺が声を掛けても、その時ばかりは反応が遅れる。
「神谷さん、ちょっとこっち来てー」
休み時間、教室の真ん中あたりから女子の声がした。
昨日の授業で出たグループ課題について確認したいらしい。
「行ってくるわ」
「ああ」
明日香が女子たちのところへ向かう。
その背中を見送っていると、前の席から相沢がくるりと振り返った。
「西条。ちょっと聞いていい?」
いつもの軽い声。だが、顔は珍しく真面目だ。
「明日香ちゃんってさ、たまにあたしのことめっちゃ見てない?」
その問いに、思わず返事が遅れた。まさか相沢も気づいていたとは。
「気付いてたのか?」
「ってことはやっぱり?」
「俺もそんな気がしてた」
「じゃあ理由は知らない感じ?」
レイナ。
その名前が頭に浮かぶ。明日香が相沢を見ている様子は、誰かと比較しているようにも見える。だから頷いたり、首を振ったり。
「わからん。相沢は?」
「あたしもわからない。心当たりも特にないんだよねー。敢えて言うなら」
相沢は背もたれに腕を乗せたまま、ちらりと明日香の方を見る。
明日香は女子たちに囲まれ、プリントを覗き込みながら何かを聞いていた。
その様子を確認してから、相沢は声を落とす。
「あたし、こんなに優しいし。明日香ちゃんに狙われてるのかも」
でへっ、と口元を緩ませて気持ち悪い笑みを浮かべる相沢に。
「俺もその可能性は考えた」
「えっ、マジ! あたしと明日香ちゃんが付き合う可能性あんの!?」
不意に飛び出た大声に、クラスの注目がこちらに集まる。
当然、そこには明日香の視線も含まれており。
「あっ、いやー……。ごめんごめん、気にしないで! ちょっと西条にセクハラされて驚いただけだから!」
「おい」
誤魔化すにしても俺に被害が出ない誤魔化し方にしろバカ。
まあそんなこと信じる奴なんてこのクラスにいないだろうが。
「なんだ西条のセクハラか」
「意外とむっつりだよね、西条くんって」
そんな声と共に視線が散っていく。
えっ? なに? 俺ってそんなイメージだったの? ちょっとショックなんだけど。セクハラしたことなんてしたことないじゃん、俺
「ふー、誤魔化せた」
「お前のせいで俺がセクハラしたみたいになったんだが?」
「大丈夫だって、信じてる子なんていないから。信じてたらあたしを助けに来るでしょ普通」
「まあそりゃそうか」
俺にセクハラされてる相沢を放っておく奴等じゃないわな。
と、納得しかけたところで、刺すような視線が向けられていることに気が付く。
そちらを見ると、明日香が半眼でこちらを睨みつけていた。今まで見せたことがないような冷たい視線で、目が合うと、ぷいっ、と顔を逸らされる。
「なあ相沢。信じてる奴いたわ」
「ま、そりゃそうでしょ。明日香ちゃん、あたしのこと好きみたいだし」
「んなわけねえだろ」
「じゃあさっきの付き合えるってやつなんだったの?」
「付き合えるなんて言ってねえ。その可能性も考えたって言っただけだ」
「考えた結果は?」
「付き合える可能性はない」
「そ、そんな……」
相沢はわざとらしく肩を落としてから、すぐに顔をあげる。
「っとまあ、冗談はここまでにして」
相沢は仕切り直すようにそう言って。
「明日香ちゃんがあたしを見る目って、知ってる人と比べてる時の目なんだよね」
「どんな目だよ」
「説明はムズイんだけど。元カレを今カレに重ねてる幸子がああいう感じだったから。たぶんそうなんだよね」
読みは俺と同じだが、どうやら相沢は経験談らしい。
「西条。あたし、誰かに似てる?」
「わからん。あっちにいた明日香とは会ってないからな。まあ、相沢に似てる知り合いがいたんじゃないか? ヨーロッパっていったら金髪だろ? 相沢も金髪だしな」
「小学生並みの連想するじゃん」
「んなこと言ったって事実だろ」
「じゃあナイスバディ―だったりするのかな?」
相沢は腕を組んで自分の胸を持ち上げて揺らす。
「みなさん、俺は相沢にセクハラされています」
視線を逸らして小声で訴える俺に。
「そんな照れるなよぉ~。本当はガン見したいくせに~」
肩を突いてくる相沢。
鬱陶しい奴め。
「俺を本物のセクハラ野郎に仕立て上げようとするのやめろ」
「はいはい。他の男子だったら喜んで見て来るのに、西条はうぶっこだねえ」
「黙って明日香に見られてる理由を考えろ」
相沢はなぜか呆れたように溜息をした後。
「マジな話。明日香ちゃんのあの目、懐かしそうなんだよね。あと、ちょっと寂しそう」
「懐かしそう、ね」
その言葉が、妙に引っかかった。
「ちなみに幸子さんもそういう感じだったの?」
「そうだね。幸子も懐かしそうに今カレに元カレを重ねて……。それがバレて速攻振られてたよ」
「最悪じゃねえか」
「まあでも安心した。なんか明日香ちゃんに変なことしたかなって思ってたから。西条がそんな感じなら、明日香ちゃんに嫌われてなさそうだし」
俺の反応で、明日香の事情を察するなっての。
「でも、そっか。誰かに似てるだけなら、あたしからは聞かない方がいいか」
「いいのか? 気になることだろ」
「だって、あの顔は軽く突っ込んでいいやつじゃないでしょ」
相沢はそう言って、少しだけ肩をすくめた。
「幸子に元カレの話し聞いた時、めっちゃ長くなったし」
「それはそれだろ」
「そうだけど。明日香ちゃんが話したくなったら聞く。話したくなさそうならいつも通りにする。あたしはそれでいいかな」
その言葉に、少しだけ驚いた。
相沢は騒がしい。調子に乗る。変なアニメの影響をすぐ受けるし、何かと俺をからかってくる。けれど、こういうところがある。
踏み込む時と、踏み込まない時を間違えない。
だからみんなに好かれてるのかも知れないな。
「相沢はときどきいい奴だから困る」
「なに? ときどきいい奴って。褒めてるの?」
「褒めてる褒めてる。つまりはいい奴ってことだぞ?」
「ときどきなんでしょ?」
「ときどきな」
「……いや、やっぱめっちゃ微妙っしょ、それ」
相沢と目が合い、二人して笑い合う。
「ただいま」
その時、明日香が女子たちの輪から戻ってきた。
「おかえり、明日香ちゃん」
明日香は小さく頷いたあと、自分の席に座った。
その後、俺の方を見たかと思えば半眼で睨みつけてきた。
「ふんっ!」
あからさまに顔を逸らされた。
「……俺、なんかしたっけ?」
「セクハラでしょ」
振り向かずに相沢がそう言う。
そういえばそうだった。
まったく、なんて説明すりゃいんだよ……。




