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異世界帰りの元勇者な従妹と同居することになりました ー世間を知らない彼女をお世話しますー  作者: すなぎも


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第19話 虚偽の聖典―ライアーズ・バイブル―

 明日香が学校に通い始めて、数日が経った。たった数日。されど数日。


 明日香にとっては、それだけでも大きな変化だったらしい。


 まず、朝は相変わらず弱い。


「明日香、朝だぞ」


「あと五分。貴方のぶんまで魔物を倒すから……」


「それはありがたいけど、もう魔物はいないんだよ」


「そう。平和って素晴らしいわね。襲われないならいつまでも寝てられるもの……」


「魔物がいなくても学校には行くんだよ。寝るな」


 そんなやり取りを、ほぼ毎朝している。


 ただ、初日よりはだいぶマシになった。洗面所までは一人で行くし、飯の匂いを嗅げばすぐに目を覚ます。寝癖をつけたまま出てこようとすることがあるので、そこはまだ注意が必要だけど。


 学校ではもうだいぶ馴染んでいる。


 相沢が何かと声をかけてくれるおかげで、クラスの女子とも緊張せずに話せるようになっている。明日香に向けられていた視線も落ち着き、精神的な疲労もだいぶなくなっているそうだ。


 とはいえ、昼休みだけはまだ家庭科室で過ごすのが続いている。


 クラスの女子に誘われることもあったが、明日香は申し訳なさそうに笑って、もう少し慣れてからと断っている。


 人目の多い購買に行くのはまだハードルが高いか。なんにしてもやめ時は明日香に任せることにしている。


 そんな日の夜。夕飯を終え、明日香は風呂に入っていた。


 俺は食器を片付け、母さんはリビングの椅子に座って温かいお茶を飲んでいる。


 明日香が来る前は、こういう静かな時間が多かった、なんて思っていると。


「明日香ちゃん、だいぶ慣れてきたみたいね」


 テレビを見ながら母さんが口を開く。


「初めのうちはお風呂で寝ちゃうんじゃないかってぐらい疲れてたけど。最近はルンルンでお風呂に行くから」


「少しずつ学校にも慣れて来てると思う。まだ変なことは多いけどな」


「それはしょうがないでしょ。異世界帰りなんだから」


 頭では、明日香が別の世界から来たんだろうな、とは理解できている。


 だが、改めて他の人から『異世界帰り』と聞くと違和感が凄い。


「学校ではどんな感じなの? 友達できた?」


「みんなと仲良くやってるよ。相沢がいるのが大きいな」


「相沢玲奈ちゃんだっけ? 伊吹、まだあの子と仲いいんだ」


「なんやかんや中学から高校までずっと同じクラスだからな」


 相沢と出会ったのは中学に上がってすぐだ。とあるきっかけで相沢がオタクだと知ってしまい、そこから何故か仲良くなった。家に呼んだことはないが、何度か母さんとも顔を合わせている。


「派手な子だから、あんまり伊吹とあわないって思ってたのに」


「人は見かけによらないんだよ。かなり明日香のこと気にかけてくれてるしな」


 なんて、なんで俺は母さんに相沢のいいところを話してるんだ。自分で言ってて意味がわからん。


「騒がしいし、面倒な奴だけどな」


 咄嗟に相沢の評価を落としておくと。


「そう。伊吹がそう言うってことは、相性がいいのね」


「なんでそうなる」


「面倒くさい子とか好きでしょ?」


 妙なことを言われて、皿を拭く手が止まった。


「別にそんなことないけど」


「そんなことあるでしょ。小さい頃から、伊吹は困ってる子を見つけるのが上手かったから。面倒事によく首を突っ込んでたわよ」


 母さんは懐かしそうに目を細めた。


「幼稚園の時も、泣いてる子がいたら先生より先に気づいてたし。小学校の時も、給食を食べるのが遅い子に付き合って、最後まで席に残ってたりしたでしょ」


「……覚えてないな」


「でしょうね。そういうの、自分では覚えてないものよ」


 母さんはくすっと笑う。


「ってか母さんがなんでそんなこと知ってるんだよ」


「そりゃミキによく聞いたもの。伊吹は面倒見がいい子だってね」


「先生。そんなこと言ってたのか」


 三木先生は俺が小学生だったころの担任だ。母さんとは友達で、今でも二人で遊んでいるらしい。どうやらそこから俺の情報は漏れていたようだ。


「面倒見てるつもりなんてないけどな」


「そうね。だからミキも伊吹を放っておいたって言ってたわ。勝手にやってるし、こっちも助かるから。あえて何も言わないってね」


 まさか三木先生にそんな風に思われてたとは。


 俺はただ暇なだけだ。暇だから、目の前で困ってる人がいたら声を掛ける。見て見ぬ振りをするのも落ち着かないし、だったら話しぐらい聞いてみよう。暇潰しのつもりで、と。


 それを面倒見がいいと言われると、なんだか妙にむず痒い。


「明日香ちゃんのことも、なんだかんだよく見てくれてるみたいで安心したわ」


「母さんが頼んできたんだろ。……それに、放っておくと危ないからな。身体能力が高すぎて、何しでかすかわからない」


「ふふっ。それは大変ね」


「笑い事じゃないんだぞ。あと朝は起きないし、困ったらすぐこっち見て来るし、飯が絡むと目の色が変わる」


「でも、楽しそうじゃない」


「楽しそう?」


 思わず聞き返すと、母さんは湯呑みを両手で包みながら、こちらを見た。


「明日香が?」


「伊吹が」


「俺が?」


「うん。文句は言ってるけど、なんだかんだ楽しそうよ。明日香ちゃんが来てから、家の中でもよく喋るようになったらし」


「それは明日香が騒がしいからだろ」


「騒がしいってほどじゃないでしょう。あの子、基本は真面目で大人しいしから」


 真面目で大人しい。


 それは確かにそうなのだが、寝起きの悪さや食いしん坊なところを知っていると、簡単に頷きづらい。


「まあ、でも」


 俺は拭き終えた皿を棚に戻す。


「明日香が来てから、退屈はしてないな」


 事務的に過ごしていた朝が慌ただしくなった。飯を考えるのに頭を使い、学校でも、今までだらだら過ごしていたが、ここのところ明日香に付きっきりだ。そういう意味では退屈してない。


 が、口にしてから失敗したと思った。


 母さんがにやりと笑ったからだ。


「へぇー」


「なんだよ」


「いいことね。伊吹、普段から何でも一人でやっちゃうから。誰かのために忙しくしてるくらいが、ちょうどいいのかも」


「俺はまったり過ごすのが好きなんだよ」


「今の忙しさも好きなんじゃない? 子供の頃から色んな子に声かけてたのも、忙しくなりたくてやってたのかもね」


「その言い方やめろ。ナンパしてる変な奴みたいに聞こえるだろ」


 俺が顔をしかめると、母さんは楽しそうに笑った。


 その時、洗面所の方から扉の開く音がした。


「お風呂、ありがとうございました」


 風呂上がりの明日香がリビングに入ってくる。


 銀色の髪は濡れていて、肩にかかる毛先から小さな雫が落ちそうになっている。頬は風呂上がりでほんのり赤い。


 着ているのは、やっぱり俺の古いジャージだった。先日、体育用ジャージを返してもらう代わりに渡したやつだ。中学で使ってた体操着だが、サイズとしては変わらない、明日香にとってはぶかぶかの大きさである。


「なに話してたんですか?」


「伊吹は昔から面倒見がいいって話」


 それを聞いた明日香が、こちらを見る。


「知ってます。伊吹くんは昔も、そして今も。私の面倒を見てくれてますから」


 そんな真っ直ぐこっちを見て言わないでくれ。恥ずかしい。


「伊吹くんがいなかったら、たぶん私は車を素手で止めようとしてましたら」


「明日香ならやれそうで怖いけどな」


「それに、ご飯も作ってくれるし、学校でも助けてくれるし」


 明日香は少し照れたように、自分の濡れた髪に触れる。


「髪も乾かしてくれるし」


「それは最近やってないだろ」


「だから」


 明日香は一歩こちらに近づいた。


「伊吹くん。髪、乾かしてくれない?」


「なんでだよ。もう自分で出来るだろ」


 ドライヤーの使い方は教えた。実際、明日香も自分でできるようにはなっている。時間はかかるが、できないわけじゃない。


「今日は少し疲れているの」


「学校があったからな」


「漢字が多かったし、グループ作って話し合いさせられたし」


「それは大変だったな」


「相沢さんが『ワンチャンいる』って言っていたのに、ワンちゃんいなかったし」


「それは相沢が悪いな」


 相沢が『ワンチャンある!』って言ってたのは、ワンチャンスある! の意味だからな。明日香が思う犬がいる、って意味じゃない。ややこしい言い回しだけど。


「だから、髪を乾かす力があまり残っていないの」


「髪を乾かすのにそんな力は使わないだろ。ドライヤーで吹くだけだ」


 俺の言葉に、明日香は不満そうに唇を尖らせた。風呂上がりで、俺のジャージを着て、濡れた銀髪を押さえながらそんな顔をする。


「それに」


「まだあるのか」


「伊吹くんに乾かしてもらう方が、きれいになるもの」


 明日香はコンセントにドライヤー差し、椅子に座ってこちらを振り返る。


「ダメ?」


 明日香が少しだけ上目遣いになる。


 隣を見ると、母さんがものすごく楽しそうな顔をしていた。


「伊吹、乾かしてあげたら?」


「他人事だと思って」


「他人事じゃないわよ。母さん、息子の成長を見守ってるの」


「明日香の成長を見守るために、自分でやらせるべきだと思うが?」


「御託はいいの。ほら、明日香ちゃん風邪ひいちゃうわよ」


 母さんにまでそう言われると、断る方が面倒になってくる。


 俺は諦めて明日香の後ろに立ち、ドライヤーを受け取る。


「今日だけだからな」


「ええ」


「前もそう言った気がするけど、本当に今日だけだからな」


「ええ。虚偽の聖典―ライアーズ・バイブル―。に記された理念に沿って約束するわ」


「たまに出してくる意味わからん異世界単語やめろ」


 誤魔化そうとしてるのが見え見えなんだよ。あと毎回ちょっと興味が出る内容なのもやめろって。行ってみたくなるんだよ、そっちの世界に。


 嬉しそうに椅子に座ってる明日香に、俺は温風を当てる。


「熱いか?」


「大丈夫。気持ちいい」


 このやり取りも、もう何度目かになる。


 指の間を銀色の髪が滑っていく。細くて、柔らかくて、光を受けると本当に綺麗だ。乾かすたびに思うが、やっぱり明日香の髪は普通じゃない。


 俺が無言で髪を梳いていると、後ろから母さんの声がした。


「手つきが慣れてるわね」


「何回かやってるからな」


「ちゃんと優しくできるじゃない。母さんのもやってもらおうかしら?」


「……気が向いたらな」


 明日香は椅子に座ったまま、小さく笑った。


「優香さん」


「なあに?」


「伊吹くんは、本当に優しいと思います」


「そうでしょ?」


「はい」


 なんの確認なんだよ、それは。


 母さんは満足そうにお茶を飲んでいる。


 明日香は気持ちよさそうに目を細めている。


 俺はというと、文句を言いながらも、結局いつもより丁寧に髪を乾かしていた。


 面倒見がいい。昔からそうだった。


 母さんはそう言ったけど、俺にはやっぱりよくわからない。


 俺が暇で。目の前で困っているやつがいて。そいつが少しだけ嬉しそうにしてくれるなら。まあ、悪い気はしない。ただそれだけだ。


「伊吹くん」


「なんだ」


「ありがとう」


「ああ。……もうやらないからな? 虚偽の聖典―ライアーズ・バイブル―に誓ってるんだからな?」


「ええ」


 明日香は短く返事をして。


「人は嘘を吐く生き物だ。それは決して悪いことじゃない。虚偽の聖典より」


 明日香が何か言ったが、ドライヤーの音にかき消されて聞こえなかった。


 風呂上がりのリビングに、温かい風の音だけがしばらく続いた。

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