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異世界帰りの元勇者な従妹と同居することになりました ー世間を知らない彼女をお世話しますー  作者: すなぎも


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第16話 帰り道

 午後の授業が終わった頃には、明日香もだいぶ学校に慣れてきたように見えた。慣れたというより、視線を気にする体力がなくなっただけかも知れない。


 ホームルームが終わり、担任が教室を出ていくと。


「終わったのね……」


 ギリギリ背筋は伸びたままだが、燃え尽きた人のセリフが隣から聞こえる。


「長い戦いだったわね。これで、ようやく帰れるわ」


「魔王を倒して現世に帰れるみたいに言うな」


「すぐに回帰の儀礼を執り行いましょう。虚構の夢が夜空を埋め尽くす前に、ね」


「マジっぽいんだよ、明日香が言うと」


 俺がそう返すと、明日香は楽しそうに笑う。


 普通の学生が言うならただの拗らせ中二病だが、明日香が言うとマジに聞こえる。っていうかマジなのかも知れない。虚構の夢が夜空を埋め尽くすとこっちの世界に帰れなくなるのか? 知らんけど。


「回帰の儀礼はやらんが、うちに帰るか」


「ええ。そうしましょう」


 鞄を持ち、明日香が手を振りながら挨拶をして教室を出る。


 何か言いたげなクラスメイトもいたが、昼休みの件を覚えていたのか。今日誘うのは止めておこうと、そんな気遣いを感じた。


 廊下は部活へ向かう生徒や、友達と話しながら帰る生徒たちで溢れている。朝とはまた違う賑やかさ。


「みんな楽しそうね」


「そりゃそうだ。授業から解放されたのは明日香だけじゃない。みんな授業が嫌いなんだよ」


「伊吹くんも?」


「当然だろ。勉強が好きな高校生なんて聞いたことがない」


「そう。……よかった。みんな好きで受けてるのかと思ったわ」


「んなことはない。みんな授業は嫌いだよ。向こうでは違ったか?」


「少なくとも騎士学校には強い意志を持った人しかいなかったわ。戦う事が好きかどうかはわからないけど、みんな何かを目指して入学していたはずよ」


 そういうもんか。


 高校は義務教育じゃない。俺達も好きで入学してるはずなのに、なんで授業は嫌いなんだろうな。なんてことを考えながら、昇降口で靴を履き替え外へ出る。


 校庭に出たところで明日香が足を止めた。視線の先にはグラウンドがある。


 放課後の校庭では、すでにいくつかの部活が始まっていた。


 野球部がキャッチボールをして、サッカー部は端でパス練習。陸上部はトラックを走り、別の場所ではソフトボール部らしき女子たちが声を出し合っている。


「これは、訓練?」


「部活だな」


「部活。伊吹くんでいう料理部みたいな?」


「そういうことだ。授業が終わったあとに、スポーツの練習とか文化活動をすることを部活っていうんだ」


「やっぱり訓練ということね」


「訓練って言うと大げさだけどな。大会とか試合はあるけど、戦うためにやってるわけじゃない」


「訓練なのに、戦うためじゃない……」


 明日香は校庭を見つめたまま、ぽつりと呟いた。


 野球部の笑い声が聞こえる。サッカー部の誰かがミスをして、仲間にからかわれている。陸上部は苦しそうに走っているが、誰かに追われているわけではない。


 ただ、自分たちで選んで楽しんでいる。


 明日香の横顔が、少しだけ柔らかくなった。


「身体を鍛えて、技を磨いて、それでも誰かを傷つけるためじゃないのね」


「目標のために頑張ったり、将来のために頑張ったり。思い出作りとして青春を謳歌したり。部活に入ってる理由は人それぞれだ」


「そう。平和でいいことだわ」


 その言い方には、実感が籠っていた。


 明日香にとっての訓練は、生き残るためのものだったのかも知れない。魔物を倒すため。誰かを守るため。次の戦場で死なないため。


 でも、目の前の校庭にいる生徒たちは違う。


 うまくなりたいから走る。勝ちたいから練習する。友達と一緒に何かをしたいから、放課後の時間を使っている。


 俺達と明日香では、見てきた世界がかなり違う。


 もしかしたら、今見ている景色も違うのかも知れない。


 どこか優しい瞳ではしゃいでいる生徒達を見る明日香に。


「気になるならどっか入ってみるか?」


 何気なく言うと、明日香はこちらを見て首を傾げる。


「私が?」


「ああ。文科系でもいいし、いま見てる運動部でもいい。興味あるなら見学っていうのもあるぞ」


「見学……。そうね。でも、運動部は」


 明日香はグラウンドへ視線を戻す。それから、困ったように笑った。


「私が入ったら、たぶん大変なことになると思うわ」


「あー……」


 何度か目では追えない速さで背後に回られたことがある。実際、どれぐらい身体能力が高いかはわからないが。


「そんなに凄いのか?」


「ええ。力加減を間違えたら簡単に怪我をさせちゃうと思う」


 明日香は自分の手をさすりながらそう呟く。


 普通の学生になりたい。けれど、向こうの世界で勇者として戦ってきた身体は、普通の範囲に収まらない。そんなことを考えているのかもしれない。


「ま、部活は強制じゃないし、無理して入る必要はない。興味があったら入って見るのもありってだけだ。それに、運動部じゃなくても身体は動かせる」


「そうなの?」


「たぶんな」


 俺が適当に返したところで、校庭の方から声が飛んできた。


「すみませーん! ボール取ってもらえますかー!」


 見ると、ソフトボールがこちらの方まで転がってきていた。どうやら練習中に逸れたらしい。明日香がそれに気づき、自然な動きで拾い上げた。


 ボールが微かに軋む。


 嫌な予感がした。


「明日香」


「なに?」


「軽くな? 撫でる様に投げろよ? 握りつぶすなよ?」


「わかってるわよ。……伊吹くんは私をなんだと思ってるの? 剛力猿人マッスルドレイクじゃないんだから」


「そ、そうだよな。頼むぞ。……ん?」


 今なんて言った? 剛力猿人マッスルドレイク? それ魔物の名前? ちょっとむこうの世界に持っちゃうようなこと言うの止めてくれ。ちょいちょい気になる単語が出て来るんだよな。


 俺が戸惑っている隙に、明日香はソフトボール部の女子たちの方を見据えて息を吐いた。


 距離はそこそこある。普通の女の子なら、山なりに投げてボールがバウンド。持ち主ぬ届くころにはゴロゴロと転がっている距離だ。


 明日香は足を軽く開き、ボールを手の中で確かめるように一度だけ握った。


 嫌な予感が、確信に変わる。


「明日香、ほんとに軽くでいいんだぞ? なんなら下投げでもいいからな? 剛力猿人マッスルドレイクじゃないんだから――」


「えい」


 可愛い掛け声だった。だが、ボールは可愛くなかった。


 白い球が山なりではなく一直線に飛んだ。


 低く、速く、まるで糸を引くみたいに校庭を横切る。数十メートル先にいたソフトボール部の女子が慌ててグローブを構える前に、顔の横を通過する。


 ズバンッ、と乾いた音が校庭に響いた。


 ボールははるか遠く、ホームベースに立っていた女の子のキャッチャーミットに収まった。収まったが、ギリギリ受け取った子が、呆然とこちらを見ている。


 周囲にいた部員たちも同じように固まる。


 たまたま見ていた野球部の男子も固まる。


 サッカー部の数人まで、こちらを見ていた。


 明日香は不思議そうに首を傾げた。


「軽く投げたつもりだったんだけど、意外と真っ直ぐ飛ぶものね」


「今のが軽いなら運動部は絶対やめとけ」


 あとその『私なんかしちゃいました?』みたいな顔もやめとけ。今回ばかりは可愛く見えない。


 そんな心配をよそに、校庭の方がざわつき始める。


「え、今の何? 投げたの、あの銀髪の子?」


「ソフト部、勧誘しろって」


「いや野球部だろ今のは! とうとううちにもエースピッチャーが来た!」


 まずい。非常にまずい。今ここで立ち止まっていたら、明日香が運動部の連中に囲まれる未来しか見えない。


「帰るぞ」


「えっ? でも、みんなこっち見てるわよ」


「そうだな。だから勧誘される前に逃げるんだよ」


 明日香は校庭を見て。


「それは困るわね。怪我させたくないもの」


「だろ? だから帰るんだよ」


 俺は明日香の背中を軽く押すようにして歩き出す。


 後ろから「ありがとうございましたー!」という声と、「ねえ、あの子何者?」という声が聞こえてくる。それら全てを聞かなかったことにする。


 校門を出て、ようやく少し落ち着いた。


 明日香は勧誘の声に、まだ校庭の方を振り返っている。


「みんな盛り上がってたな」


「ええ。楽しそうだったわ」


 その声は少しだけ名残惜しそうである。


「でも、やっぱり私が混ざったら大変なことになりそうね」


「やるなら個人技のやつにしとけ。対戦系は絶対にダメだ」


「気をつけるわ」


「本当に気をつける気はあったんだよな?」


 念のために聞くと、明日香はぴたりと視線を止めた。


 それから、少しだけ目を逸らす。


「え、ええ。もちろんよ」


 力のない返事。あちらこちらに振れる視線。明らかに何かを誤魔化している顔をしている。


 さっきのことを振り返る。明日香の投げた球は……。


「そういえば、軽く投げたって言うわりにはずいぶん綺麗なストレートだったな」


「そ、そうかしら?」


「明日香?」


「軽くは投げたわ」


「そこは本当なんだな」


「本当よ。ただ……」


 明日香は言いにくそうに、指先で自分の鞄の持ち手をいじった。それから、ちらりと上目遣いでこちらを見る。申し訳なさそうで、でも、それ以上に恥ずかしそうな顔だった。


「呼んでいた子じゃなくて、奥にいた子を狙ったの」


「なんでまた」


「その方が、真っ直ぐ投げられると思ったから」


「なるほど?」


 つまり、近くの子へ安全に返すより、遠くのキャッチャーに向けて綺麗に投げたわけか?


「どこに真っ直ぐ投げる必要があったんだよ」


「それは」


 明日香はまた視線を逸らした。


 白い頬に、じわっと赤みが差す。


「その……。少しだけ」


「少しだけ?」


「伊吹くんに、かっこいいところを見せたいなって……。思って」


 最後の方は、ほとんど小声だった。


 明日香は言い終えたあと、慌てるようにこちらを見た。


「ご、ごめんなさい。目立たないようにしないといけないのはわかっていたのに。つい、癖で……。というか、違うの。癖というより、その、伊吹くんが見ていたから」


「俺が見てたから?」


「……うん」


 明日香は小さく頷く。


「格好悪いところばかり見せている気がしたの。朝は起きられなかったし、学校ではわからないことばかりだったし、相沢さんやクラスの人たちにも助けてもらってばかりで」


 そう言って、明日香は恥ずかしそうに眉を下げた。


「だから、少しくらい。ちゃんとできるところも、見せたくなったの」


 そう。そうですか。そうなんですね。


 でも、そんなふうに言われると、なんというか。


 責める気はなれない。


「そっか」


「ごめんなさい」


「いや、まあ。気持ちはわかった」


「呆れた?」


「ちょっとだけ」


「やっぱり」


「でも、まあ。かっこよかったよ」


 言った瞬間、明日香が固まった。


 それから、耳まで赤くなっていく。


「恥ずかしがるな。見せたかったんだろ? なら言っといた方がいいかと思っただけだ」


「そ、そう。ありがとう」


 明日香は赤い顔のまま、俯いたままそう言った。


「でも、次からは目立たない方向で頼む」


「気を付けます」


 反省してるようなので、よしとしよう。


 それに、別に運動部に入れないならそれで終わり、という話じゃない。明日香は普通の学生になりたいんだろうし、身体を動かすこと自体は嫌いじゃないはずだ。


「そういえば最近、俺も運動不足なんだよな」


「伊吹くんが?」


「ああ。家事と通学くらいしかしてないし。たまには身体を動かした方がいい気がしてきた」


「そうなの?」


「だからまあ、明日香がよければだけど」


 言ってから、少し照れくさくなる。


「一緒に運動するか? 部活じゃなくて、放課後とか休日に。軽く走るくらいなら、問題ないだろ」


 明日香は驚いたように瞬きを繰り消した。


 それから、ゆっくりと微笑む。


「いいの?」


「俺の運動不足解消にもなるしな」


「そう。なら、私が鍛えてあげるわ」


「鍛えなくていい。軽く汗をかいて、気持ちいい運動をするだけだ」


「伊吹くんの体力に合わせて、無理のない訓練にするから」


「訓練をするつもりはない」


「あっちの世界に行ったとしても、生きていけるぐらいには鍛えてあげる」


「行くつもりないからやめてくれない? 魔物と戦えるほど強くなりたいわけじゃないから」


 それに俺は剣でバシバシいくより、戦略と策略で戦う頭脳派キャラが好きなんだけど。


 困った俺の顔を見て、明日香は楽しそうに笑っている。


 その顔を見て、まあいいかと思ってしまう。


 元勇者と一緒に運動する。冷静に考えたら物凄く豪華な気がしてきた。


 それに、明日香が少しでも普通の学校生活に近づけるなら、多少の筋肉痛くらいは安いものかもしれない。


 ……多少で済めばいいけど。


 こうして、明日香の初登校は終わりを告げた。

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