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異世界帰りの元勇者な従妹と同居することになりました ー世間を知らない彼女をお世話しますー  作者: すなぎも


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第14話 棒読みの台本

 ホームルームが終わり、教室の空気が少しだけ緩んだ。いつもなら何でもない休み時間が始まる。


 が、今日は違った。


 教室がざわついている。あちこちから、ちらちらと視線が飛んでくる。そのほとんどは明日香へ向けられたものだ。


 気持ちはわかる。


 ただの転入生でも話題になるだろうに、来たのが明日香となれば話題にならない方がおかしい。


 しかし、意外なことに誰も話しかけてこなかった。


 視線は向けられている。みんな興味を隠しきれてない。男子なんかは『お前が声をかけろ』と肘を突き合っている。だが、どう距離を詰めていいのかわからない。そんな空気が教室に漂っている。


「伊吹くん」


 椅子を少し寄せて明日香が小声で喋りかけて来る。


「凄い見られているわ」


「そうだな」


「殺意や敵意はないみたいだけど」


「そりゃそうだろ。あったら困るわ」


「気は張っておかないと」


「大丈夫だ。気楽にしてろ」


 心配し過ぎだ。俺に対しては幾つか殺意に近い敵意の視線は向けられてる気もするけど。


「みんな明日香と喋りたくて様子を窺ってるだけだよ」


「そ、そうなの? ……でも、ムズムズするわね、観察されてるみたいで」


 明日香は落ち着かないように、毛先をクルクルといじる。


「あっちじゃあんま目立ってなかったのか?」


「視線は向けられてたけど。敵意か殺意か、尊敬か感謝か……。そういうわかりやすいのが多かったから。こういう敵意が混ざらない様子見の視線は慣れないわ」


 明日香はそう言い、困ったように笑った。


「ま、大丈夫だ」


「大丈夫?」


「ああ。そろそろあいつが帰って来るからな」


 明日香が首を傾げると、教室の扉が開き、相沢が戻ってきた。


 ルンルンで教室に入ってきた相沢は、教室に漂う微妙な空気を感じ取り、すぐに目を細める。


「え、なにこの空気。きもちわるっ」


 教室を見渡しながら席に戻ると、椅子に座る前にこちらを見た。


「みんな遠巻きにしすぎじゃない?」


「相沢みたいに突っ込んでくる奴ばっかじゃないんだよ」


「それ褒めてる?」


「もちろんだ。俺には相沢が救世主に見えるぞ。期待してる」


 伝えると、ニッと笑ってから前の席に座る。そしていつものように椅子の背もたれへ腕を乗せ、こちらを振り返った。


「なら期待に応えてあげますか」


 自信満々に言ったと、明日香の方を見た。


「明日香ちゃん、改めてよろしくね」


 声掛けに、明日香は少しだけ姿勢を正す。


「はい。よろしくお願いします、相沢さん」


「かたいねー。めっちゃ丁寧だし」


「そ、そう?」


「うん。かなりそう。そんなカチカチじゃ疲れちゃうでしょ? もっと気楽にした方がいいよ。高校生活なんて楽しむに越したことはないんだから」


 息を吐き、肩を揺らして力を抜こうとする明日香を見て、相沢は楽しそうに笑う。


「やっぱ苗字呼びでいくの? 名前呼びでいいって言ったのに」


「日本の文化では苗字で呼ぶのが普通だと聞いたから」


「文化なんて合わせなくていいのに。むしろ海外の新鮮な雰囲気を味わいたいんだけどな~。あたしは」


「そうなの?」


「そうそう。このマンネリ化した高校生活を明日香ちゃんの海外オーラが吹き飛ばしてくれると嬉しいんだけどな~」


 どこまで本気かわからない相沢の発言に、明日香がこちらを見た。


 どうしよう? とそちらを見なくてもわかる。


 正直、呼び方なんてどうでもいいんだけど。


『レイナ』


 相沢を見た明日香が零した名前。そこになんの意味があったのかを、俺は知らない。


「まずは苗字でいいんじゃないか? 親しくなったら名前呼びにすれば」


「西条、邪魔すんな。あたしは感じたいの、海外の風ってやつを、ね……」


 またなんかのアニメに影響されてるのか、相沢は目を細めてクールに決めている。


「なんだよ海外の風って、まずそこが意味わかんねえから」


「いいの! だ~れもあたしのこと玲奈って呼んでくれないんだから! これがチャンスなの!」


 謎の訴えをした後、相沢は明日香に向き直る。


「ってことで明日香ちゃん。あたしのこと、玲奈って呼んで」


「レナ……」


 明日香はぽつりと呟いた後。


「いえ、やっぱり日本の文化を勉強したいから。相沢さんでお願いするわ」


「むぅっ~」


 相沢は頬を膨らませて不満を見せた後。


「はぁ~。まあ明日香ちゃんがそう言うならそれでいいけどね」


 すぐに納得してみせた。


「で、明日香ちゃん。ヨーロッパにいたって言ってたじゃん。どの辺にいたの?」


 いきなり核心に近い質問が飛んだ。この飛躍の仕方も相沢らしいが。


 明日香の肩がぴくりと動く。俺も一瞬だけ息を止める。


 そして。


「親の仕事の都合で、ヨーロッパのかなり辺境な地域に住んでいました」


 声に迷いはない。ただ、言葉が妙に滑らかで、口調がさっきまでと違う。


「生活は家と小さな学校の往復がほとんどで、外との接点も少なく、日本の都会的な生活や同世代の文化にあまり触れてきませんでした。そのため、こちらの生活には不慣れな部分がありますが、少しずつ慣れていきたいと思っています」


 すらすらと答えきった。


 完璧だ。だが、完璧すぎる。頭の中に母さんの顔が浮かぶほどに完璧。


 母さん、絶対に台本を用意したな。たぶん明日香に『聞かれたらこう答えなさい』って教え込んでる。


 明日香も明日香でその台本を一言一句ほぼそのまま覚えたに違いない。そのせいで普段と口調が違い過ぎる。完璧に読み上げ過ぎているせいであまりにも不自然だ。


「へぇー……」


 相沢は気のない返事をした後、数秒黙った。そして、ゆっくりと俺を見る。


「西条」


「なんだよ」


「台本、用意した?」


「少なくとも俺は用意してない」


「そっ……」


 微妙な反応を示す相沢を見て、明日香がはっとした顔をする。


「台本みたいだったかしら?」


「悪い意味じゃないよ? 悪い意味じゃないんだけど……」


 視線を天井に移し、返事を考えてから。


「すごいちゃんとしてるなーって意味。普通そこまで整理して答えないから」


「そ、そうなのね」


「緊張で変なこと言わないように練習してたんだよ。自分なりにな」


 さすがに助け舟を出す。


「そっかそっか。最近日本に来たんだもんね。答えられるようにしておくなんて、やっぱり明日香ちゃんは真面目だね~」


 言いながら相沢が頬杖をつく。


「辺境ってどのレベル? スマホとかあんまり触ってない感じ?」


「すまほ……」


 明日香が止まった。


「スマートフォンだ。略称は難しいよな、覚えるのが」


 俺が言いながらスマホを取り出すと、明日香はそれを見てすぐに頷く。


「スマートフォンのことね。持たされてはいたけど、あまり触ってなかったわ。家では電波が安定していなかったし」


「ネットも繋がってなかったの?」


「ネット? 網のこと? 家には繋がってなかったけど、日本では網が常に繋がっているの?」


「あー、いや、そうじゃないんだけど……。なるほど。そういう感じね」


 相沢は何やら真剣な顔で頷いた。そして。


「つまり、明日香ちゃんは現代文化ほぼ初見勢」


「言い方おかしいだろ」


「しかも綺麗で礼儀正しくて、異国育ちで、世間知らず気味」


「変な所はひとつもないな」


「西条。この子、属性盛りすぎじゃない?」


「相沢。他の奴等も聞いてるから、その言い回しはよくないあぞ」


 教室にいるほとんどが、明日香と相沢の会話に耳を傾けている。


 オタクを隠している相沢からすれば、これからしようとしていた発言はするべきじゃない。


「そ、そだね。あはは、あはははは……」


 そのことに気付いた相沢の勢いが急になくなる。わかりやすい奴め。


 その時、周りで様子を見ていた女子の一人が、少しだけ近づいてきた。


「あ、あの。神谷さん」


「はい」


「髪、すごく綺麗だね。地毛?」


 質問した女子は緊張しているようだ。


 明日香は自分の髪に触れながら答える。


「ええ、生まれつきよ。私、ハーフだから」


「そ、そうなんだ! すごい、ほんとに綺麗だと思って」


「そう? あまり髪を褒められたことなくて。……その、ありがとう」


 明日香の頬がほんのり赤くなる。


 また別の女子が続く。


「日本語、普通に話せてるよね。さっき不慣れって言ってたけど」


「会話はなんとか。難しい言葉とか読み書きはまだ勉強中だけど。伊吹くんも言ってたけど、略称とか名詞はわからないことが多いわ」


「いや、十分凄いと思うよ。ぜんぜん聞き取れるし」


「そ、そう? そうかしら」


 明日香は困ったように笑う。その笑い方が柔らかくて、周囲の空気が少し和らぐ。さっきまで遠巻きに見ていた数人も、少しずつ距離を詰めてきた。


 相沢が小声で俺に言う。


「大丈夫そうかな?」


「ああ。相沢のお陰でな」


「じゃああとで奢ってよ」


「助けられたが、明日香は異世界の勇者じゃない。奢りはなしだ」


「ちぇ。西条のケチ」


「手堅く幼馴染みに賭けてれば奢ってやったのに」


「それじゃ面白くないでしょ」


 相沢は軽く流してから、明日香へ視線を戻した。


 明日香は女子たちの質問に一つ一つ丁寧に答えている。まだ少し固いが、最初ほど緊張していない。


 やがて次の授業の準備をする空気になり、集まっていた女子たちも少しずつ席へ戻っていった。


「またあとで話そうね、神谷さん」


「ええ。また」


 明日香は手を挙げて女子を見送る。


 女子たちが離れると、明日香は小さく息を吐いた。


 疲れた、というより、緊張が解けたような息だ。


「大丈夫か?」


「ええ。難しかったけど」


「よく答えてたと思うぞ」


「本当?」


「ああ。台本っぽかったけどな」


「伊吹くんまで……」


 明日香が少しだけむくれる。


 その反応が年相応で安心した。


 前の席から相沢が振り返る。


「あーすかちゃん」


「どうしたの?」


「困ったらあたしにも聞いていいからね。西条が答えづらいこともあるだろうし」


「伊吹くんが答えずらいこと?」


 なんだろう? と首を傾げる明日香に。


「西条は男。あたしは女。つまり、トイレとか体育前の着替えとか。そういうのはあたしに聞いて」


「あっ。そ、そうね。その時はお願いするわ」


 少し答えずらそうにする明日香に、それを見て微笑む相沢。


「ありがとう、相沢さん。お願いすると思うわ」


「うん。よろしくね~」


 相沢はひらひらと手を振って前を向いた。


 明日香はその背中を見つめる。


「伊吹くん」


「ん?」


「学校って、思っていたより難しいわね」


「まだ一時間目も始まってないけどな」


「それでも」


 明日香は少しだけ笑った。


「新鮮で、楽しいわ」


 そう言って、前を向く。


 俺はその横顔を見ながら、小さく息を吐いた。

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