第6話:神の庭に、黒い泥をぶち撒けろ
カイルがレオンら汚職騎士を「掃除」したことで、防衛の要を失った王都は、もはや魔王軍という巨大な歯車に噛み潰されるのを待つだけの果実だった。
「……嘆け。お前たちが英雄と崇めた『光』は、今夜、俺がこの手で塗り潰す」
カイルは王宮の尖塔の頂に立ち、眼下のパニックを見下ろしていた。
逃げ惑う群衆。我先に宝を持ち出そうとする貴族。
彼らが縋るのは、もはや神でも法でもなく——たった一人の、壊れかけた少女だった。
「アリス! 早くしろ! 魔王軍が外壁を越えたぞ!」
「聖剣の出力を最大にしろと言っているだろう! お前の命などどうでもいい、この王都を守り抜くのが勇者の義務だ!」
王宮の広場。アリスを取り囲むのは、彼女を案じる仲間ではない。
彼女を「無敵の盾」としか見ていない、醜い欲望に塗れた老人たちだった。
「……う、あ……っ」
アリスの瞳から、光が消えていく。
聖剣エクスカリバーが、主の衰弱に呼応して強制的に魔力を吸い上げ始めた。
彼女の白い肌には、魔力の過負荷によるひび割れのような紋様が浮かび上がる。それは「聖なる守護」などではなく、神が人間を使い潰すための「処刑の印」だった。
「——その汚い手で、俺の幼馴染を触るな」
凍てつくような声と共に、漆黒の雷鳴が広場に落ちた。
爆煙の中から現れたカイルは、一歩歩くたびに、周囲の石畳を深淵の闇で腐食させていく。
「ひっ、ま、魔王……! アリス、早く! こいつを殺せ!」
貴族たちがアリスの背中に隠れ、震える指でカイルを指差す。
アリスは、もはや言葉を紡ぐ力も残っていないのか、人形のように聖剣を構えた。
「……アリス。そんな連中のために、君の心を捨てる必要はない」
カイルはわざと嘲笑うように、指先から禍々しい闇の弾丸を放つ。
それはアリスを狙ったものではない。彼女の背後で喚き散らす貴族たちの脚を、正確に、そして容赦なく撃ち抜いた。
「ぎあああああッ!?」
「……うるさい。君たちの断末魔は、この舞台には不釣り合いだ」
カイルの紅い瞳が、アリスだけを見据える。
彼女が放つ白銀の斬撃を、カイルは素手で受け止めた。
ジり、と肉が焼ける音がするが、カイルは眉一つ動かさない。
「もっと来い、アリス。君の『光』をすべて俺に叩きつけろ。……そのすべてを、俺の『闇』で喰らい尽くしてやる」
カイルは確信していた。
今、ここで自分が「最悪の魔王」として彼女を極限まで追い詰め、聖剣の魔力を限界まで放出させなければ、彼女の魂は内側から焼き切れてしまう。
「……カ、イル……?」
一瞬、アリスの唇が動いた。
だが、その微かな呼びかけは、聖剣が放った狂気じみた閃光にかき消された。




