第4話:白銀の勇者は、泥の中で泣く
王都、聖教会の最深部に位置する「勇者の私室」。
豪華絢爛な調度品に囲まれながら、私は冷たい床に座り込んでいた。
右手には、人類の希望である聖剣エクスカリバー。
だが、今の私にとって、それは私の魂を少しずつ削り取っていく「寄生虫」にしか見えなかった。
「……あ、あ……っ」
頭の奥が焼けるように熱い。
聖剣を握り始めてから、私の感情は「色」を失っていった。
嬉しい、悲しい、楽しい。そんな人間らしい揺らぎが、神の意志という「純白の塗りつぶし」によって消されていく。
その真っ白な虚無の中で、唯一、鮮やかに残っている記憶がある。
『アリス、ほら。これ、村のじいちゃんに教わった魔石の磨き方で作ったんだ』
五年前。カイルが照れくさそうに差し出してきた、安物の魔石のペンダント。
あの日、追放される彼が足元に落としていったそれを、私は誰にも見つからないように拾い上げ、今も肌身離さず持っている。
——本当は、あんなこと言いたくなかった。
『カイル、君はもう、私の隣に立つ資格はない。……消えて』
あの時、私の口を動かしたのは私じゃない。
聖剣が、カイルの中に眠る「深淵(魔王)」の気配を察知し、私を強制的に操作して彼を排除させたのだ。
泣き叫びたいのに、表情筋一つ動かせない。
絶望するカイルの背中を、私はただ冷酷な「勇者」の瞳で見送るしかなかった。
「カイル……ごめんね。ごめん……なさい……」
カイルとの思い出の魔石を握りしめる。
けれど、聖剣がそれに反応して、パキリと小さな音を立てた。
不浄なもの(思い出)を排除しようとする神の拒絶反応。私の手のひらから血が流れるが、痛みさえも聖剣の魔力で「治癒」という名の抹消をされてしまう。
——そして、五日前の戦場。
魔王となった彼と再会した時。
剣を交えた瞬間、私の全身を走ったのは「恐怖」ではなかった。
(……温かい)
カイルの放つ漆黒の魔力が、私を苛む聖剣の光を包み込み、一瞬だけ「自分」を取り戻させてくれた。
彼は私を殺そうとしているのではない。
この呪われた光から、私を奪い去ろうとしているのではないか。
「……っ!?」
不意に、背後の扉が乱暴に開く。
入ってきたのは、聖騎士団長レオン。かつてカイルを「無能」と蔑み、今は私の監視役となっている男だ。
「おい、アリス! いつまで死人みたいな顔をしている。明日は魔王軍の補給部隊を奇襲する。お前の『聖剣の解放率』をあと10%引き上げろと、教皇様からの厳命だ」
「……これ以上は無理です。私の心が、壊れてしまう……」
「壊れたところで、代わりはいくらでもいる。お前は『道具』だという自覚を持て。あの無能なカイルのように、野垂れ死にたいのか?」
レオンの手が、私の肩を乱暴に掴む。
その瞬間、私の意志とは無関係に、聖剣がまばゆい光を放った。
レオンへの怒りさえも「勇者の魔力」に変換され、私の心から消えていく。
「……わかりました。出陣の準備を、します」
鏡に映る私は、もう笑い方も忘れていた。
待っていて、カイル。
もしあなたが本当に魔王になったのなら。
……お願い。私を、この「光」という名の地獄から、あなたの闇で殺しにきて。




