第2話:禁忌の深淵、魔王の心臓
王都を追放されて三日。俺は、人類未踏の地『黒界の森』の最深部にいた。
ここには、かつて世界を滅ぼしかけた「先代魔王」の遺骸が封印されているという。
「……ここか」
目の前には、脈打つ巨大な黒い結晶。
立ち入りを拒むような禍々しいプレッシャーに、並の冒険者なら狂い出すだろう。
だが、俺の『鑑定眼・深淵』は、その奥にある「悲哀」を見抜いていた。
【魔王の残滓:アザゼル】
状態:封印・休眠中
説明:神の理に背いた罰として、永遠の渇きを与えられた存在。その力は、神に作られた聖剣を「侵食」し、破壊し得る唯一の毒。
「アリスを救うには、これしかない」
俺は結晶に手を触れた。
瞬間、頭の中に悍ましい声が響き渡る。
『——人間よ。余の力を望むか? それは、すべての愛を、名誉を、そして人間としての生を捨てることと同義だ。貴様は世界に呪われ、最愛の者にすら仇として討たれるだろう』
「……構わない」
脳が焼けるような痛みに耐えながら、俺は歯を食いしばる。
「名誉なんていらない。アリスが……あいつが笑っていられるなら、俺は一生、世界中の誰からも憎まれる悪役でいい」
『ほう。……その覚悟、神すらも欺くか』
ドクン、と結晶が跳ねた。
黒い泥のような魔力が、俺の指先から血管を伝わり、心臓へと流れ込んでくる。
「が、あ、あああああああッ!!!」
体中の細胞が書き換えられていく。
髪は夜の闇よりも深く染まり、瞳は血のような真紅へと変色する。
背中には、天を呪うような漆黒の翼が芽生えた。
同時に、脳内に「知識」が流れ込む。
聖剣の仕組み。神が人間に何をさせようとしているのか。
そして——五年後、アリスが聖剣に自我を完全に食い尽くされ、文字通りの「人形」になる未来の光景が。
「……間に合わせてみせる。五年のうちに、俺が君の『敵』をすべて引き受けてやる」
俺は立ち上がった。
手にした黒剣からは、空間さえも腐食させるほどの暗黒が立ち上っている。
ふと、胸元のペンダントが光った。
村を出る時、アリスとお揃いで買った安物の魔石だ。
「さよなら、アリス。……これからは、魔王カイルとして、君を殺しに行くよ」
俺はペンダントを握りつぶし、その欠片を闇の中へと捨てた。
涙を流す資格は、もう俺にはない。




