第9話:雪降る玉座、二人のための終幕
静寂が、王都を支配していた。
空からは、砕け散った聖剣の破片が、あの日と同じ真っ白な雪のように降り注いでいる。
崩れ落ちた玉座の前。
満身創痍の勇者アリスが、折れた剣を手に、魔王カイルと対峙していた。
(——この光景を、誰もが「聖戦の終焉」だと思っただろう)
だが、二人の視線がぶつかり合った瞬間。
プロローグで描かれた「憎しみに満ちた決別」の構図が、今、全く別の色彩を帯びて完成する。
「……終わったよ、アリス」
カイルは、5年前と同じように、少しだけ困ったような顔で笑った。
その体は、アリスから引き受けた呪いでどす黒く蝕まれ、足元から灰になって消え始めている。
「カイル……嫌だ。そんな顔で、私を置いていかないで……!」
アリスが、震える足で一歩を踏み出す。
彼女は、かつてカイルを追い出した時と同じ「凛とした、気高い勇者」の佇まいで、けれどその瞳からは、堰を切ったように涙が溢れていた。
彼女が放った「私の前から、消えて」という拒絶の言葉。
それは、呪いに呑まれる自分からカイルを遠ざけるための、血を吐くような「愛の告白」だった。
そして今、カイルが彼女に贈る「君はもう、勇者じゃない」という言葉。
それは、重すぎる宿命から彼女を解放するための、命を賭した「愛の救済」だった。
「……勘違いしないで、カイル。私は世界を守るためにここに立っているんじゃない」
アリスは、折れた剣を杖にして、一歩、また一歩とカイルに歩み寄る。
その一歩は、5年前にカイルから奪った「隣にいる権利」を取り戻すための歩み。
「あなたを一人で、地獄に行かせたりしない。……それが、私の最後の『勇気』よ」
アリスが、カイルの胸に飛び込んだ。
カイルは驚いたように目を見開き、そして、愛おしそうに彼女を強く抱きしめる。
降り積もる白銀の破片。
遠くから見れば、それは魔王を討ち取った勇者の勇姿に見えたかもしれない。
けれど、その腕の中で二人は、ただの幼馴染として、最初で最後の静かな口づけを交わしていた。




