エピローグ:名もなき二人の、静かなる帰還
王都に春が訪れたのは、あの凄まじい「最終決戦」から数ヶ月後のことだった。
崩れ落ちた王宮の跡地は、不思議なことに、以前よりも鮮やかな緑と花々で埋め尽くされていた。カイルが聖剣から引き受けた膨大な魔力――神のエネルギーが、彼の消滅と共に大地へと還り、荒れ果てた都を癒したのだ。
「……見て、あんなところに、珍しい花が咲いてる」
復興の進む街角で、誰かが指をさす。
かつて玉座があった場所。そこには、白銀の花びらを持つ一輪の花と、それを守るように寄り添う、漆黒の蔓を持つ不思議な植物が、固く絡まり合うように咲いていた。
公式の歴史書には、こう記されるだろう。
『狂った魔王が王都を襲撃し、気高き勇者アリスが自らの命と引き換えに、魔王を討ち取った』と。
生き残った者たちは、自分たちの保身のために真実を書き換えた。
アリスが絶望していたことも、カイルが彼女を呪いから救い出したことも、歴史の表舞台には残らない。
けれど、街の人々の間では、密かに別の話が囁かれていた。
「ねえ、知ってる? あの夜、勇者様を最後に抱きしめていたのは、恐ろしい魔王なんかじゃなくて……本当は、彼女が一番愛した幼馴染だったんだって」
誰が言い出したかもわからない、確かな証拠もない噂。
それは、カイルがその身を呈して救った民衆たちが、心のどこかで感じ取っていた「真実の残り香」だった。
かつてカイルとアリスが育った、小さな村の教会の裏手。
そこには、新しく二つの石碑が並んで立てられている。
刻まれているのは、勇者でも、魔王でも、ましてや何かの職業でもない。
『カイル』
『アリス』
ただ、二人の名前だけ。
風が吹くたび、二つの墓標に寄り添うように植えられた花々が、内緒話をするように揺れる。
世界を救った英雄でも、世界を壊した魔王でもない。
ただの「カイル」と「アリス」として、二人はようやく、誰にも邪魔されない安らかな眠りについたのだ。
青空の下、遠くで子供たちの笑い声が響く。
彼らが守りたかった、なんてことのない「当たり前の日常」は、今日も穏やかに続いていた。




