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この世界の魔女は空を飛べない  作者: 如月美樹
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 オーレリアンに頼まれたお守りが出来上がり、できるだけ丁寧に小さく畳み袋に詰める。

「お待たせいたしました」

 手渡すと何か考え込むように手の中のお守りをじっと見詰めるオーレリアンに、伊織は使用上の注意を告げる。

「これは肌身離さず持つことで効果が得られます。今回のお守りは冒険者限定みたいになっているので、討伐時やその場への移動時の際の危険時に発揮するかと思います。冒険者として、どこかに行く時は必ずお持ちください」

「うん、わかった。ありがとう」

 お金を受け取る。本当にこんなものでお金を受け取ってもいいのかとも思うが、伊織だって慈善事業でやっているのではない。何かしたら対価をもらわなければ。これは魔女としての働きなのだからと心に強く思った。

 ただこの世界での適正価格と伊織の価値観の大きな違いに、愕然とするのも事実だ。

(こんなにもらってもいいのかな? 日本ならお守りって千円くらい? そういえば最近神社にもお寺にも行ってなかったな。家族が元気な時は毎年お正月に行ってたけど……)

 そう少ししんみりと考え込んでしまった。

「もう少しで開催時間ですっ! 準備がまだできていない参加者は急いでくださ~い」

 それを聞いたオーレリアンはスッと椅子から立ち上がった。

「じゃあ、僕も行くよ。初めての露天市、頑張って。また様子を見に来るから」

「はい。ありがとうございます」

 オーレリアンのために立ち上がり、頭を下げた。

 案外引き際はいいのだなと、伊織は見送る。

 オーレリアンの姿が見えなくなってから、伊織はストンと再び座った。

 視線を巡らせると、少し向こうの位置にウソンがいた。嬉しそうに笑顔でこちらに手を上げている。

 彼は荷馬車ごと店にしているようだ。いろんな種類の野菜が荷馬車には積まれている。

 それに手を振り返しながら、伊織は声を出した。

「そうか、農業をしてるって言ってたもんね」

 タジアムも伊織と同じように視線を向けていた。

『元気そうで何よりだな』

「本当だね」

 伊織は立ち上がり店の前に回る。客目線で見て、最後の点検だ。

「うん、いいね。結構看板も目立っているし。でも思ってたより早く用意できたね。明日はもうちょっと遅くてもいいかも」

『ギルド長の所に泊まるのではないのか?』

「あ……、忘れてた。ねぇ、タジアム。泊まらないと駄目かな?」

『あの手の者は執拗だぞ』

 不吉な言葉に、伊織は椅子に戻り座る。

「そうだよね。でも男の一人暮らしの所に泊まるのは……ちょっとね」

 一瞬タジアムと二人見詰め合う。

『迎えに来る前に帰ろう』

「そうだよね。そうしよう」

 そう考えたら少しだけ気が楽になった。

「露天市、始まりま~すっ!」

 カランカランと鐘を鳴らしながら、大きな声で職員が相図を送りながら目の前を通過した。

 その声に伊織の緊張は一気に膨れ上がる。

「ああ~……、タジアム。凄く緊張してきたぁ」

 どうしようというような顔をタジアムに向ける。

『まあ、そう客も来るまい。気楽にしておけばよい』

 タジアムの言葉に頷くが早速一人の少女が店の前に駆けてきた。

「お猿さん。可愛いね」

 初めてのお客さんはそんな言葉で始まった。しかしどうやら客でもないようだ。ただタジアムのことが気なったという感じなのだろう。

「ありがとう」

 タジアムが褒められたので、一応礼を言っておく。少女には伊織が飼い主に見えているだろう。どちらかといえば伊織の方が世話になっているのだが。

 机の上にちょこんと座るタジアムに少女が触れようとするのを、母親だろうか? あとからきた大人に止められる。

「こら、駄目よ。人様のものに勝手に触れては」

 タジアムは驚いた風を装って、伊織の肩に飛び乗る。

「あぁ~、行っちゃうの?」

「ほら、嫌われた。触りたい時はきちんとお姉さんに聞きなさい」

「は~い」

 不貞腐れたように少女は机から離れる。興味を抱いた子供の力は案外強い。この簡素な机が潰れるのではないかと思えるような勢いがあったので、伊織は少々不安だったのだ。離れてくれてほっと安心した。

「ごめんなさいね。この頃いうことを聞かなくなってきて」

 ちょっと少女は反抗期に入っているのかもしれない。かなり早いように見えるが。

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 こんなに申し訳なさそうにされたら、何も言えなくなってしまう。本当に母親は困っているようだ。

「お詫びといってはなんだけど、何かいただこうかしら」

 そう言って母親は机に上に視線を送る。

「まあ、綺麗な袋ね。刺繍が上手なのね」

 母親にとっては、伊織のことも小さな少女に見えているようだ。

「これはお守り袋です」

「お守り?」

 そう声を出して看板を見た。

「悩み事……まさにあの子ね」

 少女はもっと後からきた父親らしき人に肩車されていた。他へ走ることもできない少女は少し不満そうだ。

「女の子なのに男の子のような気性で……」

 どうやら相談が始まったらしい。伊織は椅子を示した。

「どうぞ、お掛けください」

「ありがとう」

 素直に座る母親は少し疲れているように見える。

 でも子供のために無理をしてこの露天市に来たのだろう。

「上に男の子がいるから対抗心を燃やして大変なのよ。いつまでもやんちゃで粗暴で、このままで大丈夫かしらと思うのよね」

「今だけのことだとは思いますが……」

「そうねぇ……。あ、お守りいただこうかしら。あの子が女の子らしくなるようにって。そんな願いもお守りにできるの?」

「できますけど、でも本当に今だけだと思いますよ。女の子の友達がたくさんできたら、自分で気にするようになると思うし、お守りを買うなんてもったいないかな? って」

 伊織の自分の商品を勧めない姿勢に母親が苦笑する。

「商売っ気がないわね、少し心配になるわ」

 母親はどうやら心配症のようだ。今、知りあったばかりの伊織のことまで気にかけてくれている。

 これは母親の言うように、彼女の心のためにもお守りは必要かもしれないと思った。

「ではお作りしますか? その方が安心できるようですから」

「そうね、お願いするわ。期間は一年で。あの子が一年で変わるとは思えないけど……」

 伊織はふふふと笑いながら、紙を用意する。彼女の似顔絵を描き、女の子が好きそうなものを周りに散りばめる。最後に日本語で『女の子らしく大人しい性格』と書いた。

 紙を両手で挟み願う。

(彼女が大人しい女の子になりますように)

 ふわりと舞う光の粒子は、袋を何にしようか悩んでいる母親には見えなかったようだ。

 畳んだお守りの紙を、選んでもらった袋に入れる。

「お待たせしました」

「ありがとう」

 お金を払って母親は受け取り立ち上がった。

「肌身離さず持っていてください。そうすれば願いは叶いますから」

 母親はお守りを握り締めて、何も声を出さずに頷く。

「お母さん、何か買ったの?」

「うん、ちょっとね」

 少女はまだ父親に肩車されている。父親の後ろに少女より少し大きい男の子がいた。

「母さん、顔色が悪い。もう帰ろう」

「え~、まだ来たばかりじゃない。帰るなんて嫌よ」

「お前はまたっ! 母さんがしんどそうなの気付かないのか? 自分ばかりを優先するのは止めろ」

 兄は母親思いのいい子のようだ。こんなの優良児が上にいたら、やはり下の子も気になるだろう。でも下の子なんて結構我儘に育つものだ。家族がどうしても甘やかしてしまうから。

「何のお店なんだい?」

 ゆったりとした声が上から聞こえてきて伊織が視線を上げると、にっこり穏やかな笑顔が見えた。

「お守りと薬を売っているんです」

「薬……か」

 ちらりと自分の妻の顔色を見る。

「いろいろと悩まれているようです。気分的にお疲れのようですよ」

「そうだね。下の子に構い過ぎるんだよ。そんなに気にしなくてもいいよとは言ってるんだけどね」

 苦笑している父親の方も、もしかしたら疲れているのかもしれない。子育ては一筋縄ではいかないようだ。

「もしよろしかったら疲労回復する薬もありますよ。いかがですか?」

「じゃあ、二つもらおうかな」

 少女を下ろしながら父親がそう告げる。その瞬間にも少女は駆け出そうとする。それを追いかける兄に、伊織は笑ってしまった。何やかやと面倒みがいいようだ。

「お兄さんはいい子に育ってますね。妹を気にかけているし、母親思いだし」

「あの子は楽なんだけど……ね。娘はお転婆で困る」

「すぐに女の子らしくなりますよ。お父さんより彼氏の方がいいって言い出すのも時間の問題です」

 伊織の台詞にドキリとした父親は、顔を嫌そうに歪めた。

「もう少し自分の娘でいて欲しいんだけど、でも大人しくなるなら……ま、いいかな」

「ふふふ。疲労回復薬二つで二千ギルです。お水で飲んでくださいね」

「えっ!? 二千ギル? 安過ぎない?」

「効き目は保証しますよ」

 茶化したように言う伊織に、父親もつられるように笑った。

 お金を受け取り店を去る親子に、伊織は立ち上がって頭を下げた。

「ありがとうございました!」

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