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この世界の魔女は空を飛べない  作者: 如月美樹
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 セルジオがギルドへ帰って行く後ろ姿を見送った後、伊織は持ってきていたテーブルクロスを机に広げた。

 その様子を残っていたハイスがじっと見ている。

 他に何か用事があるのだろうかと、伊織もハンスを見上げた。

「ここで食べていってもいいか? 今日はギルド内の食堂は午前中閉鎖しているんだ」

「はい。いいですよ」

 ここには幸い机と椅子がある。椅子も二脚あるので何の問題もない。

 領主の住む館の外壁を背にし伊織が座り、机の側面に椅子を置いたハイスは自分の膝の上にお弁当を置き一つは鞄の中、もう一つは膝の上に置き包みを解き始めた。見えたサンドウィッチに顔を綻ばせる。

「この十日、本当にこれが食べたくてな」

 笑顔で一つ取ると口の中に入れる。

 ハイスはずっと顔が綻んだままの状態で、伊織も何だか嬉しくなった。こんなに喜んでくれるのなら、朝早く起きて作ったかいがある。

「露天市には毎回出るつもりなのか?」

「んー、今回の手ごたえ次第ですかね」

 もぐもぐと口を動かすハイスを見ながら伊織は応えた。

「街で店を開く予定はないのか?」

 もし開くつもりなら毎日にでも通うと言いたそうな顔だ。

 でも店を開くとしてもそれは薬屋か、お守りなどの雑貨を売る店になりそうだ。

 期待しているハイスには悪いが。

「それはまだ考えていません。それにそんなお金もないし」

 そういえば前回来た時にもお金がないと言って、今回の参加料を稼ぐためにギルドで店を開いていたなとハイスは思い出した。伊織の言葉に無言で頷き、またサンドウィッチに視線を戻す。

 会話は終わったと思った伊織は、鞄に手を突っ込んだ。

 中から看板を取り出し、二つ並べる。一つは薬用。何の薬を売っているのかわかるように種類を書いたものだ。あとは値段も明記してある。

 もう一つはお守り用。キャッチコピーは『貴方のための世界に一つだけのお守り、作ります』だ。日本でも限定品といえば人気が高かった。ここでもそうであればいいなと伊織は思う。

 その下に小さく『貴方のお悩み、困りごと、願いなどをお聞きし、貴方にあった貴方だけのお守りを製作いたします。一月用千ギル、半年用五千ギル、一年用一万ギル』と書いた。

 もし自分がこの文面を読めば、かなり興味を引かれる。そう思って作ったものだ。

 野外で行われる露天市だと事前にわかっていたので、薬は見本として瓶の中に入れたものも用意していた。薬は一つづつ紙で包んでいるものを販売する予定だ。強い風など吹けば軽いので飛ばされそうだと考えた。看板には一粒いくらと書いてあるので、それで不満を告げる者はいないだろうと思う。

 看板の後ろの客に見えないところに紙で包んだ薬を入れた箱を設置し、すぐに取り出せるようにした。

 お守りは紙とペンで書くので、その用意もする。綺麗に刺繍した小さな布の袋はいくつか机の上に並べた。好みのものを客に選んでもらうつもりだ。

 すぐに用意できた店に、伊織はふぅ~と息を吐き額の汗を拭う。

 すでにサンドウィッチを食べ終えていたハイスが、伊織のことをじっと見ているのに気付いた。

「「…………」」

 二人でしばらく無言で見詰め合う。そこに机の上に手をつく者が現れた。

「何をそんなに見詰め合っているのかな?」

 少しばかり険を含んだ声音に、伊織とハイスはその人物を見上げた。

「あ、エルフさん」

「エルフじゃないよ。まあ、少しはその血が入っているかもだけど。イオリちゃんにはオーレリアンて名前で呼ばれたいな」

 にっこり笑った笑顔が胡散臭い。

「商人ギルドの人は助かりましたか?」

「うん。助けたけど、あとは任せてきたからどうなったかはわからない」

「そ、そうですか……」

 自分の後始末をしてくれたのだから、何かお礼をしたい。イオリは疲労回復の薬の包みを三つ取り出し、オーレリアンに差し出した。

「あ、あの、ありがとうございました。これはささやかですがお礼です。受け取ってください」

 じっと手元を見詰められると緊張して手が震えてくる。

 凄く待つ時間が長く感じられた。

(早く受け取って~)

 オーレリアンは伊織の手を押し返すようにして、再び唇を開いた。

「お礼はいらないよ。多分商業ギルドから依頼の礼が来るはずだから」

「え? そうなんですか?」

 いらないといわれては、手を引っ込めない訳にはいかない。

 薬を箱に戻し、伊織は側にいる男性二人を交互に見る。

 何故かハイスはサンドウィッチを食べ終わっているのに席を立たない。それをじっと胡乱な目で見据えるオーレリアン。

 何だか空気が悪いような気がする。

「で? 君は何故ずっとそんな特等席に座っているのかな?」

「イオリの作った朝飯を食べていた……んです」

 途中で敬語に変わったのはSS級の冒険者であるオーレリアンに敬意を込めた……ものかどうかは、伊織にはわからない。

「もう食べ終わったんだろう? ならその席は僕に譲ってもらえないだろうか?」

「……まあ、いいですけど」

 何故か憮然とした顔でハイスが席を立つ。

 空いた席に素早く座ったオーレリアンは、満面の笑顔を伊織に向けた。

「店が開いたらまた来る」

「はい。ありがとうございました」

 ハイスの言葉に伊織は頭を下げた。その頭をハイスはよしよしと撫でてから、側を離れていった。

「何だ……あいつ」

 気に食わなさそうにオーレリアンは小さくぼやいた。

 イオリに戻った視線だったが、困惑したような顔が見えた。

「あ、あの……オーレリアンさん。その席はお守りを買ってくださる方用にしようと思っているんです。いろんなお話を聞いてから作るつもりなので」

「じゃあ、僕も一つもらおうかな。何か悩みはあったかな?」

 そんなに悩むほど悩みがない人にお守りが必要だろうか? 無理して買ってもらうようなものではない。

「じゃあ、冒険者用に一つもらおうかな。危険回避とかね。そうだね、一年用がいい。お願いできる?」

 なるほど。それなら彼にも必要かもしれない。

「はい。わかりました。今、お作りいたしますね。その間に、この布の袋を一つ選んでおいてください」

 そう納得した伊織は、紙を一つ取りペンにインクをつけた。

 自分が知っている限りの魔獣や危険な獣の絵を小さく描き、すべてに×をつける。そして日本語で危険回避と書けば出来上がりだ。

 両手を合わせた間に紙を挟み、願うように心で祈った。キラキラとした小さな光の粒子が手の中に生まれる。

(あらゆる危険から彼をお守りください)

 その光景を間近で見たオーレリアンは瞳を瞬かせた。

(魔法か? いや、でも……魔女や魔法は……。一体どうなっているのだ)

 手の中に湧いたわずかな光。それはとても美しくオーレリアンの目には映った。

 伊織は多分気付いていない。紙を手に挟み祈る時に瞳を瞑っているのだから。

 何が起こっているのだ? と、机の上にちょこんと座るタジアムに目を向けるが、プイッとそっぽを向かれてしまった。

 彼もただの猿ではない。オーレリアンは強くそう感じた。

 何もかもが謎に包まれた少女に、オーレリアンは夢中だった。

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