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この世界の魔女は空を飛べない  作者: 如月美樹
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 東の冒険者ギルドの長セルジオと一緒にギルドを訊ねると、前回以上に中がごった返していた。

 今日は露天市なので、受付と自分の店の位置の確認で人が多いようだ。

「イ、イオリちゃ~んっ! おはよう~」

 伊織が入口に立つと、奥の方で受付嬢のカリーヌが手を振ってくれる。今日も彼女は元気一杯だ。

「受付をするにはあの場に行かなければならないが……イオリにはちょっと無理だな」

 背後に立つセルジオがそう言って、仕方がないというように伊織のことをよいしょっと抱えた。

「ひゃっ!」

 後ろからいきなり脇下をむぎゅと掴まれたので、変な声が出た。

「こ、こら~っ! ギルド長っ! 遅れてきた上にイオリちゃんに何て失礼なことするの~っ」

 親切心でしてくれたことはわかっているので、何ともそのカリーヌの言い分には賛同しがたい伊織だった。

「ひ、一人でもいけますよ~」

 と言ってみるが、セルジオは離してくれない。

「今日は露天市の受付と、冒険者の依頼の張り出し時間と重なったようだな。まあ、いつもことだ。だがイオリ、あのムキムキ筋肉男たちに押し潰されながらあの場所に辿り着けるか?」

 キョロリと瞳をもう一度ギルド内に戻すが、確かにムキムキ筋肉マンたちが圧し合いへしあい仕事依頼のボードの前に立っている。

(む、無理だね。うん)

 冒険者ギルドは一般市民には敬遠されがちだが、今日は別だ。ロープで仕切って一般市民でも入りやすいようにしている。ということは伊織もその列に並ばなければならない。

「れ、列に並ばないと……」

 小さな声で呟いたが、セルジオは下ろしてくれない。

「ん~、この抱え方がカリーヌは不満なんだな。じゃあ」

 ひょいと身体を回されて、お姫様抱っこに変えられた。

「ひぇ……」

 顔がとても近い。間近で見たセルジオの顔は結構整っていて、少々伊織は慄く。

「…………っ」

 先日は圧倒的に美しいオーレリアンが側にいたため目立たなかったが、このセルジオも相当モテそうだと感じた。

「あ、あの……じ、自分で、ありゅけましゅ」

(あ……噛んでしまった。し、仕方がないじゃないっ! お姫様抱っこなんて、今までの人生の中で初めて経験したんだからっ!)

 と心の中で自分にいい訳する。

 中に再び視線を戻すと、何故か皆の目がこちらに集中していた。少しばかり静かになっている。

「……、こりゃ役得だな」

 まさかこんなにセルジオも注目されるとは思っていなかったのだろう。

 だがそこは経験値からなのか、にこりと笑みスタスタと開いた中央を歩き奥へと向かう。セルジオが歩くと、何故か道が開くという不思議体験を目の当たりにした。

 ものの数秒でカリーヌの目に着く。

「ほらよ、イオリ」

「あ、ありがとうございます」

 ようやく下ろしてもらえたが、皆の視線の注目具合は変わらなかった。

「イ、イオリちゃん……な、何て羨ましい」

「…………」

 どうやらカリーヌの恋のお相手はこのセルジオのようだ。何だか申し訳ない気持ちになる伊織だった。

 気を取り直したのかカリーヌが一枚の紙を取り出し、丸く印を付けてくれる。

「イオリちゃんの今回の場所はここね。この大きな中央の輪がご領主様のお邸ね。東に一番近い場所にしたわ。イオリちゃんは何かとありそうだから、ここから近い方がいいと思って」

 さりげなく問題児扱いされていることに、伊織は苦笑した。

「とはいっても冒険者ギルドは受け付ける人数も商業ギルドより少ないし、ちょっとばかり露天市では立場が弱いのよ。あちらは西の正門近くを多く確保してるの。西からの訪問者の方が圧倒的に多いから集客率は高いわ」

 紙の上に指を滑らして丁寧に説明してくれる。

 伊織的には、店はそんなに忙しくない方がいい。お守りも客の相談や悩みを聞き出す必要があるし、一人一人制作するにはそのくらいが丁度いい。

「お客さんは少ない方がいいです。その方が丁寧な対応ができますから」

「イオリちゃんならそう言ってくれると思ってたわ」

 笑みながらカリーヌがそう告げる。

「で? 何でギルド長がイオリちゃんと通勤してくる訳ですか?」

 笑顔から一変し、きつい顔をセルジオに向ける。

「お前が昨日言ったようにオーレリアンを見張っていたらこうなった」

「は? どういう意味ですか?」

 それ以上説明する気はセルジオにはないらしい。プイッと他所を向いてしまったので、仕方なく伊織が説明する。

「商業ギルドの前にまたあの人がいて……」

「……何か嫌なこと言われたの? あの狸親父っ」

 大分後と前を省いてしまったが、まあ大丈夫だろうと伊織が思っているとガシリと両腕を掴まれてしまった。

「他に何かあったよね? はしょらないで全部話して」

 カリーヌの顔が近いし、目力も強くて逆らえそうにない。

 でも何故だか言いたくない伊織はそっと目を逸らす。

「うぅ~……、お、お察しください」

「何その答えっ! ちょっとギルド長、ちゃんと説明して下さいよっ!」

 セルジオの首元をカウンター越しに掴み、カリーヌは迫力ある声を出した。

「ああ、まあ、だからだな……。はあぁ~、仕方がねぇなぁ」

 顎をぼりぼり掻きながら斜め上を見たセルジオは、ぼそりと話し出した。

「オーレリアンが朝早くから門の前に陣取ったから、俺も開く頃に向かった。そんでイオリの後を追うオーレリアンを追って、例の奴に絡まれそうになっているのを見てたら。まあなんだ……あいつが飛ばされた」

 カリーヌは意味がわからないセルジオの説明に呆然とする。

「飛ばされた? あの狸親父が?」

 結構な巨体を誇る商業ギルドの職員が飛ばされる? よく意味がわからない。

「オーレリアンが言うには、イオリにいちゃもんをつける奴に怒りを感じて風の精霊が飛ばしたって話だが……真相は俺にはわからん」

 セルジオには精霊の姿が見えないから、確かめようがないのだ。だがオーレリアンは、そんなつまらない嘘はつかない。例えもの凄く気に入っている伊織のためでもだ。

「あいつも懲りないわね……。で、どこに飛ばされたんですか?」

「……東の森だ」

 セルジオの言葉に、ギルド内が一気に静まった。

「……それって、拙くないですか?」

「ああ、だから必死に商業ギルドの職員に拝まれて、今オーレリアンが向かっている」

「…………」

 さすがのカリーヌも声が出ないようだ。

 伊織が思っているより事は大事になっている。自分も関係していることなので、少しばかり背中に汗が流れた。

「オーレリアンのことだ。すぐに戻るだろう。だが東の森に足を踏み入れるんだ。何があってもおかしくない」

 暗に覚悟しろというような言葉に、さらに場が静まる。

「露天市なんてしてる場合じゃないんじゃないか?」

「そ、そうね……」

 どよどよと一般市民の列から声が聞こえてくる。

 その声に伊織の身がキュッと縮んだ。

 大きな手の温もりが伊織の肩に置かれる。

 伊織が見上げるとにやりと笑み、セルジオが自分の脇の下に隠すように抱き寄せてくれた。

「イ、イオリちゃん。羨ましいんだけど……」

 またも小さく囁くカリーヌに、伊織も笑顔を作れた。

「まあ、魔獣や獣に食われていなければ、何とかなるだろう。さあ、受付を済ませて露天市を楽しんでくれっ!」

 大きな声で指示するギルド長には誰も逆らえない。それに長である彼がそう公言するのだ。本当にそれほど事態は拙い状況ではないのだろうと皆考えた。

「すまないな、イオリ。俺の配慮が足りなかった。奥に入ってから言えばよかったな」

「本当ね、私も少しこの状況に我を忘れて叫んでしまったわ。ごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です」

 カリーヌに紙を渡されたので、自分の位置に向かおうとしたら、またもセルジオに抱き上げられた。

「場所まで送ってやるよ」

「え? 大丈夫ですよ?」

「まあまあ、そう言わずに」

 今度は父親が子を抱き上げるように、ヒョイッと片手で抱き上げられる。

 全然危なげもなく、抜群の安定感だ。

 最後にカリーヌを見ると、実に羨ましそうな声で呟いた。

「イオリちゃん、もしかしてライバルになる?」

 近くにハンカチがあったら噛み締めそうな状況に、伊織は危険を感じて首を何度も左右に振った。

(ないない。絶対ないっ!)

 そういう思いを込めて。

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