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東門に現れたオーレリアンに門兵たちはざわめいた。まだ大門も開けていない時間だ。時間外に出入りする場合は、大門の横にある小さな門の通路を抜けるしかない。大門と同じように身分証を提示する必要があるし、そこを通過できるのは急を要する時のみに限る。それを見極める役目は時間外なので夜間担当が行う。
「オーレリアンさん。東からどこへ?」
本日の夜間担当は伊織も知っている東の隊長トルテだった。もしかしたら急を要する討伐事件でも発生したのかと考えたのだ。
「いや、ここから出て行きたい訳ではないんだ。少し人を待っていてね」
トルテは珍しく応えてくれたオーレリアンに眉を上げた。いつもなら頷いたり首を横に振ったりなどで応対するだけだからだ。今回は機嫌がいいのか、これでも長く話した方だと言える。
「人を?」
今日は露天市が開かれる日だ。だから開門前だが、すでに人が壁沿いに並んでいる。列が伸びるのは東門では、北、南、そして東にだ。だが東から馬車を使わずに来る者などいないので、そこから伸びる列は今はいない。
露天市では様々な店がある。店の準備に時間がかかる者は、世も明けぬうちに並ぶことが多いのだ。
もしかしたら、その中にオーレリアンの待ち人もいるのだろうかとトルテは考えた。
「もし必要なら通しますか?」
時間外で通すのは余程のことでない限りない。急を要する者しか例外では通さない規則になっていた。
だがこのままここでオーレリアンに待たれるよりはましだと、トルテは判断したのだ。有名人だけに、人が通る時間になると騒ぎなるのは目に見えている。
ただでさえ今日は露天市で忙しい日になるのに、これ以上騒ぎを起こされるより少しばかり規則に反するが目を瞑ってオーレリアンが待つ人物を通した方が利口だと考えた。
「いや、多分まだ到着していないよ」
「そうですか……」
しかしいきなり門の前に腕を組んで仁王立ちされたら、門兵の集中力も続かない。何しろこのオーレリアンは門兵の中でも人気がある有名人だ。
門が開かれるまであと一時間以上ある。はっきり言って迷惑だった。
オーレリアンほどの人物が待つ相手とは一体どんな相手なのだろうか。トルテも他の門兵と同じように興味を抱いた。
門が開かれる時間のほんの僅かな前に、東のギル長まで姿を現す。
これで騒ぎにならない訳がない。
途端にひそひそと話し出す部下たちに、トルテは頭を抱えたい気分になった。
「オーレリアン、いくらなんでもイオリはまだ来ないぞ」
「一番最初に顔を見たいのだ」
「どれだけ惚れてんだよ」
呆れた声を出すセルジオに、トルテを瞳を見開かせた。
(イオリ? もしかしてあのイオリか?)
伊織という珍しい響きの名を持つ人物を、トルテは一人しか知らない。
門兵になった者は、ほとんどの者が自分が生まれ育った場所に近い門への配属となる。トルテも東地区で生まれ育った。その方がもしやの時の危機が生じた時に、全力で門を死守するからだと言われている。
そして東西南北、四つある門の通行人数は東が一番少ない。だから顔や名前を覚えることもあるのだ。
そして東から現れた伊織はかなり怪しい扱いになる。何しろ東の道へ行くには昼便の護衛付きの馬車に乗るのが普通だからだ。何故なら東の道には危険な獣が多い。何なら魔獣まで現れる時もある。
伊織は馬車も使わず、徒歩で姿を現した。普通はありえないことだった。
伊織が来た日の帰り担当の門番に聞いたら、彼女は少し離れた場所に迎えが来ていると説明したらしい。ならば安心だと、トルテも考えていたのだが。
オーレリアンやセリジオの会話を聞いて、伊織には何かあるのかもしれないと思った。
「これより東門を開門いたしま~すっ!」
少しのんびりした声が響き、ギギギと音を軋ませて大門が開かれた。身分証を見せて入ってくる人たちがいる中、オーレリアンは門から少し離れた場所で仁王立ちしたままだ。
トルテは気にはなるものの、門を通る人の審査へと向かった。今日は我先にと入りたがり者が多い日だ。それを制するのも自分の役割なのだ。
門を出ながら早くも列を離れる者を発見する。
「きちんと並ばないと門の中へは入れないぞっ!」
トルテの声を聞いて、幾人かの者が列へと戻って行く。
彼らもトルテがこの東門の隊長と理解しているのだ。トルテに目を付けられたら今後門を通る時に審査が厳しくなり、反対に時間がかかることを知っているのだ。ならず者たちもトルテの言葉には忠実だった。
騒がしい東の門の前に有名人が立っていたら、人々の注目を集めない訳がない。
入って来た人たちは遠巻きではあるが、オーレリアンとセルジオを眺める。女性などは明らかに頬を染めている者までいた。
「はあ、俺は帰りたい。でもお前の行動の監視をする必要もある。カリーヌに昨日散々言われたからな~、イオリを守れって……」
「それではまるで僕がイオリに何かするみたいではないか」
その言葉にセルジオは胡乱な目を向けた。
「さっきの言葉を聞いたら疑わない訳がない」
当の本人はちらりとセルジオに視線を向け、何か言ったか? というような顔をする。
もう自分が何を言ったのか忘れてしまったようだ。
「今は手を出さないと言っただろうが」
「……だから今は安心だろう?」
「……、はあぁ~。もうやだ、俺」
そんな会話をなされているとも知らずに、遥か遠くの空に何かが現れる。
「来た。……イオリだ」
「あ?」
当然伊織は東から現れるとは思っていたので、道を見るがまだセルジオには見えない。
「どこにいるんだ?」
目を眇めてオーレリアンに尋ねる。
「空だよ」
何を言っているんだというように、口を開いた状態でセルジオは空を見上げる。
遥か先に浮かぶ小さな黒い物体。
セルジオの開いていた口が、さらにあんぐりと開かれる。しばらくして閉じた瞬間、言葉が漏れた。
「……あれが、イオリだって言うのかっ!?」
思わず大声を上げた瞬間、その点は道へと降りて行った。そこからはセルジオの目には確認できなかった。木々に囲まれた細い道なのだ。馬車が一台通れるかどうかの。
「……本当に空が飛べるって言うのか? あいつ」
カリーヌが報告したことを、セルジオはまともには受け取っていなかった。だが今目の前に飛んでいた物体がもし伊織であると言うのなら、カリーヌの言葉は正しかったと証明できる。
セルジオは固唾を飲んで、東へと続く道を見守った。
そこに小さな影がテクテクと歩いてくる。
「……イオリだ。本当に来やがった、あいつ」
セルジオの呆然とした声に、オーレリアンはニヤリと笑んだ。




