23
大通りに出た二人は向き合い、別れの挨拶を交わしていた。
「ここまでくれば、もうわかるわね」
「はい。カリーヌさん、今日は本当にお世話になりました」
「ううん。別にいいのよ。……イオリちゃん、あのね、もの凄く気になるから聞いちゃうわね」
少し顔の強張ったカリーヌが、伊織に向き合いもじもじする。
「そ、その箒。イオリちゃんお金なかったからここで買ったっていう訳じゃないわよね? それに新品ではなく使ってる感もあるし」
「あ、はい。家から持ってきました」
やっぱりという顔になったカリーヌを、伊織は怪訝そうに見上げる。
「家から……持ってきたのよね? もしかして強盗対策とか? それで殴って退治するつもり……とか?」
「まさかぁ~、そんな怖いことしませんよ。空を飛ぶために決まっているじゃないですか。カリーヌさん」
ふふふと笑いながら告げる伊織の台詞を聞いて、カリーヌの身体がピキリと固まってそのまま動かなくなった。
そのことに気付かない伊織は、丁寧に頭を下げた。
「じゃあ、また来週の週末に。さようなら」
元気に手を振って立ち去る伊織を、カリーヌは呆然と見送った。しばらくしてハッと我に返り、カリーヌは綺麗に整えてあった髪を掻き乱した。
「な、何じゃそら~っ!?」
こうしてはいられないと、カリーヌは慌ててギルドに走り戻る。
息を切らせながらギルド内に飛び込み、カリーヌは叫んだ。
「た、大変~っ!! ギルド長はまだいるっ!?」
オーレリアンがいたから、多分夜はどこかで酒盛りをするはずだ。もうギルド内にいない可能性の方が高い。
しかしカリーヌが心配することもなく、まだギルド長とオーレリアンはギルド内にいた。しかも二人向き合い、いまにも飛びかからんばかりの体勢で。
「イオリちゃんが帰るって何故教えてくれなかったんだっ!?」
いつもの冷静さの欠片もないオーレリアンに、ギルド内にいた冒険者たちも戸惑っているようだ。
「お前が彼女に着いて回ると思ったからな。だからあえて教えなかった」
ギルド長の方が少し冷静だ。
しかしオーレリアンの伊織の好意の寄せ方に、いろいろ問題ありのようだ。
「もう少し冷静になれ。冷静になれば、自分がどれ程異常な行動をしているかわかるはずだ。それではイオリに嫌われてしまうぞ。それでもいいのか?」
「…………っ」
自分が興味を抱いた女の子に嫌われるのだけは嫌だとでも思ったのだろう。オーレリアンはぐっと唇を噛み、黙り込んでしまった。
一応騒ぎはこれで終わりか? そう思ったカリーヌはオーレリアンを目に捉えながら、ギルド長の側にスススと近寄って行った。
「あぁ? カリーヌ、お前、イオリを送って行ったんじゃねぇのか? そのまま帰っていいって言っただろうが」
「あ、あの……報告が」
オーレリアンをちらちら見ながらカリーヌは声を上げた。これはホイホイと安易に誰にも聞かせられない事案だ。
グイグイとギルド長の袖を引っ張るが、まだオーレリアンのことを警戒している彼は動かない。
仕方がないとカリーヌは、ギルド長の耳元へと唇を寄せた。
「イオリちゃん、やっぱり普通じゃないです。箒で、その……空を飛べるって言うんです」
「はあっ!? 何だそれっ」
目だけはオーレリアンに向けていたギルド長だったが、カリーヌの思わぬ言葉に意識が違う方へと向いた。
カリーヌを見ながら、ギルド長はさらに叫ぶ。
「彼女は魔女だろう? 魔法使いではないはずだ。魔法が使える魔女など聞いたことがない。しかも魔法使いでも空を飛べる能力がある者などいないはずだぞっ!」
「「「えぇ~っ!? あの魔女ちゃんが魔法を使えるっ?」」」
ギルド中がどよめき始めた。
カリーヌは胡乱な目をギルド長に向ける。ここにいる冒険者たちすべてに聞こえてしまったではないか。これではカリーヌが密かに囁いた意味がない。
「あ……、すまん」
ポリポリ頬を掻く仕草はカリーヌ的には可愛いと思えるものだが、だがそれでも許せない。
「イオリちゃんの個人情報なんですよ。何で大声で言っちゃうんですかっ!?」
「あんまり突飛でもない話だったので……つい」
ぷるぷる震えるカリーヌを何とか宥めようとギルド長が声をかけ続ける中、オーレリアンは素晴らしいと神に祈るように両手を天へと上げる。
「素晴らしいっ! さすが私のイオリちゃんっ」
台詞が気持ち悪いと皆が思った。ここまでくれば変態である。まさか自分たちが尊敬するSS級冒険者であるオーレリアンが、こんな残念な人だったなんてと落ち込む者まで現れた。
「こうしてはいられない。後を追わなければ」
「お、お前っ! 聞いてなかったのか? 俺がさっき言っただろうが、そんなにつけ回したら気味悪がられるって」
「構わない。他の男に目をつけられる前に、囲っておかなければならない」
「へ、変態……」
思わず気持ち悪そうに、ギルド内にいた女性すべてが口を揃えて言う。
「カリーヌ、どちらに向かった?」
「に、西よ」
思わず咄嗟にカリーヌは嘘を告げた。
「西だなっ!?」
カリーヌが頷くと、もの凄い速さでギルドを出て行くオーレリアン。残ったのは彼が走り去った後の風だけだ。少し埃も舞っていた。はっきり言って迷惑である。
「何とか逃げて欲しいわ、イオリちゃん」
そう呟くカリーヌの声に、皆が大きく頷いた。
一方その頃、伊織は東門の方へとテクテク歩いていた。気分はいい。初めての街は皆いい人たちで溢れていた。初めに嫌なことが少しはあったが、それも吹き飛ぶようないい日だった。
さすがに商業ギルドの前を通る時は緊張したが、例の男性はいなかったのでよしとする。
「タジアム、門が見えてきたよ」
『ああ、だがよかったのか? 空を飛べるって告げても』
「え? 魔女が空を飛ぶのは当たり前のことでしょう?」
タジアムも確かなことがわからなかったので、一応伊織の言葉に頷いておいた。
大きな門を通り抜ける時に声をかけられた。
「ちょ、ちょっと君っ!? これからどこへ行くつもりっ?」
門番の人は焦っている様子だ。
「え? 家へ帰るのですけど……」
朝対応してくれた門番の隊長トルテはいないようだった。
「ここから家へ? 本当に? この先から東へは魔獣や危ない獣が多くいるんだよ? 昼間に出る乗合馬車に乗って帰った方がいいよ。東への馬車には護衛が付くから安心だよ?」
凄く親切に教えてくれるが、その心配は伊織には必要がない。
「あ、大丈夫です」
「……本当に? 誰か強い人でも迎えに来てくれるのかい?」
何だかしつこい。まあ、それほど心配してくれているのだろうが。もう面倒なので伊織はうんと頷いておいた。
「はい。この先にお父さんが馬車で迎えに来てくれているんです。だから心配ありません。でも心配してくれて、ありがとうございます」
にこりと笑んだ伊織を、門番はしばし茫然と見詰める。
(か、可愛い……)
などと、仕事中に不謹慎にも胸をときめかせていた。
「じゃあ、さようなら」
「気を付けてね~」
バイバイと手を振ると、言葉が返ってきた。
少し離れてタジアムの呆れたような声が聞こえてくる。
『気持ち悪い男だな』
「まあ、そう言わずに」
伊織が笑って答えると、元気を取り戻した風の精霊たちも声を上げる。
『もう帰る?』
『イオリ、もう帰る?』
「うん。帰るよ~」
門から一キロほど歩いた場所で、伊織はよいしょと箒に乗った。
「さあ、帰ろう」
言葉と共に、伊織の身体がふわりと浮く。
「結構楽しかったね。タジアム」
『そうか? 初めにあった事件は覚えているのか?』
事件と表現するタジアムに、伊織はふふと笑んだ。
「覚えてるけど、それよりいい人たちの方が多かったじゃない」
『まあ、……そうだな』
タジアムも納得したところで、伊織は風の抵抗をなくす魔法を使う。
「さあ、飛ばすよ~」
タジアムも箒の先の所定の位置に着く。
飛ぶ速度を上げたばかりの頃、タジアムが伊織を振り向いた。
『伊織、例の奴がいるぞ』
伊織が「ん?」と遥か先の方を見ると、土煙を上げる大きな物体が道を走っていた。
『このまま進めば東門へ行くが、どうする?』
確かにタジアムが言うように、このまま進めば東門にぶつかって大惨事になりそうだ。
「もうーっ! 仕方ないなぁ~、降りて弾き飛ばしておこうか」
『伊織がグリーンライトの街の者を気に入っているのなら、そうした方がいいな』
タジアムも納得したので、ゆっくりと地面へと降りた。
『イオリ、やっつける?』
『あいつ飛ばす?』
「うん。街に入られると厄介だしね。怪我人とか出たら何だか申し訳ないでしょう?」
風の精霊たちが何故かはしゃぎ始める中、伊織が一歩前へ出る。
『吹っ飛ばす~』
『吹っ飛ばすよ~』
伊織の横を小さな風の精霊たちが飛び、突進してくる巨大猪に向かって行った。
「え? ちょっと大丈夫なの~?」
『大丈夫~』
呑気な声で最後の一人が飛んで行く。
そして呆気なく巨大猪は『ぎゃうっ!』と叫んで、遥か向こうに飛んで行った。星のようにキラリと光る巨大猪。
「あぁ~……、行っちゃったぁ」
伊織の出番なしである。
「ま、いっか」
そう言いながら伊織は再び箒に乗り、家路へと着くのだった。




