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この世界の魔女は空を飛べない  作者: 如月美樹
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 カリーヌと冒険者ギルドを出た伊織は、楽しく会話などをしながら歩いていた。

 大通りから脇道にそれ、またその脇道へと何度か角を曲がったところにコーヒー豆の置いてある店に着いた。

「これではカリーヌさんが言うように、私迷子になってました」

「でしょう?」

 しかし本当に入り組んだ場所にある。しかも伊織一人だとここへ来るのは躊躇する雰囲気だ。何しろ顔つきのよくない人たちと何度かすれ違ったのだ。

「カリーヌさんは、ここに来るの怖くないんですか? 美人さんだし、襲われない?」

「っ!?」

 伊織の台詞に瞳をキラキラさせて、カリーヌが急に振り向いた。

(あれ? 私……変なこと言ったかな?)

 急に顔の表情が変わってしまったカリーヌを見て、伊織は少し不安になる。

「わ、私……美人?」

「え? はい。お綺麗だと思いますよ。スタイルもいいし」

 伊織が応えるともじもじし始めた。案外褒め慣れていないものかもしれない。

 冒険者ギルドは武骨者も多いだろうし、カリーヌのことを褒めて口説くことは案外少ないのかも。

(もったいないな~)

 伊織は素直にそう思った。

 しっかり者で、弱い者を守るような気立てのいい人なのに。世の中の男たちよ、見る目がないなと思ってしまう。

「ここのお店は安くて味もいいのよ。だけどこの場所でしょう? 私からしたら売る気あるの? って突っ込みたくなるわ。紅茶に目覚める前はこのお店のコーヒーをよく飲んでいたのよ」

「そうなんですね」

 確かに豆を煎る時のいい香りがこの路地に充満している。コーヒー好きには堪らない匂いだ。

「もの凄く愛想がないけど、気にしないでね」

「はい」

 職人っぽい人なのだなと伊織は思った。

 カランカランと扉につけられた小さな鐘がいい音を響かせる。

 そして店の奥から確かに愛想のない男がのっそりと顔を出した。

「……久し振りだな」

 カリーヌの顔を見た途端『いらっしゃいませ』ではなく、皮肉にも聞こえる言葉を告げる。

 何故そんな台詞をと思ったが、先程カリーヌが言っていたではないか。紅茶に目覚める前はよくこの店に来ていたと。

 久し振りに来た客に皮肉をぶつけるとは……。確かに繁盛するような店ではないだろう。もしかしたら自分の無愛想を自覚しているから、ここに店を構えているのかもしれない。

「相変わらずね。今日は新しいお客さんを連れて来たのよ。初めてこの街に来た子だから、おまけしてやってよ」

 カリーヌの言葉で、ようやく店長は伊織に気付いたようだ。じろっと見降ろす顔は、にこりともしない。

「……コーヒーは苦いが。大丈夫か? まあ、ミルクを入れたり、砂糖や蜂蜜を入れても美味いが」

 伊織を見てまだ年若いと思ったのだろう。そんな優しい言葉を告げられて伊織は、ちょっと店長の見方が変わった。

「大丈夫です。何度か飲んだこともありますから」

「そうか」

 棚一面に大きな瓶が置かれている。そのすべてがコーヒー豆だった。

「種類が多いんですね。あまりその辺は詳しくないです」

「味の好みを教えてくれたら、こちらで用意する」

 味の好み。伊織は酸味のあるコーヒーは苦手だった。でもコクと香りは高い方がいいという、何とも贅沢な好みの持ち主だった。

「酸味は苦手です。でも香りとコクがあるものが好きで……」

 贅沢だなと言われるのを覚悟しながら声を出すと、最後は尻すぼみ気味になってしまった。

「本当に何度か飲んだことがあるのだな。飲んでいないと言えない言葉だ」

 感心したように店長はそう告げた。

「ではこれでいいだろう。豆で持って帰るか? それとも挽いた方がいいか?」

「挽いてください」

 店長は頷いて、豆を奥に持って行った。すぐに挽きたてのコーヒーの香りが香ってくる。

 小さな袋を持って店長が戻ってくる。

「これで、二十杯分くらいはあるだろう。いいか?」

「はい。あっ! そのおいくらですか?」

 値段を聞くのを忘れていた。自分が貧乏だということを自覚してなかった。

「これで千五百ギルでいい」

「あら……随分安いじゃない」

 どうやらおまけをしてくれたみたいだ。

 紅茶一杯で五百ギルだと言っていたので、確かに格安かもしれない。お店で飲むとまた値段は跳ね上がるのだろう。

「初めて買うようだから布とカップを押さえる紐も付けよう。こうしてカップの上に弛ませた布を乗せて紐で縁を括る。コーヒー豆をスプーン一杯載せて湯を細くゆっくり注ぐと出来上がる」

 店長の手元を覗き込んでいた伊織は、顔を上げて微笑みながら頷いた。

 背の高い店長が少し怯んだような顔をするのを、伊織は不思議そうに見た。

 いつもはこんな子供、自分の側にも寄らない生活をしていた。側に来ると後頭部しか見えないし、もしかして怯えさせてしまうかもしれないという気持ちが芽生えていたが、そうでもなかったみたいだ。

 久し振りに人から微笑まれた店長は、思わず口にしていた。

「……このカップもつけてやろう。あと計量スプーンも。……値段も千ギルでいい」

「ちょっと~っ! 何その値段と過剰なサービスッ! 私の時と大違いじゃないっ」

 店長は伊織から目を離し、入り口近くにいたカリーヌを見た。

「A級冒険者であるお前は、稼ごうと思えばすぐに金が手に入るだろう。この子とは違う」

 何とカリーヌはただの冒険者ギルドの受付嬢ではなかったらしい。

 しかもまさかのA級だったとは。

「カリーヌさん、冒険者だったんですね……」

 知らなかった。まあ初めて会った人にそう自慢するのもどうかと思うが。

「イオリちゃんも冒険者ギルドで登録すれば即冒険者よ。今度来る時に登録したら?」

「私は例え駆除対象とはいえ、獣や魔獣を殺すのはちょっと敷居が高いです」

「あら、薬草採りやその他にも冒険者には仕事はあるのよ。命を奪うだけが冒険者ではないわ」

 そうなんだと、伊織はカリーヌの言葉に頷いた。

「でも、今は止めておきます」

「そう? 残念ね。イオリちゃんとならまた冒険をするのも楽しいかもと思ったけど」

 確かにカリーヌとだったら楽しそうだと伊織も思った。

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