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ギルド内にいる全員がほんわかしていた時、奥で「わぁっ!」と声が上がった。
伊織は驚いて、カウンター横の奥へと続く道を見る。
「大丈夫よ、イオリちゃん。オーレリアンさんが来るといつもああなるのよ」
どうやら騒ぎの元は先程のエルフの血を持つSS級の冒険者オーレリアンらしい。
「いつもって、何があったんですか?」
カリーヌさんはにこりと微笑み、腰に両手を置いた。そうすると細いウエストが強調されて、もの凄くスタイルがよく見える。綺麗なタイプのカリーヌはきっと冒険者たちの間でも評判になっているはずだ。
「多分、獲物の査定に入ったんじゃないかしら。いつももの凄い量の獲物を持ち込むので有名だから。量だけじゃないのよ。獲物の質もいいわ」
魔獣かそれとも危険な獣を狩って、それを持ち込みお金に換算しているのだろう。
だがそこで伊織は疑問に思った。先程までここにいたオーレリアンは武器以外何も持っていなかったはず。腰に小さなバッグは付けていたようには見えたが、どこにそんな大量の獲物を入れていたのだ。
そう考えて伊織はハッと気付いた。
(マジックバッグッ!?)
この世界にはマジックバッグが存在するのか? これは家へ帰ったら調べてみなければならないと思った。作れるものなら作りたい。丁度今大量のサンドウィッチを注文されたばかりだし、どうやって箒に乗って運ぼうか頭を悩ませていたところだ。
露天市まで少し日もあることだし、研究するにはちょうどいい。
そんな時だった。タジアムが伊織の袖をツンと引っ張った。
視線を下げると、じっと見詰めるタジアムと目が合う。
『伊織、そろそろ帰る支度をした方がいい。雨が降る』
伊織の周りを飛ぶ風の精霊たちも皆そわそわしている。
「雨? でも外晴れてるよ」
『濡れて帰る方がいいのか?』
「い、嫌だけど……」
伊織の側にいた五人が二人のやり取りを不思議そうに見ている。
「なぁに? イオリちゃん。お猿さんが何か話してるの?」
ハッと顔を上げると、自分が注目されていることにようやく伊織は気付いた。
「あ、あの……雨が降るからもう帰ろうって」
思わず本当のことを言ってしまった。これではタジアムと会話ができると思われてしまうではないか。
「雨?」
カリーヌが呟くと同時に、皆が外に視線を移す。
「……めっちゃ晴れてるけどな」
一人の冒険者がそう呟いた。
伊織もそう思うが、タジアムがいうのだから雨が降るのは確実だろう。
伊織は帰り支度を始めた。
「あ……、そういえばオーレリアンさんがさっきこの子の周りに風の精霊がいるって言ってなかったか?」
「言ってた」
外に向けられていた目が一斉に伊織を見る。
伊織は突っ込まれたくないことを言われそうな気配に、ビクリと身体を竦ませた。
「……まあ、いいじゃないか。それは」
ちょび髭男性がフォローしてくれた。
「彼女自身には見えていないのかもしれない。それに飼っている動物の心は、なんとなくわかるものだ」
「そんなものか~」
皆納得したようにうんうんと頷いていた。
伊織はそれを見て、ホッと胸を撫で下ろした。
しかしその場にいる冒険者たちは皆感じていた。伊織が普通の魔女ではないことを。
伊織があまりにもおどおどとしているので何も突っ込まないが、本当は根掘り葉掘り聞いてみたいことが満載なのだ。ウズウズはするが、今日は聞かないでおこうと冒険者たちは目で合図を送る。
「カリーヌさん、露天市の申し込みをしたいんですが」
「ああ、そうね。今手配するから待ってて」
そう言ってカリーヌはカウンターの中に入り、何かを手にして戻ってきた。
「これに署名してね。あと机と椅子の貸し出しもあるけど、どうする?」
「机と椅子……」
露天市に参加するのは初めてなので、どういう形状で場所があるのかわからない。
「場所とかは指定されるんですか?」
カリーヌは頷いて声を出した。
「番号が書かれた布を床に敷くの。朝登録したギルドにきて、その番号を聞いてから指定された場所へ行くのよ。布が敷いてあるからお金がない人の多くは机なんて使わないわ。っていうか机がない方が多いかしら。口にするものを売る人は気を使って机を用意する方が一般的ね」
「口にするもの……」
伊織が売るものはお守りに薬。薬は口にするものの部類に入るだろう。
しかし伊織には心配事があった。机と椅子を借りる値段だ。それにここから指定された場所まで運ぶとなるとかなりの重労働になるだろう。
「あの、お値段はいくらほどですか? あと、ここから自分で場所まで運ぶんですか?」
「机と椅子はまとめて職員が持って行って設置するから心配ないわ。値段は一日借りて千ギル。二日借りて千五百ギルよ」
思っていたより安くて簡単に借りれそうだ。
お守りも書かなくてはならないし、これは借りた方がいいだろう。
「ではお願いします。あと露天市は二日間で」
「わかったわ」
名前を書いた用紙をカリーヌに戻すと彼女が何かを書き足してから、下部分を切り取った。
「はい。これが参加証ね。当日これを持ってきたら説明が要らないから」
「ありがとうございます」
伊織は参加費をカリーヌに渡した。
伊織は思い出したようにカリーヌを見上げた。
「あの、コーヒー豆の安くて美味しい店知りませんか?」
「コーヒー? ん~……、あ。あそこがいいわ。でもちょっと道が入り組んでるから……説明してわかるかしら?」
不安そうにカリーヌは伊織を見詰めた。初めてこの街に来た伊織に、路地を入った店を教えるのはどうかと思ったのだ。
その時奥からギルド長が顔を出した。
「ふぅ~……、相変わらずえげつない量の獲物を持ち込みやがる。俺のギルドを破産させる気かあいつ」
額の汗を拭き取りながら現れたギルド長は、疲れた表情を浮かべていた。
「ん? 何だ? イオリはもう帰るのか?」
「雨が降るらしいですよ」
「へぇ~」
そう言いながらギルド長が外を見た。
「ギルド長、ちょっとイオリちゃんをコーヒー店まで連れて行ってもいいですか?」
「コーヒー? あんな苦いもの、イオリが飲むのか? まだお子ちゃまだろ? あんまり苦いのは子供にはよくないぞ」
心配するギルド長に、カリーヌは腰に手を当てて呆れたように声を出す。
「イオリちゃんはもう十五歳ですよ。小さくてもしっかりと成人してるんだから」
何故だかカリーヌが自慢するように胸を張る。大きな胸がプルンとして、大変羨ましいと伊織は思った。
「ふ~ん、ま、いいか。行ってこい」
「ハ~イ。イオリちゃん、じゃあ行こうか」
「え? でもお仕事中じゃ……」
「雇い主がいいって言うんだからいいのよ。ほら行くわよ」
「は、はい。あの、ありがとございました」
慌てて鞄を斜めにかけて、箒を手にしてギルド長に頭を下げた。
「ああ、またな」
笑顔で手を振るギルド長が伊織に近付く。手で口元を隠すようにして屈んだので、伊織もそっと側に寄った。
「今のうちに帰るのは正解だ。じゃないとあのエルフ様に後を付けられかねない」
「えっ!?」
そんなストーカーみたいなこと、あの人がするだろうか? いやオーレリアンだからこそ、しそうな気がしてきた。
伊織はぶるりと背筋が寒くなって腕を擦る。
状態を上げたギルド長が伊織を見下ろしてにやりと笑んだ。
「あいつは人にはなかなか執着しないが、一度気に入った奴にはしつこいからな。用心しろよ」
「は、はい。じゃあ、あの……さようなら」
「はい、気を付けてな」
皆が手を振る中、伊織はカリーヌとともにギルドを出た。




