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伊織は膨らんだお腹に手を置いて、ぽんぽんと叩いた。
「ちょっと作り過ぎたね。余っちゃった」
『我の分は残さぬぞ』
「わかってるよ、言われなくても」
タジアムのこの意地汚さ。可愛い見た目とは違い言う台詞や仕草がもの凄く男前で驚いたけど、伊織の食事の味を知ってさらに性格が変わってしまったかもしれない。
(もしかして私のせい? 神様に怒られるかな? こんなタジアムにして)
しかし考えても仕方がない。変ってしまったものは仕方がない。タジアムが悪いってことにしておこう。そう伊織は結論付けた。
しかしこの幼児体型。食べ過ぎるとお腹が目立つ。
ちらりとタジアムを見ると、まだ食べ続けてる。あの小ささで、この量の食事を食べる。本当に中身はどうなっているのだろう? もしかして四次元ポケットでもついているのだろうか?
「頬袋……とか?」
猿に頬袋なんてあっただろうか? 確かテレビで見た猿は餌でもらった林檎をいつくも手にして、頬も思いっきり膨らんでいたような……。
(あ……、でもタジアムは猿じゃないもんね。見た目は可愛らしいお猿さんでも聖獣だもんね。……聖獣だよね)
思わず疑いの目で見てしまう。
だが小さな口でも、ひもひ必死に食べている姿は本当に可愛らしいのだ。
「残ったのおやつにしてもいいね。持って帰るのもなんだし」
『おやつにするのなら、我が食べてやってもいいぞ』
別にタジアムがまた食べるのはいいが、賞味期限を気にし始めた。
(味……変わらないよね? マヨネーズ入ってるし、卵だし……。ちょっと不安だな)
野菜もしなってなっちゃうなと思っていると、机の上に大きな影が映る。
伊織が顔を上げると、目の前にちょび髭をはやした男性が立っていた。
ぬっと大きな手を差し出し、ぼそりと声を出した。
「……それ」
指差されたのは伊織のサンドウィッチ。
伊織は指の後を辿り視線をサンドウィッチに戻す。その後しばらく経ってから、またちょび髭男性に視線を戻した。
「もし食わないのなら……売ってくれないか?」
一瞬何を言われたのか伊織には判断しかねた。だがきちんと言葉の意味を理解したタジアムが、急いで自分の分のサンドウィッチを引き寄せているのが目に入り、伊織もようやく内容が頭に届いた。
「え……? これ、ですか?」
一応確認のため、伊織はサンドウィッチを指さす。
ちょび髭男性はうんと大きく頷く。
(えーと……、残りものなんだけどな。しかも売りものでもないし……、いいのかな?)
考えても仕方がない。わからないことは聞くに限る。
「あのこれ、私の残したものですけど……いいんですか?」
「かまわない」
売るとしても値段が問題だ。食べかけだし、本当ならお金なんて求めるのもどうかと思う。
それは本来ならだ。
何しろ伊織は今日は初めてお金を手にした。いわばもの凄い貧乏人である。お金はないよりあるに越したことはないのだ。
(あ、もしかしてお金ないの知ってて、助けてくれようとしているんだろうか?)
そう思ってみて見ると、他の冒険者と身体つきは変わらないが身綺麗な感じに見える。目をじっと見ると逸らさない。ちょっと厳つい身体つきとは違い、優しい目をしていた。
「本当は売れるものでもないんですけど……」
さて値段だ。まだ食べているタジアムを見ると、顎をプイッとちょび髭男性に向ける。目を見るとお金をむしり取れみたいな感じに見えた。
(聖獣タジアム。極悪だ)
伊織は覆っていた布で丁寧にサンドウィッチを包み直す。
(日本ではだいたいサンドウィッチって三百五十円くらいかな? だったら食べかけだし、二百五十円くらい?)
伊織は顔を上げて値段を告げた。
「食べかけだし、二百五十ギルで」
「「「安過ぎだろっ!!」」」
何故か背後から多くの叫び声が上がる。
伊織はビクリと跳ね、ちょび髭男性の身体越しに顔を覗かせた。
机に座ったままの冒険者たちが、こちらを見ている。
「欲がないな~、魔女ちゃん」
「もっとふっかけてやりゃあいいんだよ」
「そんな見たこともない珍しい食いもんなんだからよ~」
どうやら多くのヤジの内容は伊織を思ってのようだ。
「え? 珍しい?」
「冒険者は地方へと足を運ぶ者がほとんどだ。俺は食べるのが好きで、その土地の変わったものは結構食べてきたが……、それは見たことがない」
「……」
伊織にとっては何の代り映えもしない普通の卵とハムのサンドウィッチだが、この世界では貴重な食べ物であることを知った。
「二百五十ギルは安過ぎる。せめてその倍は取ってくれ」
伊織はこのちょび髭男性の親切心にあやかることにした。
「ちょび髭さんが、それでいいなら」
「ちょ……っ」
目の前のちょび髭男性が伊織の言葉にうろたえた。
(あ、しまった。いつも脳内で、ちょび髭男性って言ってたからつい……出てしまった)
伊織が誤魔化すように「てへ」って笑った瞬間、ギルド内が爆笑した。
「ちょ、ちょび髭」
「ちょ、俺腹痛い」
バンバンと机を叩いて笑う人が続出。
伊織は何だか申し訳ないような気になって、ちょび髭男性をちろりと見上げる。
視線があったちょび髭男性は顔を赤く染めた。
(ああ、怒らせてしまった。せっかく親切にしてくれたのに……)
一方、伊織にちろりと見上げられた本人は。
(な、何だ? この可愛い生き物っ!)
と思っていたのは内緒だ。




