18
再び座り直された伊織は、今度はギルド長からもじろじろと見詰められる。あまりにも遠慮のない視線に、居心地は最悪だ。
それとは対照的に、にこにこと笑む目の前に座るオーレリアンからも伊織はそっと目を逸らした。
「タジアム……、どうしよう?」
『最終手段は飛んで逃げると決めていたのではないのか?』
「そ、そうだけど……」
商業ギルドでいろいろ嫌なことはあったが、基本この街はいい人の方が多い訳で。要するに伊織はこの街グリーンライトが気に入っているのだ。ここでもし逃げ出したら、二度とこの街には来られないだろう。
「その猿とも、もしかして話せるの?」
突然のオーレリアンの発言に、伊織の身体がビクリと数センチ跳ねる。
何だかいろいろとばれていることに、伊織の背中に流れていた汗の量が増える。
『ああ、もう面倒だな。帰るぞ、伊織』
「え? でも、いや……だよぉ」
すべて話す訳にはいかないが、自分が魔女であるのはもう知れ渡っている。なので、それで通すしかない。伊織はただの魔女だと。決して青の魔女ではない。
それにこれ以上この街の人たちに犬猿されるのだけは、どうしても避けたかった。
ギルド長は厳しい目のまま伊織に詰問を開始した。
「この街に来るのは初めてか?」
「……は、はい」
何故にこんなに二人共グイグイ来るのか。伊織には謎だ。伊織のどこにそんなに興味を持つのか、わからない。
「あの、ギルド長……何か私悪いことしました? ちょっとその顔……止めてあげて欲しいんですけど」
「あ? どんな顔だ?」
カリーヌがじとっとした目でギルド長を見据える。
「自覚ないんですか? めちゃ人相悪いですよ」
「あ~……、ちょっとこいつと昨日から酒飲んで冒険者してた時に気分的に戻ってたみたいだ。すまない」
ギルド長に謝られて、伊織は無言で首を横に振る。
「イオリちゃん、ごめんねぇ~。おじさんたちに凄まれて怖いよね?」
「え……、い、いえ」
これ以上何て答えたらいいのかわからない。
本人たち目の前にして「怖いです」って泣いてしまうのもどうかと思うし。
「お、おじさんって……。俺まだイケてるって思ってたのに……」
ギルド長は何やらカリーヌの言葉で、壮絶に落ち込んでいるようだ。
風の精霊たちも今はすっかり怯えて伊織の後ろに隠れている。タジアムは相変わらずオーレリアンを睨みつけているし、もう何がどうなっているのかわからない状況だった。
「商業ギルドでの騒ぎのことはわかった。ここで店を開くのはいつまでだ?」
ギルド長はカリーヌに質問する。
「私の終業時間までってしてますけど……、何だかすぐにでも帰りたいみたいに見えます」
距離が近過ぎるオーレリアンから、もの凄く逃げたそうに身体と視線が避けまくっている伊織を見てギルド長も苦笑した。
「おい、オーレリアン」
「何だ? 邪魔するな。今いいところなんだ」
いいところとは一体どういう意味だ。片時も離されないオーレリアンの視線が、伊織に痛くて堪らない。
「とりあえずこっち向け」
ギルド長は大仰なため息を吐き、オーレリアンの小さな頭を掴み強引に振り向かせた。
振り向いた途端、オーレリアンの不満が炸裂する。機嫌の悪くなったオーレリアンに、場の空気が凍る。
「何だよ」
「彼女が困ってる。少しは相手の気持ちを思いやれと何度も言っているだろう?」
迷惑がられていると思いもしなかったような顔に、伊織の方が驚いてしまう。
(自覚なかったんだ……)
バッと伊織を振り向いて頭を下げられた。
「すまない。僕はこういう人の気持ちには疎くて……」
潔いオーレリアンに、伊織はようやく笑みを作ることができた。
「いえ、大丈夫です。そのあまりにも距離も近いし、じっと見られて驚いたけど……」
オーレリアンは伊織の笑う顔に、呆然と見入る。
あまりにも可愛らしくて、伊織を家へ連れて帰りたいと思ってしまった。そこでハッと気付く。これでは変態ではないかと。
「ああ、……すまない」
SS級の冒険者だと他の冒険者たちが噂していた。ということは彼はもの凄い強くのだろう。その彼が素直に伊織に謝る光景を冒険者たちは信じられない気持ちで見ていた。
もう伊織も素直になるしかない。そう覚悟を決めた。
タジアムがいうように最終的には箒で飛んで逃げればいいという奥の手もある。
「オーレリアンさんもこの子たちが見えるんですか?」
髪に絡んでいた風の精霊の一人を手で優しく包んでやって、伊織はそう尋ねた。
「うん。見えるし、声も聞こえる。僕は遠い祖先にエルフの血が入っていると両親から聞いて育った。僕はその血が濃いんだって。だから人より幼い頃から身体能力も高かったし、歳の取り方も違う。こう見えて僕は今年五十歳になるんだ」
「五、五十……?」
オーレリアンの見た目はどう見ても二十五歳くらいにしか思えない。
恐ろしきエルフの血。若返りの術でもあるのか? いや、ただ寿命が長いだけなのか?
「僕の一族は長生きする方だけど、僕は彼らの比ではない。先祖がえりだと幼い頃はよく虐められたよ」
いつもは言葉数の少ないオーレリアンだったが、伊織はそんなこと知らない。
ただ話を聞いているギルド長たちは驚愕して見ていた。彼が自分から己の話を隠すことなく、そして嫌な顔一つせず話すのを見たのは、長年付き合ってきたギルド長でも初めてのことだった。
「そ、そうですか~……」
タジアムがまたも伊織の髪を引っ張る。
『帰らないのか? 帰らないのなら昼を食したい』
どこまでもマイペースなタジアムに、伊織も苦笑する。
伊織はカリーヌを見上げて尋ねた。
「あのこの子、お腹空いたみたいなんです。ここでご飯食べてもいいですか?」
「ええ、いいわよ。さあ、ギルド長も、オーレリアンさんももうこの子を解放してあげて。商売もできないじゃない」
「ああ、悪い。行くぞ、オーレリアン」
いやいやながらもオーレリアンは立ち上がる。
「じゃあね、また」
伊織にとっては『また』はない方がいいが、一応手を振っておいた。
『今日の昼は何だ?』
タジアムは行儀悪く鞄の中に頭を突っ込む。
「今日はサンドウィッチだよ。タジアムの好きな卵ときゅうりのと、あとハムとレタスの」
『美味そうだ。早く用意しろ』
「わかったよ。急かさないでよ」
丸い小さな机はちょうど店じまいした後だったので、何も乗っていない。いやギルド長が手に持っていた看板は乗っていたが。それを鞄に仕舞い、二人分のサンドウィッチと水筒を出す。
タジアムは小さい身体なのに伊織と同じような量を食べる。どこにその内容分が収まるのか不思議だ。
まあ聖獣にそんなこと問うのは野暮ではあるが。
「いただきます」
伊織が食べる前に手を合わせるようにしていたら、いつの間にかタジアムも真似していた。
二人して手を合わせる光景に場がほんわかする。
「か、可愛い……。可愛過ぎる」
「もはや凶器だな、これは……」
何やら冒険者たちの間で、伊織を見守ろう会でも作られそうな雰囲気だ。
「でもあれ何だ? 何を食べている?」
「……見たことないな。でも美味そう」
まさかただのサンドウィッチがこの世界にないものだとは思わなかった伊織だった。




